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Side:足利尊氏
我らは総崩れとなった敵軍を追いかけている。
何と言っても、逃げる尊良親王殿下を必死に守ってくれねば困るからな。
それを追いかけながら潰すのが目的なのだから、追いついてはいかんのだ。
言うなれば足が傷ついて使えぬ猪を追いかけるようなものよ。
足がやられて走る事もできぬ猪を追いながら、嬲っていると言えば分かりやすかろう。
猪相手に左様な事はせぬが、これが戦の相手となれば変わる。
我らはなるべく敵を倒さねばならぬし、足利家に敵対する事の恐怖を刷り込む意味でも正しい。
いちいち何度も襲ってくるのを撃退するのは鬱陶しいのでな。
これも手本は楠木殿だ。
楠木殿は罠で敵を壊滅させたりなどし、敵軍から嫌がられておったらしいからな。
敵は相手が楠木殿だと知るだけで、士気が大きく下がると聞く。
なるほど、戦は戦いが始まる前から始まっておるのだな。と痛感したものだ、あれには。
意図的に楠木殿は名を広げ、敵対する事そのものを嫌にさせる。
それが出来れば確かに戦に常勝できるようにもなろう。
<戦わずに敵の兵を屈するは、善の善なるものなり>だったか?
まさしく楠木殿がやろうとしておる事はそれだと思う。
罠で敵の心を挫くというのはオレには出来んが、こうやって戦での厳しさを見せる事で多少は変わろう。
そういえば楠木殿は聖徳の君を信奉しておると聞くし、やはり様々な事を知っておるのだ。
鎌倉にも多くの書はあったが、やはり畿内だけあって鎌倉には無い物があるのであろう。
それを考えると楠木殿とは敵対したくはないのだが………後醍醐帝は確実に楠木殿を押し立ててくるはずだ。
その時にどうなるかだな。
一度でも勝てるのであれば、その時に確実に息の根を止めねばならん。
怨みも憎しみも無く、オレにあるのは尊敬だけだが、それでも敵である以上は殺すしかない。
そうせねばオレが殺されてしまう。
戦わなくてよいならば、戦いたくないのだがな。
それでも敵味方に分かれてしまった以上は、お互いに殺し合うしかないのだ。
これも武士の負った宿命。致し方なく、是非も無し。
「追え追え追え追え追え追え追え追え追えーーーっ!!
敵は逃げるだけだ、追って大将首を取れば褒美は思いのままぞーーっ!!!」
「「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」」」」」」」」」」
武功が得られるとなれば躍起にもなるが、しかし敵も必死で逃げる。
これぐらいで丁度いい。
あからさまに手を抜く事など出来ぬし、かと言って尊良親王殿下の首を獲られても困る。
そのような事になれば、足利の名が地に落ちるわ。
さすがに皇族の方の首を獲るなどあってはならぬ。
足利の家を叛逆者の家にしてしまうからな。
既に護良親王殿下を手にかけておるが、あれは後醍醐帝の密勅の通りにしただけだ。
それにその密勅は今もオレが持っておる。
これだけは誰かに奪われる訳にはいかぬし、我が足利が叛逆の徒ではないという証になるものだ。
京の都に行って護良親王殿下の事を問われたら、オレは光厳院に密勅を出す。
これで足利家への疑いは晴れよう。
なぜわざわざ持ってきたかと言えば、新田が京の都で護良親王殿下をオレが殺したと吹聴しておる。
そういう報せがあったからに他ならぬ。
どこで聞きつけたか知らぬが、仙太郎が護良親王殿下を殺す命を下した事が洩れたらしい。
おそらく鎌倉には新田側に内通しておる者がおるはずだ。
細川三兄弟などに、そやつらを炙り出して始末しておけと言っておいたが、上手くやったであろうか?
裏切者は抹殺せよと言うておいたから、今頃は探しているはずだが……
見つからねば諦めるしかないな。
それよりも遂に味方の足が限界に達したらしい。
前の兵達は疲れ果てて土の上に座る者が続出しておる。
追撃はここまでにして、ここで一旦休息とするか。
「休息!! ここで一旦休息とする!!
疲れ果てても敵には追いつけぬ!
ここで休息だ!!」
「きゅうそーーーーく!!!
ここで休息じゃ! 休め!!」
ドサドサドサドサドサドサドサドサ……
皆も一斉に腰を下ろし始めたな。
流石に疲れで限界だったのであろう。
多くの敵を討ったからな、輜重には死体の武具を剥がして奪っておけと言っておかねば。
面倒で大変かもしれぬが、その分の報酬を渡せば働いてくれよう。
こんな事をしておるから妖怪が増えるのだと言われそうだが、攻めて来たのは向こうだと言うしかあるまい。
流石に向こうが攻めて来るのに、こちらが何もせぬなどあり得ぬ。
で、ある以上は反撃するのが当たり前だ。
おっと、オレも馬を下りて休むか。いい加減に疲れたしな。
黒金達が乗っておるのは黒馬だからして疲れにくいが、オレが乗っておるのは普通の馬だ。
早めに下りて馬を休ませてやらねばならん。
「それにしても、敵は必死に逃げたようだな。
まさかこちらの兵が疲れて地面に座っても、向こうは走って逃げておるとは。
負けた方が必死になるのは当たり前だが、その必死さが違うのであろう」
「僕達なら幾らでも追いかけられるけど、それをする意味も無いしね。
だから追いかけないけど、それでいいんでしょ?」
「ああ、そもそも殺し過ぎるのも良くない。
負けて殺されるのは仕方ないが、殲滅などしてみろ、怨みと憎しみが凄い事になる。
負けた側を追撃するのは普通の事だからな、流石にそれで怨みと憎しみを持つ者は多くない。
誰しもが必ずやる事だからな」
「まあ、勝った側が追撃するのは当たり前だからね。
しなければ逆に「なぜ追撃しないんだ」と言われるしさ」
「普通に考えれば、勝った側が追撃するって当たり前だものね。
それをしないって、ある意味で相手をバカにしてるわよ。
お前なんて追撃する価値も無いって言ってるようなものだし」
「そうだな。それをされれば怨みに思う者も出よう。
武士とはそんなものでもある」
追撃されれば怨み、追撃されなくても怨む。
武士とは真に面倒な生き物なり、と言ったところか。
武士であるオレでさえそう思うのだ、民などもっと面倒だと思うておろうよ。
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Side:脇屋義助
なんとか逃げられたか……。それにしても激しい追撃であった。
もちろん追撃をするのは当たり前だし、我らとて勝てば追撃するのだから文句など言えぬ。
負けた方が悪いとしか言えぬのだからな。
それはともかくとして……
「まったく、酷い目に遭ったでおじゃる!!
いったい何故このような事になったのじゃ!!」
「そうは言われましても、戦には勝ち負けがございまず。
必ず勝つ事などございませぬし、必ず負ける事もございませぬ。
此度は我らが間違えた所為でございます故、真に申し訳なく」
「そなたらが間違えねばこうもなっておるまい!!
親王殿下を危険に晒すとは何事じゃ!!」
なれば戦場に出て来ず、後方で適当に遊んでおればよいと思うのだがな。
親王殿下が功を欲して前に出て来ただけであろうに。
「申し訳ございませぬ。
此度のような危機がありますので、これからは後ろに控えて頂きたく。
伏してお願い申し上げまする」
公家ならば分かるであろう。
邪魔だから前に出て来るな。
お前達の所為でどれだけの兵が追撃で殺されたと思うておる。
おのれらが居なければ逃げられた兵達ぞ。
「ふん! その言葉、自分で尊良親王殿下に言われるが良かろう」
「ええ。お許しいただけるならば、是非。
その所為で多くの兵が逃がす為に亡くなりましたからなぁ」
怒りは顔に出さぬが、怒りの雰囲気は出すぞ。
自分もまた武士だ、舐められたら負けなのは変わらぬ。
「………敵が来ぬ間に早う逃げるのが先じゃ!」
それが捨て台詞か、公家はやはり公家だな。
それにしても本当に公家など役に立たぬわ。
おそらく鎌倉将軍府の新たな宮将軍にする為、尊良親王殿下を連れて行けと命じられたのであろうがな。
正直に申して邪魔にしかなっておらんぞ。
それに兄者の方はどうなったのだ?
向こうが勝っておればよいのだが……




