0223
Side:???
やはり随分と愚かなのだなとしか思えん。
というより、今の乱世を生き抜けるような者ではないな。
今川左馬助殿、貴殿は悪い方ではないのだが生まれた世が悪すぎる。
残念だがここ那古野城はワシの物とさせてもらおう。
今川殿は大変に連歌を好まれる故に、長く足繁く通うて信を得るのに苦労したが、それでもその御蔭で城を手に入れられるのだ。
ここに今川の領地があるのも問題であった。
特に守護の斯波様は今川に負けて苦渋を飲まされたからな。
故に今川を苦々しく思うておられる。
そもそも斯波家は今川よりも上の名門であり、足利家に最も近い家の一家でもある。
今川は連枝衆と言うておるが、そもそもこれは嘘くさい話でしかない。
足利家の血筋から考えれば斯波家の方が遥かに近いのだ。
だから斯波家は三管領の一家なのだからな。
それはともかくとして、そろそろ家臣達が来るはずじゃが………。
ドタドタドタドタドタドタ………
足音の五月蠅い奴らじゃのう、少しは静かに歩く事も出来んのか。
ワシは病気だと偽っておるのだぞ。
何故その事を考えんのだ、怪しまれるであろうが。
ガラッ!
「兄者、大丈夫か!?」
「ゴホッ! ゴホッ! 誰かと思うたら、孫三郎であったか。
与次郎は如何した? ワシに何かあった際の代わりは与次郎のはずだが……」
「与次郎兄者であれば、勝幡城に詰めておる。
兄者が病になったのであれば、どこの者が城に攻めて来るか分からんからな。
父上と共に守っておる」
「そうか………で、首尾は?」
「上手く入った。後は乗っ取るだけよ。
既に十分な数の兵が入っておる。兄者の下知一つで制圧できるぞ」
「ならばすぐに始めろ。
兵は神速を尊ぶ、という言葉もあるのだからな」
「分かった。では、始めるぞ!」
「「「「「「「「「「おうっ!!!」」」」」」」」」」
その後は手勢の者達が瞬く間に制圧し、ワシらは那古野城を乗っ取った。
今川左馬助殿は命乞いをされたので、どこに行きたいかと訪ねたところ「京の都」に行きたいとのこと。
なので京の都への銭はワシが出す事にした。
「敵からの施しなど、と思われるかもしれませぬが、ワシからのせめてもの手向けです。
左馬助殿は今の世には似つかわしくないほどに穏やかであられた。
こうなるのが乱世であり、その乱世の習いでございますれば、それだけは覚えておいて下され」
「………弾正、そなたはそうやって生きていくのであろうが、その先に待つのは裏切りぞ?」
「それでも、でございます。
今や親子兄弟で争うのは当たり前とも言えるほどの乱世。
その乱世にその穏やかさでは生きていけぬのです。
悲しき事なれど、世に習いて生きねば死するのみ。
死するのみなのでございます」
「そうか………いや、そうだな。これ以上は何も言う事がない。
そなたの勝ちであり私の負けだ。
では、さらば」
そう言って今川左馬助殿は去られた。
治世であれば歌を楽しみ酒を酌み交わせる方であったが、今の世では頼りないという方でしかなかったな。
仕方がないのであろうが……。
「兄者、良いのか? 今川の者だぞ」
「だからこそだ。
今川は足利家に近い家、たとえ庶子といえども迂闊に殺すわけにはいかん。
それよりも那古野城が手に入ったのだ、必要な物を準備いたさねばな。
ここはワシの城とするが、すぐに吉法師に譲る事になろう」
「正気か、兄者? 吉法師はまだ四つぞ。
四つの子に城主をさせるというのか!? 四つではまだ親が恋しい歳であろうに」
「そんな事を言うておるから強い子にならんのだ。
吉法師にはワシ以上の、いや、我が織田氏の中で一番の男子になってもらいたい。
だからこそ童の頃から城主として育てるのだ。
一端の城主としてな」
「………まあ、兄者がそれでよいなら構わんがな。
しかし癇癪持ちの子になったどうする?」
「そこは大丈夫だ。
ワシが入っておる間に吉法師には色々と教えるし、しっかりとした家老をつければよい。
そもそもだが勝幡城よりも南東に城を築かねばならんのだ。
ワシはその城が出来たらば、そちらに移る事になる」
「ああ、それでか。
確かに南東の方を抑える為の城は要るのう。
勝幡城は尾張の西、そしてわしの守山城は東の端に近い。
わしと兄者で尾張を守るにしても、中の方の連中がな……」
「あやつら碌な事をせんからな。
父上と与次郎には北東の守りである犬山城をお任せせねばならん。
あの阿呆どもは誰が尾張を守っておるのか理解しておらぬ。
いい加減にせよと思うが、いつかは滅ぼさねばな」
「うむ。あやつらは要らぬ。
むしろあやつらがおる所為で、尾張は今でも揺れてしまっておる。
守護の斯波様に力が無いとはいえ、それと尾張を脅かすは別であろうにな。
あやつら己らが得をするのであれば、尾張を売り渡しかねんぞ」
「まっこと、その通りよ。碌なものではないわ。
おっと、それより策は成ったのだから、早う父上と与次郎に知らせねばな。
勝幡城で欠伸でもしながら待っておられよう」
「いや、そこは心配しておられるのではないか?」
「父上と与次郎であれば策が必ず成る事ぐらい分かっておろう。
今川左馬助殿は誰が見ても乱世で生きていける方ではない故にな。
あの方は治世で連歌をしておられるがよく似合う。
言い換えれば、乱世で生き抜く強さが無い」
「確かにそういう方であられたな。
弱々しいというか、風雅典雅が好きな方であられるのは間違いなかった。
わしなど歌を詠むくらいならば、稽古でもしておった方がマシだがな」
「お前はそうであろう。
とはいえ性格というものがある故そこはどうにもならん。
ワシもそこまで歌は得意ではないからな。
それでも付き合いの為に色々とせねばならんが、っと」
「掃除が終わりましてございます」
「そうか、ご苦労であったな。
これで最低限は使えるようになったが、後は追々じゃな」
「では、そろそろわしも帰るかな。
東を見張っておかねばならんし」
「頼んだぞ。とはいえ松平は攻めて来ぬであろうがな。
松平めは<守山崩れ>から恐ろしいほどに衰退しておるからのう。
流石にあそこまでとは思わんかったし、坂を転がり落ちるように転落するとは……」
「そういえば、兄者が暗殺させたとか言われておるが、本当のところはどうなのだ?」
「ワシがそんな事をするはずがないと分かっていて言うのは止めよ。
そもそもあれは松平の中の内紛に近い。
安祥松平と桜井松平は元々仲が悪いのだ。
そして桜井松平に嫁いだのは姉だからの」
「つまり、唆したのは父上か」
「そういう事よ。
何故かワシの所為になっておるらしいが、元々の対立を忘れすぎだ。
いや、織田家の所為にした方が都合がいいだけじゃの。
その安祥松平と桜井松平の争いに介入したのが父上だ。
といっても父上も特に何かをした訳ではないがな」
「そうなのか?」
「ああ。
松平次郎三郎を殺した阿部なにがしは、元々から次郎三郎に対して怯えておった。
誰かを殺すは恐怖よ。
恐怖に耐えられなくなれば、容易く主君をも殺す。
次郎三郎はな、やり過ぎたのだ」
「そういう事であったのか。
父上は阿部なにがしの恐怖を突っついただけであったとは……」
「それだけではないがな。
ワシも確証までは掴んでおらぬが、今川が相当に松平の家に手を突っ込んでおる事は分かっておる」
「今川………九英承菊か。
あの今川治部大輔の懐刀であり知恵袋。
厄介な坊主だが、やはり後ろで動いておったのか」
「当然であろう。
どこも虎視眈々と他家の土地を狙っておるわ。
それが乱世だ」
嫌な世の中ではあるが、それもまた乱世よ。
だからこそ、我が織田弾正忠家も領地を広げられるのだしな。




