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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
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 Side:楠木正成



 ワシは七郎と共に出陣し、子や孫達は全て置いていく。

 子や孫にはきつく申し付けておいた。足利殿と争うなと。

 争っても楠木の家に益は無い。

 こうなったのは足利殿の所為ではないと。


 それにワシと七郎の血判状も渡してある。

 それで子々孫々も問題あるまい。


 武士の戦なのだ、斯様(かよう)な事はようあるものよ。

 戦いたくない相手であっても、敵味方に分かれて争わねばならぬ。

 因果なものだと思うが、これもまた武士の生き方。

 それを子々孫々も分かってくれればよいのだが……


 ワシと七郎は増援を連れて兵庫へと向かい、そして新田と合流した。

 弟の脇屋殿が出迎えてくれたが、肝心の新田がおらぬな?

 足利殿の事で荒れておるのか?

 それとも、また病にでも(かか)ったのかやもしれんな。


 「新田殿はどうされたのだ?

 流石に大将の出迎え無しというのは………」


 「申し訳ない。

 兄者は何故かここ最近呆けている事が多く、自分が声を掛けても心ここにあらずというような態度で……」


 「なんと………いったい何があったのであろうか?」


 「皆目見当もつきません。

 ちょうど足利様が近づいてきたという話を聞いた時でした。

 他の諸将が撤退だと騒いでいる中、兄者は既に呆けておるような感じで………」


 「ふーむ。

 いったい何があったかは分からぬが、ワシが後で酒でも持って行こう。

 飲めば色々と気分も変わろうからな」


 「ありがとうございまする。

 兄者も楠木殿になら、胸の内を明かしてくれるやもしれません。

 よろしくお願いいたします」


 その後、脇屋殿と話し合いをし、戦の布陣を決めた。

 新田が出て来んのだから、脇屋殿と決めるしかない。

 ま、夜になったら話を聞きに行くか。


 …

 ……

 ………


 夜になったので新田の所を訪れたのだが、聞いた通り呆けておる感じじゃな?

 いったい、どうしたというのだ?

 かつて足利殿を(ののし)っておった頃とは違い過ぎるぞ。


 「新田殿。酒を持ってきたから飲まぬか?」


 「あ? ああ……楠木殿。

 酒……そうか酒か。いただこう」


 「う、うむ。とりあえず飲めば多少は気分も良うなろう」


 ワシは新田が使っておるコップに酒を注ぎ差し出す。

 新田は少しずつ飲んでおるようだが、心ここにあらずと言った様子じゃ。

 脇屋殿が申していた通りじゃが、何があればここまで呆けるというのであろうか?


 「楠木殿、聞いてもらいたい」


 「おう、如何(いかが)した? 新田殿」


 「今までのワシはワシではなかった。

 今まで何度も何度も抵抗し、心の内でひたすらに戦い続けたのだ」


 「は、はあ? それで……」


 「そしてな、少し前についに勝つ事が出来た。

 この新田左兵衛(かみ)義貞を舐めてもらっては困るというもの。

 しかし時は既に遅すぎた。

 あの女狐、玉藻に操られておった間の事は取り返しがつかぬ」


 「操られておった?」


 「そうだ、楠木殿。

 ワシは鎌倉攻めの時を境に、玉藻という女狐に操られておったのだ。

 その所為でおかしくなったワシが、取り返しのつかぬ事をしてしまった。

 もはや後戻りする事も出来ぬし、今さら又太郎様に詫びても如何(いか)にもならぬ」


 「そういえば弟の脇屋殿も、鎌倉攻めの時から新田殿の様子がおかしい。

 かつての新田殿ならば、あんな事はせなんだと言うておったの。

 ………まさか、本当に操られておったのか?」


 「ワシの嘘に聞こえるかもしれぬが、事実だ。

 ワシの他にも操られておった者がおるはず。

 あの女狐は分身(わけみ)と言うておった。

 つまりはワシを操っておった者だけではないはずなのだ」


 「なんと………

 最近そなたが呆けておると聞いたが、これから如何(いか)にしてよいか分からぬからか」


 「ああ、既に取り返しがつかぬ事は分かっておる。

 幾ら弁明しようと言い訳にしかなるまい。

 それに新田の一族はついてきてくれておるが、他の一族一門衆は全て足利家に残った。

 まさか養子として入ったワシが、新田家をこのようにしてしまうなど……」


 「それは呆けても仕方あるまいな。

 既に取り返しはつかぬし、後はどうにもなるまい。

 流れのままに生きるしかなかろう。

 そなたが操られておった頃にやった事は、足利家を舐め腐った事だ。

 武士は舐められたら負け。

 足利殿はともかくとしても、足利家が許す事などあるまい」


 「そうなのだ……

 又太郎様は道理を弁えた方であり、話せば分かっていただけるとは思う。

 しかし足利家の者が許す事は絶対にない。

 新田の家を根切りにしろと言われても不思議ではないのだ!」


 頭を抱えておるな。

 仮にもし事実なのだとしたら、頭を抱えたくなる気持ちはよう分かる。

 己が己でない間にメチャクチャにされたのだからな。

 そやつを倒したとはいえ、新田家も己の立場も良くなる事は無い。

 そう考えれば頭も抱えようぞ。


 「まあ、ワシも頭を抱えたいのは同じじゃがな」


 「え?」


 「ワシはこの戦で死ぬ事になるじゃろう。

 京の都に足利殿を入れて、新田殿と外から挟み撃ちにするべき。

 そう進言したんじゃがの、帝がたびたび動座するなど許されんとして却下されたわ。

 勝つ事を考えず、動座するのは(まか)りならんと言うのだから呆れるしかない」


 「いや、それはともかく、死ぬとは………?」


 「ワシは元々からして足利殿と争う気などなかった。

 向こうには稀人(まれびと)である黒金(くろかね)殿がおるのじゃ、如何(いか)にもなるまい?」


 「………又太郎様が大きな事を成されるという事か。

 その為に稀人(まれびと)が又太郎様の前に来たと」


 「そもそも大きな事を成す者が、それを成す前に死ぬなどあり得ぬ。

 そうであろう?

 そして足利殿はまだ大きな事を成しておらぬと、ワシはそう思うておる。

 何故なら足利殿自身の大きな功は、未だ六波羅(ろくはら)攻めしかないからな」


 「稀人(まれびと)が付き、大きな事を成す者が、それだけではおかしいという事ですな?」


 「左様。そして思うたのが、武家の棟梁じゃ。

 鎌倉ではなく別の所で(まつりごと)をするのかもしれぬが、ワシは足利殿が新たな<鎌倉殿>になるのだと思うておる。

 足利殿の心は元々穏やかじゃ。

 あれぐらいの人が鎌倉殿の方が良いとも思うのだ」


 「そうですな。

 かつてから争いが多くあった。

 穏やかな方が頂におられる方が上手くいくのやもしれん」


 「ま、そういう事じゃからして、次の戦がワシの最後の戦だ。

 そしてワシと七郎の首で、子や孫に楠木家は許してもらおうと考えておる。

 鎌倉の足利殿にも文は送ったし、子や孫には絶対に足利殿と争うなと血判状まで残した。

 後は晴れやかに死するだけよ」


 「楠木殿………」


 「なぜに新田殿が泣いておるのか知らぬが、武士とは斯様(かよう)な生き方の者よ。

 帝に近くなければ足利殿に味方し合力したのだが、我が家は後醍醐帝に近すぎる。

 ここまでせねば離れられんのだ……」


 「………ワシも、なんとしても新田の家を残さねば。

 たとえ又太郎様に怨まれ憎まれようと、新田の家は残すに値する。

 そう思われるだけの功を上げねば……」


 「そうじゃな。

 そちらならば新田家が生き残る目は十分にあろう。

 新田殿が活躍すれば褒め称える声も増える。

 なれば足利家も新田殿以外は許すしかなくなろう」


 「うむ。

 新田の家を残す道があるのであれば、後はそれに邁進(まいしん)するのみ。

 ありがとう楠木殿、心が晴れた」


 「いやいや、だったらば良いのだ。

 まずは弟である脇屋殿には話しておいた方がよい。

 そうでなければ、(いぶか)しがられたままとなろう」


 「そ、そうだな。

 明日にも義助には謝り話しておかねば。

 それに義助が操られたりしておらぬかも確認しておかねばなるまい。

 おそらくは大丈夫だと思うが……」


 その後は新田とゆるりと酒を酌み交わす。

 この男、普通であれば何の問題もない男じゃな?

 本当に操られておった所為ならば酷い話よ。

 それに妖怪に操られるとは……今までにもあったのではあるまいな?


 それに、帝か公卿や公家が操られておったら………いや、死にゆく者が気にしても無駄か。

 後の世の事は足利殿がなんとか致すであろうよ。


 こっちに任せるなと怒るかもしれんがな。

 ふふふふふふふ…………


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