0224
Side:織田信秀
那古野城に移ったワシは精力的に近くの武士を糾合していっておる。
とにかくまずは我が織田弾正忠家の傘下に収めねばな。
どうせすぐに裏切るとはいえ、「裏切りだ」と言って攻める為にも一度は傘下に収めねばならん。
それも分かっておるから難色を示す者も多い。
致し方がないが、まずは文を送る事を繰り返さねばな。
何事にも手順と申すか、段取りというものがある。
いきなり攻め滅ぼす者になど誰もついて来ぬ。
面倒であり無駄に銭も掛かるが仕方ない。
紙とてタダではないのだがな。
そんな愚痴を心の中で溢しておると、急に女の大きな叫び声が聞こえた。
「キャァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「なにごとじゃ!?」
一気に立ち上がって部屋を出ると、ワシは走って声のした場所へと行く。
すると、そこは吉法師の使うておる部屋で、そこには吉法師以外に倒れておる者がおった。
女は単に働いておる者だが、倒れておる者はいったい誰だ?
「吉法師よ、無事か?」
「はい、ちちうえ」
「この者はいったい誰じゃ? どうやって吉法師の部屋に入った? いや、どうやって那古野城に入ったのだ?」
「ちちうえ。このものはおちてきました」
「は? ………落ちてきた? 屋根からか?」
「いえ、てんじょうのちかくから、おちてきました」
「ん? ……んー、天井よりも下から落ちて来たと?」
「はい。うえからおちてはいません」
「どういう事じゃ? この部屋にいきなり現れたという事か?
それより女中よ、そろそろ冷静になって何があったか話せ。
吉法師の方がしっかりしておるではないか。
流石はワシの息子であるが、お主は情けないと思わんのか?」
「も、申し訳ございません。
吉法師様が仰られたように、いきなり部屋の中に現れ落ちて来たものでして……」
「まあ、それが本当なら分からんでもないが、人がいきなり現れるなどという事があるのか?
それにこの者はなんだ? 童のようであるが」
「う、うう………」
「どうやら息があるようじゃな。
ま、死んではおらぬなら話を聞けばよかろう。
っと、他の者どももようやく来たか」
ドタドタドタドタドタドタ………
「だから、どうして屋敷の中をドタドタ走るのだ。
もうちょっとマシな音にはならんのか、あやつらめ。
床板が壊れたら直さねばならんのだぞ。
誰が銭を出すと思うておるのだ、まったく」
「ここで声がし、これは殿! 御無事でございますか!!」
「無事でないように見えるか?
それはともかく、お主らワシよりも随分と遅れて来たな。
鈍っておるのではないか?」
「申し訳ございませぬ。
未だ慣れておらず、槍がどこにあったかと探しておった所為で、時が掛かりましてございます」
「ああ、そういう事か。それであれば仕方ないな」
「う、ここは………」
倒れておった童がゆるりと起き上がった。
どうやら危険な者ではないようだが、着物も変わっておるし、どこの誰であろうかな?
「おっと、起きたようじゃが………
これはまた、物凄い見目の良い童じゃの。流石に驚くわ。
いったいどこの貴人の子じゃ」
「きじん? ………えっと、ここどこ?
また訳の分からない屋敷に居るのかな?」
「また? ………よう分からんが、ここは那古野城だ。
で、お主は誰だ?」
「那古野城? 聞いた事ないな。
っと、僕の名前は黒金だよ」
「貴様! 目の前におわすは織田弾正忠家のご当主である、織田三郎様であるぞ!!」
「おだ? ………おだって有名な武士の家? 僕は聞いた事がないんだけど」
「まあ、尾張では織田姓は有名じゃぞ。
織田大和守家や織田伊勢守家などがあるからの。
とはいえ我が織田弾正忠家は、守護である斯波家の下の織田大和守家の下じゃがな」
「つまりは守護の下の下って事かー。
というか尾張ってまた微妙な位置に今回は出たんだね。
さっきまで下野の国の那須群に居たはずなのにさ」
「下野の国だと?
なぜに下野の国に居た者が、尾張は那古野城の吉法師の部屋に落ちて来るのだ」
「いつも通りの神隠しだと思うんだけどね?
それ以外には考えられないし」
「神隠しだと!?」
ワシが「神隠し」の一言に驚いておると、吉法師が黒金と申す者の着物の袖を引っ張った。
何か言いたき事があるのか?
「おだきっぽうしです」
「ああ、うん。御丁寧にどうも。
僕は黒金です、っていうのは正しくないね。
正確には神守君従三位右衛門権佐検非違使黒金です。
よろしく、きっぽうし」
「は? …………ちょっと待て、お主今なんと言った?」
「え? よろしく、きっぽうし。って言ったけど?」
「その前じゃ」
「ああ、神守君従三位右衛門権佐検非違使黒金って言ったよ。
一応僕の正式な名乗りはそうなるからね」
「……じゅ、従三位じゃと………!」
「そうだけど?
又太郎が征夷大将軍になる時に、なぜかついでに僕も従三位になったんだよ。
僕は稀人なんだけど、公卿になってもいいみたいなんだ。
ちょっと驚いたけどね」
「ま、まれびとっ!?
……そうじゃ!! 黒金という名は、かの有名な伝説の陰陽師の名ではないか!!!」
「なんかそうみたいだね。
何故か僕って「伝説の」とか言われるんだよ。
普通に生きてるだけなのにさ」
「これは大変じゃ!
急いで京の都の山科卿に文を書き、本当に伝説の陰陽師なのか確認致さねば!!」
ドタドタドタドタドタドタドタドタ……!!
「五月蠅い人だなぁ。もうちょっと静かに走ればいいのに」
「ふふふふふふ………」
「???」
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Side:神守黒金
僕は今回、ここに居るきっぽうしの下に来たみたいだ。
ちなみに漢字で書くと吉法師と書くみたい。
その後はドタドタと色々な人が走り回って騒ぎになった。
でも意外と早くだけど静まったので、今は大きな部屋に居る。
何故か吉法師も横に座ってるけど、何故なんだろう?
「あなた様。吉法師が随分と懐いているようですが……」
「何が言いたいのだ、妻よ」
「あなた様と同じく、見目の良い者には弱いようで」
「やはりか! ………ワシも同じ事を思うたわ。
とはいえ神守卿は伝説の陰陽師であり、だという事は男子ぞ。
それは微妙な話とならぬか?」
「それ以前に僕は男色お断りなんだけど?
又太郎もそうだったし仙太郎もそうだったけどさ。
僕も御免被るから、それは無しね」
「いや、そういうつもりが無いから言うておるのだ、でございます」
「この見た目だからね。無理して言葉を丁寧にしなくていいよ?
そもそも気にしないし、昔から周りはそんなものだったしね」
「すまん、助かる。
童の見た目で遥か雲の上の官位は、色々と困るわ」
「え? 雲の上?」
「そうじゃ。
黒金殿は従三位の官位と、右衛門権佐に検非違使の官職も持っておるのだ。
完全にワシよりも上よ。
それどころか官位だけで言えば、斯波左兵衛佐様よりも上じゃ」
「なんと………!」
「従三位と言えば公卿。
つまり帝のおられる内裏に昇殿出来る地位にあるという事でもある。
尋常ではない」
「それは、重ね重ね申し訳ございませぬ」
「いや、だからそれはいいから。
頭を下げられても困るし、今までにも気にされた事ないしね。
普通にしてくれればいいよ。
僕はそもそも公卿や公家の家の者じゃないんだ。
あくまでも稀人だから貰ったみたいなものだよ」
「なるほど。
確かにワシら武士よりは朝廷も高い官位を与えやすいのか。
何しろ稀人は大きな事を成すし、大きな事を成す者の傍にあら、われ………」
あらら、今頃気づいたのか。僕が吉法師の近くに来た事の意味を。




