0211
Side:脇屋義助
白旗城攻めは昨日も駄目であった。
今日も朝から軍議だが、兄者が荒れておるので諸将も辟易しておる。
自分が何とか諸将を宥めておるが、兄者が荒れるので余計に士気が上がらん。
このような事では、もう無理であろう。
こちらの軍の中には厭戦気分が広がっておる。
毎日毎日、兄者の怒鳴り声を聞いていれば嫌にもなろう。
弟である自分とて嫌なのだ、諸将はその比ではあるまい。
御蔭で白旗城を落とす目途が一向に立たん。
「報告! 報告!!
足利軍が既にこちらの近くにまで来ておりまする!!
このままでは白旗城の者どもと合流されてしまい、こちらの方が不利になる恐れあり!!
繰り返しまするが、足利軍が近くまで迫っておりまする!!」
「兵力は? 相手の兵力はどれほどだ!?」
そこを聞かねばならん。
思っていた以上の大軍だと、今すぐ撤退せねばならなくなる。
そうなれば白旗城の者から追撃を受けてしまいかねん。
兵力を聞かねば今後の指針も立てられぬ。
「敵の総数は不明! おそらくは十万以上と思われます!
凄まじい兵の数であったと報せがございました!!」
「じゅ、十万以上だと!?
そんな相手に勝てるわけも無し!
ワシはすぐに退かせてもらう!!」
「ワシもじゃ! 遅れれば追撃を受ける!」
「そうだ、すぐに逃げるぞ!
こちらの兵の数ではどうにもならん!!」
「逃げろ、撤退だー!! すぐに逃げるぞーーー!!!」
諸将はすぐに陣幕を出て、己の兵達に撤退を呼び掛けてしまった。
兄者が何かを言うよりも速かったので止めようがなかった。
それに厭戦気分が広がってしまっており、諸将も撤退したがっていたからな。
仕方あるまい。
「兄者、兄者! 呆けておらずに逃げる準備だ。
これ以上はもう戦えん。すぐに逃げるぞ!!」
「う、うむ。そうだな、ここは退かねばならん」
「?」
すぐにガシャガシャと具足を鳴らして兄者は行ったが、いったいどういう事だ?
今までなら怒り狂って暴れると思ったのだが、さっさと撤退を決めたぞ………?
いつもの兄者と違うな? 何がどうなっておるのやら。
とりあえず、足利様の軍が迫っておる以上は早う逃げねばならん。
遅れれば間違いなく追撃を受けるので、ここは速さこそが何より重要。
最悪は鎧兜を捨てて逃げねばならんか。
「撤退の準備は? 出来ておらねばすぐに撤退の準備をして逃げるぞ。
でなければ散々に追撃を受けてしまう。
言葉は悪いが、他の所の兵を犠牲にしてでも逃げるのだ。
いいな? そなた達に死んでよい者などおらぬ。確実に逃げ切れ」
「「「「「「「「「「ハハッ!!」」」」」」」」」」
家臣にそう声を掛け、素早く馬に乗ったら逃げる。
と思ったら、白旗城から追撃の兵が出て来た。
ここは本陣なので前線からは遠いが、このままでは押し込まれるな。
早く逃げねば。
…
……
………
三石城を攻めておった先発した者達と合流したが、報告の通りに向こうの城も落とせなんだらしい。
二城共に落とせなんだとは………これでは足利様が来るのは止められなんだという事だ。
致し方があるまいな。
三石城攻めの者達も足利様が来たとの事で撤退したらしいが、こちらと同じく散々に追撃されたらしい。
おかげで戦う為の兵が碌におらぬ。
おそらくは追撃を受けたフリをして逃げた者が多いのであろう。
あれだけ厭戦気分が広がっておったのだからな。
兵庫にて態勢の立て直しを図っておるが、これは駄目だ。
都に援軍の催促をするしかあるまい。
兄者にそう進言してこねば。
「兄者。このままでは戦う事もできぬ。
ここは京の都に援軍の願いを出すしかないぞ」
「………」
「兄者? 兄者、聞いておるのか? 援軍の要請をせねばならん」
「あ、ああ………援軍な。
京の都に援軍を請わねば……」
どうしたのだ兄者は?
いったい何があったのかと思うが、あそこまで負けたから呆けてしまったのであろうか?
それとも足利様が近づいたから、またぞろ怨みと憎しみが膨れ上がっておるのであろうか?
しかしその割には態度が変なのだ。
何がどうなっているのやら。
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Side:楠木正成
帝に呼ばれたので、またもや正装をして参内する。
ワシ仕事の途中だったのだがな、帝はワシらの仕事すら軽んじておるのか?
いい加減にしてほしいわ。
「楠木左衛門尉検非違使正成。罷りこしましてございます」
「うむ。よう来たな、楠木よ。
実はな、播磨攻めを行っておる新田が大敗した。
赤松の篭もる白旗城を攻めておったらしいが、足利が近づいてきた為やむなく撤退。
しかし散々に追撃を受けて敗走したそうじゃ。援軍を請う文が来ておる。
ついては、どうすればよいと思う?」
「京の都を引き払い、叡山に行くべきでございます。
そして入京した足利殿を、それがしと新田殿で挟み撃ちと致しましょう。
それであれば勝てるかと」
「なりませぬぞ!
帝が軽々しく幾度も動座してよいはずがありませぬ!!
楠木と新田になんとかさせるべきでございます!!」
「ふむ………確かに朕は帝じゃ。
その帝の腰が据わらぬというのも良うない。
楠木よ、新田に救援に向かうのが良いと思うが?」
はぁ………事ここに及んで、まだこんな事を考えておるのか。
愚かに過ぎようぞ。
重ね重ね、こんな者どもに組した己の愚かさを悔やむわ。
既に足利殿は天の時まで手にしたというのに。
「楠木! なんとか申さぬか楠木!!」
「帝、天地人という言葉を御存知でしょうか?」
「知っておる。
天の時、地の理、人の和であろう。
それが如何した?」
「足利殿は地の理と人の和は既に持っておりました。
後は天の時だけであったのです。
そして九州をまとめ上げ、ついに天の時まで手にした。
もはや是非もありませぬ、次に武家の棟梁となるは足利殿でしょう。
それでもワシは河内守護であり、摂津守護。
ですので新田殿の救援には向かいましょう。
おそらくは死ぬでしょうがな」
「楠木よ、何を言い出すのだ!!」
「帝。
足利殿には伝説の陰陽師であり稀人である黒金殿がついておるのです。
何故その事実を軽んじられたのですか?
稀人が足利殿の前に現れたという事は、足利殿は大きな事を成す方だということ。
何故その事を軽んじられましたか!!」
「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」
「はぁ………
帝だけではなく、側近の公卿や公家もだんまりか。
愚かな、救い様が無いわ」
「なんだと、楠木!!!」
「おっと、心の声が洩れておりましたか。
ワシは子供の頃より聖徳の君を敬っておりましてな。
聖徳の君が定められた十七条。それに反しておる者ばかりだと、ずっと呆れておったのですよ。
それがワシの偽らざる思い。
……それでは皆々様、失礼いたしまする」
「く、楠木?
楠木! 待つのだ、楠木ーーー!!」
ワシは帝の言葉に背を向けて内裏を出た。
ワシは摂津守護であり河内守護じゃ。
その勤めは果たさねばならぬ。
屋敷に戻って正装を脱ぎ、武具を家の者に用意させる。
おそらくは、ワシの最後の戦になるであろう。
「兄者、帰ったようだな。
………そうか、ワシらの死に場所が決まったか。
なれば晴れやかに行かねばな」
「うむ。……七郎、そなたとも長い付き合いになったな。
最後ぐらいは兄を立ててもよいと思わんか?」
「それでワシに無様に生き永らえろと?
兄者こそワシに華を持たせてくれてもいいと思うがな?」
「「………わははははははははははは!!!」」
ワシと七郎との間に辛気臭く酒を飲むなどという事は無い。笑い飛ばして終いよ。
後は晴れやかに死に場所へと行くだけじゃ。
さて、足利殿よ。楠木最後の戦場だ。
盛大に楽しませてもらう故に、少々被害が多くても許してくれよ?




