0222
Side:桜
黒金が旅立って五日ほど経った。
私は今鹿野家の家でのんびりとしている。
この邸を主に切り盛りしているのは葛葉であって、鹿野家の当主じゃない。
あくまでも鹿野家の当主は家の事を決めるんだけど、邸に関しては葛葉の領分みたいね。
だからこそ、それなりに忙しくしているし、私もその手伝いをしている。
それと桃は邸の人気者になっていて、寝ていると誰かが触りに来るからか、よく葛葉の部屋で寝ているわね。
まあ、触られたら起きてしまうから、気持ちは分かるんだけど……。
「クー…………クー………」
「思いっきり寝てるわね。
一応は妖怪でしょうに、動物の気が強すぎるわ。
この子このままだと、長生きなだけの動物のままになるかも。
一応は妖怪を狩らせなければいけないわね。
黒金が適当に霊玉をあげてたから、自分で狩るという事を忘れてる気がするわ」
「だからこそ、なかなか強くなれない?」
「その可能性もあるわね。
流石にここまで怠惰な妖怪は初めてよ。
普通は生き残る為に戦って、殺して、逃げてと繰り返すもの。
それをまったくしないで暢気に昼寝までしている始末。
流石にこれは色々と問題よ。
邸の中では人気者だけど、それとこれとは別」
「まあ、運動という意味ではした方がいいから、私が山なんかに行く際には連れていきましょうか。
そしたら多少は戦うでしょう。決して戦えない訳じゃないし」
「そう……っ!!!」
急に雷に打たれたように「ビクッ!」とした後、葛葉は全く動かなくなった。
いったいどうしたのかと思ったけど、床に倒れていないなら大丈夫そうね。
そう思って待っていたら、すぐに眼の焦点が合って復帰した。
いったいなんだったのかしら?
「黒金が再び神隠しにあったらしいわ。
無事ではないけど玉藻を討伐したそうよ。
これで完全にあのクソ狐が居なくなったと思うと清々するけど、黒金がまた神隠しに遭うとは思わなかったわ。
今度は何百年後かしら」
「神隠しに遭うと黒金は居なくなってしまうんだったわね。
となると何百年も待つ必要があるのかぁ……先は長そう」
「まあ、貴女だって一人で二百年も生きて来たんでしょ。
だったら問題ないわよ。ここに住んでいればいいわ。
それに………黒金がわざわざ貴女達を私に預けたっていうのが引っ掛かるのよね。
もしかしたらだけど、足利の家は安定しないかもしれないわ」
「まだ戦は続く?」
「黒金自身は意識していないかもしれないけれど、そうなる可能性があるって事を感じ取ってたのかも。
あくまでも足利又太郎が征夷大将軍になる“まで”なのよ。
その後に黒金を関わらせないのは何故かしら?」
「…………その後の争いは自分達でしろってこと? その可能性があるわけね。
とはいえ又太郎の下から黒金が居なくなると相当の痛手でしょうけど、大丈夫かしら?」
「大丈夫じゃないでしょうね。ここからが試練の時なんじゃない?
それに、黒金が玉藻を討伐したという事は、今この時に玉藻を倒しておく必要があったのかもしれないわね。
むしろ足利又太郎を征夷大将軍にするのは、ついでだったのかも」
「あー、それはありそう。
だって玉藻って妖怪は人間を裏で操ってたぐらいだし、神様としてはそちらの方が重要でしょうしね。
又太郎の征夷大将軍位は、そこまで重要でもない気がするもの。
あくまでも時期が重なってたからだと思う」
「また神隠しに遭ってるくらいだしね。それが重要だったのは間違いないでしょう。
これは室町に行って伝えておいた方がいいわ。
これから先は黒金の力を当てにせずに頑張りなさいって」
「それも大変だと思うけど、私は黒金が居たから協力してただけだもの。
黒金が居なくなったら流石にね、政も含めて関わりたくないのよ。
面倒だし」
「気持ちは分かるけどね。
とにかく足利家の邸まで行きましょう。
これを伝えるのは早い方がいわ」
葛葉がそう言うので、私は一緒に室町まで歩いていく。
葛葉も歩いているからか、割と周りから不躾な視線が飛んでくるのよねえ。
大妖怪だからか綺麗だし見られても仕方ないんだけど、そのついでにこっちも見て来るから鬱陶しい。
室町についた私達は邸の中の者を呼んでもらって中に入る。
私が顔を知られているからか、あっさりと入れるのは助かるわね。
そして又太郎が仕事をしている部屋に行くと、なにやら男三人が顔を突き合わせて悩んでいるようだった。
「桜か、いったいどうしたのだ? 黒金が居ないところを見るに、まだ帰ってきていないようだが……。
それに都の大妖怪の方までお連れして来るとは、何かあったのか?」
「葛葉は宇迦之御魂神様の神使みたいなところもあるの。
で、神様から話があったみたい」
「実は黒金は無事に玉藻を打ち倒したらしいんだけど、再び神隠しに遭ったそうなの。
つまり数百年は黒金が日の本から消えたままになるわ。
前回の神隠しの後も百三十年ほど居なくなってたから、次も同じかそれよりも長いかもしれないわね」
「そうか………黒金が神隠しにな。
オレを征夷大将軍にするまでだったと聞くが、その後すぐにこれか。
別れの言葉を言う暇も無いとは思わなんだ」
「仕方ないわね。斯明も艶も私も別れの言葉は言えなかったもの。
だからこそ私が再会した時に、二人の伝えたかった言葉を伝えたのよ。
神隠しに遭った以上は、次にいつ来るのか分からない。
ただし日の本に帰ってくるのは間違いないわ」
「そうか、黒金は帰ってくるのか。
ならば死するまでに、伝えたい言葉を纏めて文に書いておかねば。
その後は桜に渡す故、黒金が戻ってきたら渡してほしい」
「私もお願いします。
何だかんだといって、多く世話になりましたからね。
出来れば伝えたいですし」
「それにしても玉藻とやらが討伐されたのはいいが、代わりに黒金が神隠しに遭うとは………。
割に合わんと言ったら、神様に怒られるであろうか?」
「そもそも神隠しに遭った理由が分からないから、何とも言えないところよ。
神隠しという名だけあって、当然ながら隠したのは神様だしね。
その神様方の誰が行われたのかは知らないけど、必要な事だからされたのでしょう」
「必要な事ですか………。
いったい何なのでしょうね? 何に黒金が必要なのやら?」
「さてな。
それは分からぬが、神々が我々のような下々にお教え下さる事はあるまい。
我らは粛々と受け入れるしかあるまいな」
そんな感じでしんみりと話をしていると、外から「ドタドタ」という音が聞こえて来た。
そして戸が開けられたんだけど、なにやら急いで来たみたいね。
「報告がございます。
近江におられた斯波様からの報せがあり、北陸に落ち延びていく新田を捕らえる事は出来なんだとの事にございます」
「そうか。
新田は恒良親王と尊良親王を連れて北陸に落ち延びた。
そこまでは公家から聞き出したから分かっておるが、間に合わなんだか。
まあ、それならそれで構わん。
斯波には咎めぬ故、無理に追いかけるなと文を出せ」
「ハッ!」
報せを持ってきた者が去っていったけど、いいのかしら?
「兄上、新田を好きにさせてよいので?」
「好きにはさせんさ。
しかしあの男では北陸に地盤を築くは難しかろう。
玉藻に操られていた時の態度と言動が悪すぎる。
数年はそうだったのだからな、簡単な事ではない。
それでも立ち上がったのであれば、オレは褒めたうえで相対しようさ」
「兄上………」
この辺りの考え方こそが、又太郎が担がれるところなのよね。
そういう部分を見て知って、下の者達はついていくのだから。




