0204
Side:楠木正成
「おおっ! 楠木よ、よくやってくれた!!
そなたの策が上手くいった御蔭で京の都を奪還する事ができたぞ!!」
北畠卿は大喜びのようだが、実際には京の都から追い出しただけに過ぎん。
まだまだ向こうの兵は十分に残っておるのだ。
こちらの方が削られたといってもまだ多いが、だからといって油断など出来ようはずも無し。
「北畠卿。
大喜びのところ申し訳ないのですがな、未だ敵は京の都の外にて機会を伺っております。
こちらは畿内から叩き出せたわけではありませぬ。
浮かれるのは畿内から出した後にしていただきたい」
「………ゴホン! そうであったな。
まずは足利めを畿内から叩き出してしまわねばならぬ。
こちらの方が兵が多いとはいえ、随分とやられてしまったのもある。
向こうを打ち倒す為には如何すればよい?」
いきなり素直に聞いてきたのう。
もしかしたら絶対に京の都を奪還せねばならぬという重圧があったか?
それ故にあのような態度だったのであれば、公卿の傲慢さと焦りの結果となるな。
若いからと思えば、分からぬではないか……
「それがしも足利殿に勝つ策を色々と考えましたがな、一つしか考えつきませなんだ」
「おお! 一つあるだけでも十分じゃ! して、それは?」
「騎馬突撃でございます。
相手の弓矢以上に素早く突撃し、一気に総攻めで打ち倒すのです。
それが最も最善であり、最も被害の少ない勝ち方でございましょう。
伝説の陰陽師である黒金殿を前にして、手を抜くは下策。
全力で突撃をせねば勝ち目はありませぬ」
「つまり、形振り構わず突撃せよと?
………まあ、あの幾らでも射ってくる矢に対抗する為には、突撃しかあるまいな。
一気に突撃して蹂躙する。
これしか勝ちの目が無いのは、よう分かるというものだ」
「それがしに!! それがしに先陣を!!!」
新田が出てきたが、気持ちはよう分かる。
己は重臣達まですり潰す結果となったのだ、これで功が無いなど納得がいくまい。
そもそも北畠卿のやり方が悪すぎた所為でこうなっておるのだし、大将として功を与えてやる場は与えねばならんぞ?
そう思っておったら、陸奥の老将と思しき風体の者が北畠卿に耳打ちを始めた。
二、三度頷くと、北畠卿は新田に向かって口を開く。
「そなたに先陣を任せてもよいが、先ほど楠木が申した通りに突撃できるのか?
此度は麿の軍も楠木の軍も突撃をする事になる。
貴様が錐の如く突撃して切り開かねばならんのだ。
功は大きなものとなるが、そこは地獄の如き場ぞ」
「足利が殺せるならば何でも構いませぬ。
ワシが、足利を、殺すのです!
それは誰にも譲れぬこと」
「相分かった。
ならば新田よ、そなたに先陣を任せる。
切り開けなければ名が地に落ちようぞ、その覚悟はするようにな」
「ハッ!」
………新田はこれで功を得るであろう。
向こうはこちらを削る策で来たのだ。
しかしそれには時間が掛かる。
こちらが狙うは短期決戦。
昼までも掛からずに決着はつくであろう。
問題は足利殿の首を獲れるかじゃが………無理であろうな。
ワシは未だに稀人がつくという事を甘う見てはおらぬ。
帝も北畠卿も分かっておらぬが、大きな事を成すまでは死なぬのだ。
古くからそうなのだからして、天意を読まねばならぬ。
天地人とも言うが、天の時、地の理、人の和。
これが揃った者こそが勝者なのだ。
しかし天の時は未だ訪れず、地の理は足利殿にあり、人の和も足利殿にある。
地の理とは地形や地理の事だと思われがちだが、ワシは統治者や統率者としての理だと思うておる。
つまり天意の定めた時に、統率者としての器を持つ者が、多くの人に支えられて立つ。
これこそが天地人の本当の意味であるとな。
そして、既に足利殿は天意の定めた時を待っておるだけなのだ。
そこを誰も理解しておらぬ。
そもそも足利殿は帝が必要とするほどの教養を持っており、多くの兵が足利殿に従っておる。
そして多くの武士から支持されておるのは足利殿なのだ。
帝は武士を蔑ろにし過ぎた。
ワシが言うたのにな。
多くの武士がそれぞれの土地を持って支配しておる。
それは差配しておると言い換えてもよい。
多くの武士がそっぽを向けば、京の都に税は入って来ぬようになる。
それをどうする気なのだ?
上から命令すれば、武士が従うとでも?
むしろ反発を受けるだけじゃろう。
そのうえ帝に従っても碌な恩賞が無い。
それでいったいどうやって武士が帝を支持すると言うのだ。
武士に支持されねば滅びるだけぞ。
公卿や公家の支持がどれだけあろうと、土地を支配して差配しておるのは武士なのだ。
公卿や公家に従わぬと、そっぽを向かれた時の事を何故考えぬのか理解に苦しむわ。
己の足元が崩れかかっておる事すら分からぬとは。
まあ、ここで考えても詮無き事か。
明日の総攻めの配置などが決まったので、ワシは兵達の下へと帰る。
京の都には屋敷もあるが、兵達と共におらねば将とは言えぬ。
北畠卿は北畠家の屋敷に行ったようじゃがな。
やはり将ではなく公家か。
さて、明日の事を皆に話して、早う休むか。
足利殿には悪いが、未だ天の時が来ておらぬ以上は勝たせてもらうぞ?
天の時が今ならば、負けるはワシの方じゃがな。
未だその兆しは無い。
なので明日は勝てるであろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side:足利尊氏
さて、京の都から出られたはよいが、これからどのようにして京の都を奪還するかな?
とりあえず削り続ければ勝てるであろうが、敵も全く対抗策を持たぬとは思わん。
向こうには楠木殿がおるのだ、必ず何かの策を持ち出すであろう。
果たしてそれが何なのかは分からぬが、しかしオレの予想を超えてくる事は間違いあるまい。
他の事が些事だと思えるほどに楠木殿の事を考えておるな。
それでも、あの御仁に勝たねばオレには先が無い。
確実に勝たねば。
「兄上、まだ休んではいなかったのですか?
既に黒金も桜もとっくに寝ていますよ」
「ああ、それは知っている。
とはいえ、相手は楠木殿だ。
オレの思いもよらぬ手を思いついて打ってくるであろう。
それが分からずとも、何をされても対処できるようにしておくべきではないかと思うてな」
「仮に楠木殿がそこまで凄い御仁なのであれば、こちらは考えるだけ無駄ですよ。
明日、戦場を見て判断するしかないでしょう。
それ以外にはどうする事も出来ません。
諦めて早く寝てください」
「諦めろとは………いや、そうだな。
大将が寝不足では話にならん。
さっさと寝るか」
「ええ、それが一番いいのですよ。
<明日は明日の風が吹く>と稀人が残された言葉にありますが、それが正しいと思います。
明日の風は明日になってみないと分かりませんからね」
「そうだな。
明日の風を今日読もうとする事が間違いか。
考えるならば明日だな。
それじゃあ、オレも寝るから仙太郎も寝るように。
オレに言っておいて自分は眠らんというのは無しだぞ」
「分かっていますよ。それでは」
「ああ」
仙太郎も自分の所へ戻ったようだし、オレも寝るか。
明日どのような風が吹くかは知らぬが、それは明日なんとか致そう。
駄目ならばさっさと逃げればよい。
諸将にも無駄に命を散らすなと命じてあるしな。
生きていればさえ、勝つまで戦えば済むだけよ。
必ずや最後には勝つのだ。
それさえ覚えておけば幾らでもやり直せる。
最後には勝って、父上の言葉を守ってみせようぞ。
その為にも早く眠らねばな。




