0231
Side:神守黒金
鹿を仕留めた僕は黒馬を下りて素早く駆け寄り、矢を抜いて首と足首を包丁で切る。
その後は影兵に血を吸い出すのと綺麗にしてもらったら、解体の始まりだ。
鹿はそれなりに大きかったが、それでも僕は果敢に解体を行う。
とはいえそこまで大仰にする事はないんだけどね。
もっと大きな熊も解体してきてるんだし、今更でしかない。
素早く解体し、必要のない部位は捨てていく。
どうせ何かがここを通った時に食べるだろうから、置いていくのが正解だ。
といっても置いていくのは膀胱とか腸の中の糞などだ。
他には肺とか横隔膜とかの雑多な部分ぐらいだろうか?
少なくとも簡単に、かつ問題なく食べられる部分は持って帰る。
腸は食べてもいいし保存食にも出来るし石鹸の材料でもある。
色々な意味で使える部分なだけに、必ず持って帰る部位となってる。
ちなみに尾張で食べられているかは知らない。
京の都では食べられてるけどね。
「いや、尾張でも腸は普通に食べられているぞ?
京の都でどのように食べられておるかは知らぬが、脂を抜いて日干しにしてから食うのだ」
「ああ、かす肉にして食べてるんだね。
とはいえ、それが一番いいと言えば一番いいか。
脂も手に入るし食べられるからさ。
そのまま焼いて食べる事も出来るけど、そうすると脂を捨てる事になっちゃうから勿体ない」
「腸を焼いて食うというのは初めて聞いたが、確かに脂を捨てるのは勿体ないのう。
灯りを含めて色々と使えるという事を考えると、脂を抜いてからの方が良いじゃろう。脂も安うはないでな。
それでも油座の売っておる植物の油よりは安いが」
「植物油は高いですからな。
それなら魚油の方が安いですし、それより安いのが獣脂です。
獣の脂は固まるので安いと聞きましたが、わしなどは固まった方が持ち運びに便利だと思うのですがな」
「確かに便利ではあるな。
とはいえ獣の脂は獣の臭いが凄いからのう。嫌がる者も多い。
何かしらマシになるようであれば、また変わるのだかのう」
「わしなど子供心に、獣の脂の匂いを嗅ぐと腹が減りましたがな。
あの美味そうな匂いを嗅いでおると、どうしても我慢が出来なくなってくるのです」
「子供というのは、そういうものであろうよ。
誰だってそのような思い出はあるものだ。
それはともかくとして、帰らぬところを見るに、まだ足りぬのですかな?」
「いや、そうじゃないんだけどね………
血の臭いに気づいて近寄ってきたみたいだ」
「は? なに「グゥォァァァァァァァ!!」が……!!」
木々の間から現れたのは、結構な大きさの熊。
いわゆるツキノワグマだ。
だいたいどこにでも居るらしいけど、蝦夷にはツキノワグマより凶暴なヒグマという熊が居るらしい。
それは神様の加護の眼で教えてもらった事がある。
出て来たツキノワグマに慌てて武器を構えようとする柴田と平手。
とはいえ古兵の方が圧倒的に速く、立ち上がって威嚇した後に前足を下ろした熊の首を両断した。
あっさりと首が落ちて血を噴出する熊の死体。
それに唖然とする柴田と平手。
「「………」」
「「おぉーーー………!!」」
子供達の方が素直でいるし、ちゃんと分かってる。
どうして大人の二人が固まるんだろうね。
いい大人として恥ずかしくないの? せめて固まるのは止めようよ。
「いや、そうは言うがな……。
目の前に熊が出て来たのなら、慌てるのは当たり前だとお……そういえば、獲物の位置が分かるのだったか。
それで慌てておらぬのか」
「ああ、そういえばそうであったな。
なるほど、事前に分かっていれば慌てる事もなかろう。
流石に鹿はともかく熊はな……」
「あくまでも霊力が分かるだけで、何が居るかは分からないよ。
まあ、それでも何かが居るというだけで、心構えとしては違うだろうけどね。
それはともかく熊を解体したら帰ろう。
流石にこれ以上の肉は、食べて減らしてから獲りにこないとね」
「熊肉は臭いと聞くが、それも食うのか?」
「熊肉は確かに臭いんだけど、影兵に任せて可能な限り臭みを減らせば普通に食べられるよ。
多少は臭いがするけど、それは味噌と共に煮込めば消える程度でしかない。
だから熊肉は味噌鍋が一番だよ。鹿肉は焼いて食べればいいしね」
「焼いて喰うのか? あまり美味そうには思えぬが」
「焼いて味噌だまりとか醤油をつけて食べるんだよ。
そのまま食べたりはしないって。
もしくは醤油と酢に生姜を入れたものでもいいよ。
サッパリしていて野菜を細切りにした物と一緒に食べるとかね。
これも美味しいんだ。
その場合は出来たタレに植物油を入れた方が美味しいかな?」
「ほう、色々とあるのだなぁ……
料理は台所方がやっておるし、詳しい事は知らぬのだ。
食うて美味ければ、それでよいと言ったところだ」
「まあ、ほとんどの者がそうであろうて。
料理に拘る方はおられるらしいが、あまり多くはないと聞く。
それよりも毒の心配をするのが先じゃからな」
「大変だね。僕は毒の心配なんてないから気楽だよ。
だって影兵が教えてくれるし」
「「は?」」
「影兵が料理を触れば、毒が有るか無いかなんてすぐに分かるからね。
そもそも影兵の体は、その名の通り影で出来てる。
だから触っても汚くなんてないし、それで毒の有無が分かるから便利なんだよ。
又太郎なんかは僕が居ないと冷たい食事しか出来なかったしね」
「尊氏公も暗殺を警戒していたというのはともかく、そなたが調べてくれれば温かい飯が食えるのか……」
「僕が影兵にやらせれば、だけどね。
だから居ない所の事なんて無理だよ」
「それはそうであろうな。
とはいえ、居る所では温かい飯が食えるというのはいいのう。
実際に冷めた飯は美味しくないのだ」
「だろうね。
だから僕は影兵に調べてもらって、温かい料理しか食べないんだし」
「だが、館で出されるのは冷めた毒見の終わった物であろう?」
「影兵の話を忘れた?
影兵は中に取り込んだ物なんかを温める事が出来るんだよ。
だから冷めた物を温めてもらっただけ」
「「………」」
「あたたかいのは、おいしい?」
「そう、温かい食事は美味しいんだよ。今日から吉法師のも温めようか?」
「うん。さんしろうのも」
「あい」
「三四郎のもそうするなら、一緒に食事をとった方がいいね。
どのみち僕が居る以上は吉法師の安全は守れるから、三四郎の母親が来ても許しは出るだろうし」
「それ以前に三四郎の父君は亡くなっており、母は殿の側室となっておられる。
なのでそもそも共に食う事に問題は全くない」
「そうなんだ。だったら確かに問題ないね。
三四郎はまだ二歳だし、そうなると誰かが食べさせてあげないといけない。
最悪は影兵がすればいいかなと思ってたんだけど、それはしなくて済みそうだ」
「影兵というのは冷やしたり温めたり、綺麗にしたり馬になったりと、本当になんでもアリなのだな」
「ただし戦闘では、そこまで強くないんだけどね。
どちらかというと、その体で相手を捕まえたりが主かな?
水兵も捕まえられるけど、陸じゃ足が遅いんだ。
だから陸で捕まえるなら影兵かな?」
「相手を捕まえるというのも便利なものよな。
敵将を捕縛すれば、十二分な褒美が出るぞ」
「僕は弾正から頼まれるまで、戦に出る気も何かする気も無いけどね。
あくまでも僕は吉法師の前に出てきてるからさ」
「それはの。
第一が若君である事は、誰もが分かっておる事だ」
「それもあるけど、功を奪っただなんだと揉める気が無いんだよ。
僕の場合は、銭が欲しければ妖怪退治をしていればいいだけだし」
「ああ、そういう事か」
やっと柴田も平手も理解したらしい。
僕は褒美を求めて必死に戦をする必要が無いんだよ。
だからあくまでも勝ちたい、もしくは負けてはいけないところで頼んでほしいと思う。




