0229
Side:神守黒金
「おお!! ほれ、見てみよ!
ここに<寿永二年太刀褒美下賜、源頼朝>と刻まれておる。
いやぁ、凄いわ………まさか頼朝公が下賜された太刀を見る事が出来るとは。
しかも尊氏公も御覧になられたと聞く。
やはり伝説の稀人は違うな!」
「そうでございますな。
まさかこれほどの太刀を拝領しておるとは……」
昨日も来た柴田がまた来てるけど、今日も何かの用で来ているらしい。
ちょうど良いので<白銀>の茎を調べる事になったんだけど、昨日とは違って頭を下げてきて殊勝な態度をしている。
別にそこまで怒ってはいないけどね。昨日の謝罪もしたし。
「それにしても、そなたが持っておるその短刀は恐ろしいわ。
何か禍々しいのを感じるとは思っておったが、まさか平将門公の短刀だとはな」
「よく禍々しさが分かったね? 鈍感な人は目の前で見ないと分からないぐらいなんだけど」
「あー……その理由はおそらく祖先にあろう。
織田家の祖先は藤原氏だと称しておるが、実際には越前の織田荘にある劔神社の神官じゃ。
つまり氏族で言うと忌部氏なのだ。
それではアレじゃからと、祖先が盛っとるのよ。
舐められたら負けだからな」
「それはそうだけど、舐められない為に嘘を吐くのは違うと思うんだけどね。
そういう事に五月蠅いヤツとか居るの?」
「おるおる。そのようなヤツは幾らでもおる。
稀人であるそなたは気にもせんのかもしれぬが、そのような事で相手を見下すなど当たり前におるのだ。
面倒極まりないが、それしか誇るものが無いのであろうよ」
「ふーん……初代? だっていう僕には分からないね」
「初代?」
「そう。
後醍醐の帝は碌な人じゃなかったけど、それでも僕に姓と名字を下賜した人なんだ。
それが神守という名字と君という姓だよ。
又太郎が言ってたけど、古い時代の姓には君というものがあったんだってさ」
「帝から………」
「つまり神守という名字と君という姓は帝から賜ったものであると。
それは物凄く大きな意味を持つのではないのか?
そも、帝が下賜された名字は<源平藤橘>だけであろうに。
そこにもう一つ加わったという事になるぞ」
「そうだよ。
又太郎や仙太郎も、新しい氏族が生まれる時に同席出来たって言ってたからね。
僕が神守という氏族の初代になるらしい。
とはいえ僕一代で終わると思うけど」
「それは………どうなんじゃろうの?
黒金は童のままの姿で長く生きておるのであろうし、そうなると子を成す事が出来るのか疑問じゃな。
出来ねば継がせる事は出来ぬし、そうなれば一代限りとなるのう。
その一代が長そうじゃが……」
「それは確かに……」
そんな話をしていると、横に居る吉法師に袖を引かれた。
何か言いたい事があるみたいだ。
「だいじょうぶ、きっぽうしがつぐ」
「いやいやいやいや、吉法師が継ぐのは織田家だよ。織田弾正忠家。
いきなりビックリする事を言わないでくれる?」
「そうじゃぞ吉法師。
そもそもそなたはワシの後を継ぎ、畿内にまで織田弾正忠家の勢力を伸ばしてもらわねばならんのだ。
次なる織田家の当主はそなたなのだから、しっかりと継いでもらわなければ困るぞ」
「わかりました」
なんだかよく分かってない感じだね。
まあ四つの子にいきなり後を継いでどうこうと言ったところで、理解する子はほとんど居ないだろうけどさ。
それでも、まさか僕の後を継ぐとか言い出すとは思わなかったよ。
「あっ、そうだ。手本として字を書いた物を置いておいたから、一日の間、少し外に出ていてもいいかな?
できれば山に行って獣を獲ってきたいんだけど」
「獣をか? まあ、田畑を荒らすものも多い故、獣を減らしてくれるのは助かるのだが……
急にどうしたのだ?」
「平安の頃から、僕は山に入って獣とか獲ってたんだよ。
それに妖怪退治も兼ねてね。
理由は、僕が獲って血抜きした肉じゃないと美味しくないからなんだ。
だから自分で獲りに行きたいんだよ。
霊兵を使えば簡単に獲りに行けるしね」
「きっぽうしもいく」
「いや、吉法師は字を練習しなきゃ駄目でしょ」
「…………いや、あえて吉法師も連れて行ってくれぬか?
幼少の頃より獣が何なのか、どうやって獲っておるのかは見た方がよい。
<百聞は一見に如かず>とも言うからの。見ればよう分かろう」
「殿、それは危険ではありませぬか?」
「構わん。そもそも黒金の霊兵を倒すのは無理じゃ。
賊どもなど相手にならず、武士でさえも負けよう。
それほどまでに強いとワシは思うておる」
「…………ならば、それがしもついて参ります。
何が出ようとも、この柴田がお守りしてみせまする」
「まあ、好きにして構わんか。そなたも見れば分かろうしな。
すまぬが明日からにしてくれるか? 既に日も中天だ。
今からでも行けるであろうが、柴田が帰れぬ」
「今日すぐってわけでもなかったから、別にいいんだけどね。
とはいえ獲ってすぐの肉は食べられないから、明日行ってだと三日ぐらい後かな」
「そういえば、そなたどうやって獣を狩るのだ?
巻狩りには結構な人数が居るぞ?」
「僕は武士がやる巻狩りはしないよ。
黒馬に乗って追っかけるし、猛兵が射殺してくれるから任せるだけ。
猛兵の矢は幾らでも撃てるから、矢の残りとか気にしなくていいし」
「やはり霊兵というのは、とんでもないな。
もしかして、その霊兵とやらで尊氏公をお助けしておったのか?」
「僕だけじゃないけどね。
京の都に居る桜にも手伝ってもらってたよ。
桜は甲一級の妖怪で、十人張りの弓ですら楽々と引くからね。
その威力の矢で敵を射殺してた。
特に人間なんて相手にならない馬鹿力を持つから」
「名からすると女子にしか思えぬが、十人張りの弓を引くのか。
尋常ならなさ過ぎて、わけが分からんの。
流石は妖怪と言うしかないのであろうが、本当に人間が相手にならんわ。
権六でも十人張りの弓は無理であろう」
「そのような弓は無理でございます。
むしろ、そのような弓をよう作ったなと、職人を褒めねばなりますまい」
「ハッハッハッハッハッハッ! 確かにな。
作るのに相当の時が掛かったのではあるまいか?
そもそも五人張りの弓でさえ尋常ならざる弓なのだ。
それを超えて十人張りを楽々と引くとは……」
「まるで熊のような女子でしょうかな?
でなければ無理でございましょうや」
「桜は山姫という種の妖怪だね。
その名の通り結構な美しさを持つ妖怪だよ。
他の女性と比べれば背が高いけど、手足がその分だけ長い感じかな?
総じて欲を向けられるぐらいには美人だよ。
それは大妖怪である葛葉も変わらないけどね」
「むう………強い妖怪は美しいのか、それは知らんかったな。
強き妖怪には会うた事も無いので知らなんだ。
一度会って見てみたいと思うが……」
「止めた方がいいんじゃない? 特に桜は人間の欲に敏感だからね。
察知して呆れられるか、毛嫌いされるかのどっちかだよ。
都でも男の視線が鬱陶しいって言ってたくらいだし」
「あー、うむ。そうか……」
「妖怪でも上位の者って、大なり小なり人間の心を見抜くから注意した方がいい。
向こうは数百年生きているから、色々なのを見てきてるし」
「なるほどな。見た目は変わらぬが、それで侮ると痛い目をみると。
どこかの誰かもそういう目に遭ったらしいが……」
「………」
柴田が目を逸らしたね。
まあ、昨日思いっきりやったんだから、屋敷の中で噂になるに決まってるじゃん。




