0206
Side:楠木正成
「えい! えい!」
「「「「「「「「「「おーーーーーーっ!!!」」」」」」」」」」
「えい! えい!」
「「「「「「「「「「おーーーーーーっ!!!」」」」」」」」」」
勝ったのはよいが、どうなったのか調べねばならん。
それに追撃もここで限界じゃ。
これ以上は追撃をする事が出来ぬ。
敵の捨てた鎧兜で足の踏み場も無いが、こればっかりは仕方ない。
こちらは鎧兜を着けておるので、そこまで追撃が出来ぬ。
色々と家臣に調べさせておるが、報告は無い。
まあ、すぐに報告が来る事も無いのだが、どうしても焦れてしまうわ。
足利殿が無理でも、他の有力な諸将ぐらいは……
「兄者、今のところは駄目じゃ。
向こうの有力な将の首は見つからぬ。
あの逃げの早さといい、相手は事前に逃げてよいと言うていたみたいだな。
それを考えると、有力な者はおそらく誰も……」
「やはりか。
敵を蹴散らせて喜んでおるようだが、肝心な事を理解しておらぬ。
有力な将が戻ってくれば、地元の者など簡単に寝返るというのにな。
いや、元々の主が帰ってきたようなものなのだ。
新しく誰かを派遣しても意味などあるまいに」
「兄者が言うておった、土地を持つ者こそが強いというヤツだな。
確かに土地を持っておる以上、帝が派遣した者達にも表でしか従わぬか。
各地の国司が殺されておるという話も聞く。
やはり多くの武士は帝の親政に反発しておるな」
「当然であろう。
そもそも大内裏の為に<二十分の一税>などという重税を課したんじゃぞ。
そんな重税に耐えられるはずもあるまい。
農民も商人も坊主も神官も武士と同じぞ。
己や家族が死するくらいならば、刀槍を持って攻め込むわ」
「なぜその事を理解されぬのであろうな?
民が皆、従順だとでも思っておるのであろうか。
そのような事などあり得ぬというのに。
皆が野伏になったらどうするつもりなのか聞いてみたいわ。
そのようなものを親政というのかとな」
ワシは左右を確認し、北畠卿のところの兵がおらぬ事を確認した。
告げ口などされても困るからのう、迂闊な事も言えぬ。
「七郎。気持ちは分かるが、それは仕舞っておけ。
聞かれると面倒にしかならん。
それよりも首を探そう。ワシも探す」
「分かった」
その後も探したが、結局名のある将の首は見つからなんだ。
やはり兵を倒しただけか。
それなりに削る事は出来たし、ワシらは勝利した。
されど……次の反撃は確実にやってくるであろう。
それが恐ろしい。
ワシは他の者達とは違い、気分の晴れないままに京の都に戻る。
早速とばかりに北畠卿が叡山に人を遣わしており、後醍醐帝は近日中に戻られるとのこと。
北畠卿は帝の護衛の為に出発するそうだが、ワシは遠慮した。
やらねばならぬ事があるし、死体の処理や捨てられた武具なども回収せねばならん。
民に奪われる訳にもいかぬし、一応はそれも銭になるでな。
北畠卿や新田のように、やりたい者がやればよい。
そう思って送り出した。
…
……
………
帝が京の都に戻られ、すぐにワシら諸将を集められた。
正直に申して面倒な言葉など聞きたくもないのだが、機嫌の良い帝の機嫌を悪くする理由も無いのでワシは黙って聞いておる。
「そなたらの御蔭で京の都に戻る事が出来た。
重ね重ね足利武蔵守の不忠は許せぬ。
新田よ、その方は追撃致し、必ずや足利武蔵守の首を獲るのだ」
「ハハッ!!」
「うむうむ。
裏切者は必ずや誅殺せねばならぬ。
朕の親政を壊そうとする者は、何者であろうと許されぬ。
皆もそのつもりで」
「「「「「「「「「「ハハッ!」」」」」」」」」」
その後は帝の下を辞したのだが、なぜかワシだけが残るように言われた。
よく分からんが控えの間で残り、再び呼ばれたので帝の前まで行く。
いったいワシに何の用じゃ?
ついでに北畠卿もおるな?
「楠木よ、他でもないそなただからこそ聞きたい。
朕の親政は市井において如何様に言われておる?」
「ハッ! あの二条河原に掛かれた落書。
あれは市井の民の偽らざる思いでございましょう。
中には間違うておる箇所も見受けられますが、それでも全体としては間違うてはおりませぬ。
特に<二十分の一税>。
あれに反発しておるのは民だけでなく、武士も坊主も神官もでございます」
「北畠卿の申す事と同じか。
しかしな、朕の親政ともなれば大内裏を再建し、帝ここにありと示さねばならぬ。
そうではないか?」
「帝の仰りたい事は尤もなれど、それでは公卿と公家以外の全ての者からそっぽを向かれまする。
それでは誰も京の都に税を納めようとしますまい。
そうなれば朝廷の名が地に落ちまする」
「左様な事が許されると思うてか?」
「帝、民は生きていけなくなれば、朝廷の申す事など聞きませぬ。
誰しも己の家族が飢えて死ぬ様など見とうないのです。
帝が為されておられる事は左様な事にございますぞ」
「なんと………
朕はそこまでせよと言うておらぬぞ」
「帝。<二十分の一税>とはそうなるのでございます。
そしてその怨みと憎しみは、必ずや帝に対して向きましょう。
いえ、既に向いております。
何故足利武蔵守につき従う者が多いのかを考えれば分かること」
「むぅ………足利武蔵守についておる者は、そこまで苦しんでおるからこそ味方しておると?」
「ハッ! そもそも足利武蔵守の扱いは酷いものでございます。
私も京の都に来て初めて知りました。
家の者にも会わせる事なく、帝の親政の為に扱き使うというのは褒められた事ではありませぬ。
人の道理に反しまする」
「しかしな。朕の親政の為には、足利武蔵守が必要であったのだ」
「帝、その結果が足利武蔵守の謀反でございますぞ。
帝が足利武蔵守を追い詰めたとも言えまする。
何故もっと公卿や公家をお使いになられぬのですか?
それならば親政の意味は分かりまするが、楠木も扱き使われておる様子」
「それは………しかしな、この者どもは働く事を良しとせぬのだ。
働かぬ者を役職につけても仕方あるまい」
「………」
北畠卿が呆れた顔で、この場の公卿や公家を見回しておる。
そして公卿や公家は顔を背けるばかり。
そして北畠卿は溜息を吐いた。
なんとなく、どうしてこうなったか理解したのであろう。
足利殿が京の都を離れたは当然だとも言えるからじゃが……
「足利武蔵守は謀反人ではありますが、真の謀反人とは言い辛いと思いまする。
正直に申して、和解できるならばするべきでございましょう」
「………楠木よ。
仮に足利武蔵守と和解するとしたらどうすればよい?」
「そうでございますな。
新田殿の首を差し出すのが一番かと思いまする。
そもそも新田殿は仕事も碌にせずに足利殿の邪魔ばかりしておりましたからな。
そのうえでの鎌倉への帰郷願いでございました。
しかしそれは叶わなかった為……」
「それは……」
「帝、それは駄目でございまする。
新田は足利を牽制する為に必要でございますれば、新田の首を差し出しては足利を止める者がおらなくなりまする」
「足利殿に武士が多く付き従い、新田殿には従っておりませぬ。
足利殿は西の方に落ち延びて行ったようですが、多くの武士の合力を得て、再び京の都にやってきますぞ?
それだけ武士に支持されておるのです」
「そのような事は関係ない。
頂点たる帝を脅かしかねぬ者など要らぬのだ!!」
やはり本音はそれか。
帝の下におる己らが甘い汁を吸えなくなるからであろうが。
北畠卿も冷めた顔で見ておるが、ワシも同じよ。
結局はこのような佞臣を側に置いておるから、帝の親政が上手くいかんのだ。
当たり前よな。




