0228
Side:神守黒金
屋敷を出て色々と話したけど、弾正は仕事があるので屋敷に戻っていった。
なので僕は吉法師と共に部屋に戻り、そこで何を教えているのかを聞き出す。
教育係は何人もいるようだが、その一人に確認すると微妙な答えが返ってきた。
「様々な漢籍などを読んでお教えしておりますが、それが何か?」
「あのさ、四つの子に漢籍を読み聞かせて理解すると思う?
それより何より文字を書くのが先でしょ。
文字が書けるようになってから、自分で読めばいいんだよ。
読んでも意味が分からないのに聞かせたってしょうがない」
「しかしですな、吉法師様には幼少の頃より素晴らしき武士になってもら「そりゃそうでしょ」おうと……」
「えっと、平手五郎左衛門だっけ? 素晴らしい武士にって思うのは当たり前なんだよ。
でもね、そのやり方が間違えてるって言ってるわけ。
そもそも文字が書けない子供に漢籍を読み聞かせる意味は無いよ。
物事には順序というものがあるんだ。順序がさ」
「順序ですか……」
「そう。それはもっと後になってからだ。
最初は文字の書き方から、まずはそこから僕が教えるよ」
「字が書けるので?」
「書けないなら教えるとは言わないよ。
そもそも僕は字の書き方を葛葉、つまり都の大妖怪から学んでるんだ。
又太郎の仕事を手伝ってた時も、字が綺麗で助かると言われたくらいだしね。
元々の葛葉が、公家も真っ青になるぐらい字が綺麗なんだよ」
簿はそう言いつつ、簡単なひらがなから書いていく。
もちろん楷書で書いていて、草書では書かない。
教えてもいいけど、あれは楷書がしっかりと書けるようになってからだ。
じゃないと崩し方も分からないからね。
「………すごい」
「これは、また………」
「だから言ったじゃん。元々の葛葉の字が綺麗なんだって。
その葛葉が言ってたんだよね。
字が下手な者から習うと下手にしかならないってさ。
字は上手な者から習わないといけないんだ、じゃないと汚い字しか学べない」
「なるほど、これほどの字はそれがしには無理でございます。
いや、参りました」
「別に勝ち負けじゃないし、暇なら一緒に練習したら?
字が綺麗で困る事は何も無いよ?」
「………そうですな。
御邪魔でなければ、それがしも練習をさせていただきまする」
「話し言葉は崩していいからね、僕は気にしたりしないし。
そもそも領地も無いし、あるのは官位と官職だけだからさ。
そこまで丁寧にされても困るよ。
ま、おいおい慣れるとは思うけど」
そう言いつつ吉法師に字を書かせ、どこが下手だから上手くいかないのか教えていく。
字を上手く書くにはコツがあるんだけど、そのコツを知らないと綺麗な字にはならないんだよね。
見様見真似で書けるほど、綺麗な字って甘くないからさ。
そうやって字を書かせていると、誰かがやってきた。
平手五郎左衛門が入室を許可したけど誰だろう?
吉法師の傅役は五郎左衛門だし、まだ子供の吉法師を訪ねてくる者が居るんだね。
「これは、誰かと思えば柴田権六殿ではありませんか。
いったいどうされましたかな?」
「いや、殿の下に来た故、吉法師様に御挨拶をと思いましてな。
それがし、柴田権六朗勝家と申しまする。
宜しくお願いいたしまする」
「うむ、こちらこそじゃ」
物凄く髭の濃いムサい人だなぁ。
なんかここまで濃い、男って感じの人に初めて会った気がする。
又太郎なんかもそうだけど、そこまで男臭い感じってなかったんだよね。
とんでもないなと思うよ。
「おお、そこもとが殿の仰られておった、稀人じゃの。
ワシは柴田権六じゃ。よろしくな」
「僕は黒金だよ。よろしく」
ちょっと舐めてきてるんで、僕は意図的に名前しか言わない。
向こうも正式に名乗ったわけじゃないんで、これでいいだろう。
お互い様というヤツだ。
わざわざ正式な名乗りをする必要も無いしね。
「うむ。
………それにしても、何故吉法師様の部屋で帯刀しておるのだ?
流石にそれは必要あるまい。誰かに預けては如何じゃ?」
「僕がこれを? ないない。
そもそもこの短刀は将門から貰った短刀だし、こっちは頼朝から貰った物だからね。
誰かに奪われる訳にはいかないんだよ」
「まさ……! それは平将門公か!? そしてそちらは源頼朝公?!
そんなバカな事があるか!」
「なら持ってみるかい? そしたら将門の怨念に呪い殺されるけどね。
ほら、持ってみなよ。見た目が童だと思って舐め腐ってたんだろう?
ほら、持てよ」
「………」
柴田というヤツの顔が引きつり始めた。
目の前で見たら怨念が渦巻いているのが分かったんだろう。
明らかに腰どころか、体をのけぞらせ始めた。
だが僕は逃がさない。
「武士は舐められたら負けだ、ならば舐め腐ったヤツを殺すしかない。
さあ、持て。持って将門の怨念に呪い殺されろ。
ほら、早くしろ」
「ち、ちょっと腹の具合が悪くなった故、これにて失礼いたす!!」
ドタドタドタドタドタドタドタドタ………!!
「また走ってるよ。
弾正もそうだったけど、せめて早歩きぐらいで済ませればいいのに。
どうしてああもドタドタ走るんだろうね」
「ふふふふふふふふ……」
「しかし、柴田殿はなぜあんな事をしたのやら。
若くして弾正忠家で頭角を表しておるというのに、わざわざあのように挑発などする必要はなかったはず。
にも関わらず何故……」
「さあ? とはいえ僕が気に入らないって感じではあったね。
多分だけど、訳の分からないヤツが当たり前にここに居る。
その事が気に入らないんじゃないの?
小人の嫉妬って感じがしたけど、見た目と合ってないねー」
「ああ、若手の中では頭角を現しておるからこそ、納得がいなかったのか。
とはいえ…………それが将門公の短刀というのは本当で?」
「本当だけど、疑うなら持つ?
死ぬけど、それで証立てできるよ?」
「己の死で証立てなど御免被る。誰でもそう言うであろう。
なれば証立てなど出来まいに」
「いや、咎人とかが居れば持たせればいいんだよ。
まあ、そんな扱いをされて納得するかどうかは別だけどね」
「怨念がこちらに来ても困る故、出来れば止めていただきたい。
それに、そちらの白木仕立ての太刀は真に?」
「そうだね。こっちは頼朝がくれた太刀で、銘は<白銀>。
何故か僕の名前の逆を銘にして送ってきたんだよ。
ちなみに又太郎いわく業物といっても差し支えない出来みたい。
かなりの腕前の鍛冶師に頼んだんじゃないかって言ってたね」
「それは凄い。じゃが、それも証立て出来ぬのであろう?」
「いや、これは出来るよ。
いつだったかな? 又太郎や仙太郎と茎を調べた際に刻んであったのを確認してる。
<寿永二年太刀褒美下賜、源頼朝>って刻んであるんだ。だからそれを見たら分かるよ。
あと公卿か公家の日記にも書かれてたはず。書の名前は忘れたけど」
「なんと、頼朝公の御名が刻まれておるとは………。
いつでもよいから、それを見させてもらえんかな?」
「又太郎や仙太郎もそうだったけど、たかが太刀なのに眼の色を変えるよね。
これは頼朝じゃなくて、頼朝が送った太刀だってだけなのにさ」
「それが非常に大きな意味を持つのだが………お分かりにはならぬか」
「分からないねえ。だって僕と同じ時に生きてたんだし」
「ああ。そういう……いやいや、同じ時かもしれぬが全然違うであろう。
相手は征夷大将軍であらせられるのだぞ?」
「僕は伊豆で挙兵する前から都に居たんだけどね?」
「………」
そう、頼朝が立つ前からなんだよ。




