0207
Side:楠木正成
「それがしは義は足利殿にあり、新田殿には無いと考えまする。
義の無い者を総大将に置くのは………」
「帝が間違いだと申すのか、貴様!
これだから武士などという愚か者はいかんのだ、帝の為される事は絶対ぞ!!
貴様らがそれを現のものとせねばならんのであろうが!!」
ならば、おのれら公卿や公家は要るのか? 要らぬであろう。
武士が帝に付き従い盛り立てるのであれば、公卿や公家など要るまい。
頭がおかしいのかコヤツは?
「その物言いは慎まれよ。
それでは公卿や公家の居る意味が無くなる。
武士が帝の為される事を現にするのであれば、公卿や公家は要らぬであろう。
そう言われますぞ?」
「………」
若い北畠卿の方がまともではないか。
若者よりも愚かな年寄り。これを稀人は老害と言ったそうだが、正にその通りじゃの。
老いて害にしかなっておらぬ。
稀人の言葉は分かりやすうて助かるわ。
「………流石に新田の首で足利武蔵守と和睦は出来ぬ。
それをすると、和睦の際に誰ぞの首を差し出すと思われてしまうからの。
それは出来ぬ事だ」
「左様でございますな。
そのような事など出来るはずも無し。
少しは武士などという愚か者も、道理を弁えてほしいものじゃ」
道理を弁えておらぬは、おのれらじゃろうが。
このような佞臣を傍に置いているという時点で、帝の力量が分かるというものよ。
聖徳の君の教えを全く理解しておられぬようじゃ。
残念だが、後醍醐帝はこの程度の方なんじゃろう。
愛想も尽きそうになるわ。
その後も幾つか嫌味を言われたが全て無視。
ワシは適当に聞き流して帝の下を辞した。
正直に言って、あの帝にはついていけん。
しかしながら、今離れると楠木の家の名が地に落ちる。
なので逃げられんのだ。
情けないやら何やらと思ってしまうが、最早どうこうする事も出来ぬ。
後の事は子や孫に任せるしかなかろう。
せめて足利殿と敵対するのは止めてほしいが、それも難しくなるかもしれぬ。
引っ込みがつかんという事もあるでな。
ワシは屋敷に戻ると正装から着替えるが、弟にも話しておく。
「七郎、あの帝は駄目じゃ。
傍に佞臣を置いて、それを排する事もせぬ。
それどころか佞臣の言う事に耳を傾ける始末よ。
息子達には文を送っておくが、どうなるかは分からん」
「そこまでか……
かつて聖徳の君が作られた十七条。
あれをお読みになれば、いかに間違っておるかが分かるはずなのだが……」
「認められまい。
己がやってきた事が遥か昔の聖徳の君に否定されるなど、あの帝であれば認められぬ。
己が正しいと、それ以外には背を向けられるはずじゃ」
「傍にいる佞臣どもは気づいておらんのか、こちらには多くの武士の賛同が無いという事を。
足利が盛り返してきたら、きっと多くの武士が立ち上がるぞ。
そうなれば抗し切る事すら出来ぬようになるかもしれん」
「分からぬのであろう。
己らはどうなろうと安泰、そのようにしか考えておるまい。
それこそ、あの佞臣どもは帝を犠牲にしてでも生き残ろうとするであろう。
真に碌な者どもではない」
「新田は戦の準備を早速始めたようだし、いつまで下らぬ事をし続けるのやら?
これだけ戦ばかりしておると、大内裏の再建など無理だぞ。
それすら分かっておらんのか。
迷走に次ぐ迷走をしておるとしか思えん」
「己で銭を稼いだ事が無いから、銭を稼ぐ大変さも知らぬのであろう。
一度でも汗水を垂らして働けば、あんな愚かな税など言い出さぬ。
所詮はそこまでの方なのであろうな」
仕方がないとはいえ、重ね重ね失敗であったわ。
…
……
………
新田と北畠卿が出陣し、各地の足利殿寄りの武士達を討伐して回っているようじゃ。
こんな事をしても余計に反発されるだけじゃぞ。
力で押さえ込む者は、力で弾き返されるのだ。
<和を以て貴しとなす>という言葉を知らぬのか。
呆れるわ。
今大事な事は民心を落ち着ける為に<二十分の一税>を止め、民心の慰撫に努める事であろう。
そうして足利殿への牽制とせねばならん。
にも関わらずこれでは、更に民や武士の心は足利殿に寄っていくだけだ。
民や武士の支持が失われるという事の意味が分かっていなさすぎるわ。
支えを失った者が如何に脆いか、左様な事は昔の事を書き記した書物に書かれていように。
何故それが分からぬのか。
公卿や公家というのは、これだからいかんのだ。
こやつらが居る限り、朝廷に政を戻しても良い事など何も無い。
ワシでも思うわ、これなら北条の方がマシであったとな。
伊達に朝廷は争いの中心ではなかったという事じゃの。
むしろ朝廷から政を切り離した頼朝公は、間違いなく英断を為されたと言えるわ。
どうせ当時の朝廷も、今と同じように下らぬ事をしておったのであろう。
そういえば黒金殿が言うておったな。
平安の世の帝も碌な事をせんかったと。
………あの時の言葉をもっとしっかりと聞いておけば良かったわ。
そのように古くから下らぬ事をしておったとは。
寺社も朝廷も碌な事をせぬ。
だからこそ武士が政をするしか無くなったのであろうな。
でなければ、いつまで経っても争いが無くならなかったのだ。
それならよう分かる、ワシの失敗も含めてな。
「とはいえ足利殿も言うておったが、北条の政も碌でもなかったと聞く。
長く政をしていると腐っていくのではないか?」
「かもしれんのう。
それでも武士の方がまだ短い。
朝廷と寺社は千年にも渡って争ってきておるのだ。
それに比べれば、武士が政を始めたは清盛公からと言える。
たかだか数百年でしかない。
それを考えれば武士の方がマシであろうな」
「まあ、そうとも言えるか。
確かに武士は朝廷や寺社ほど日の本で政の争いを繰り広げてきておらぬ。
政の失敗は北条だけだしな」
「そうじゃの。
清盛公は道半ばで病に倒れ、頼朝公は妙な死に方をした。
一説には北条が暗殺したとか言われておるが、定かではない」
「とはいえ仮に暗殺でも、それは朝廷の真似事でしかなかろう。
そもそも稀人に暗殺させるが朝廷であるしな」
「蘇我氏か………
あれも果たして本当に悪であったのであろうかの?
稀人が合力致したとはいえ、蘇我氏の暗殺をさせておるからのう。
それだけではのうて、その後に蘇我一族を完全に根切りにしたのだ」
「死人に口なし、とかいうヤツか。
そうなってくると確かに本当に悪かったのかは分からぬな。
そんな争いをずっとしてきたのが朝廷か」
「そうじゃの。
ワシらは気づくのが遅すぎたが、子や孫は間に合うと思いたい。
とはいえ最後まで帝に足を引っ張られそうな気もする」
「縁起の悪い事を言わんでくれ兄者。
きっと足利殿がなんとかしてくれよう。
もしなんぞあった時の為に、足利殿に文を送っておくべきではないか? 鎌倉の足利殿にな」
「なるほど、確かにそちらならば怪しまれずに済むかもしれん。
ワシらに何かあっても、鎌倉の足利家から足利殿に文が届こう」
そうと決まれば早速文を書いて家臣に送らせねば。
ワシらは足利殿と対立まではしとうないのだ。
帝から離れる事が出来ず、己の領地の事も考えればこうするしか出来ん。
足利殿も知っておろうが、それでも書いて送っておかねば。
鎌倉に居る足利殿の子が、次代の足利家当主じゃからの。
そちらと争いになっても困る。
故に書いて送らねばならん。




