0019
Side:黒金
「あの、もし宜しければ私に「それは無理」陰陽術を……」
「申し訳無いんだけど、他の家の者に教える事は出来ないのよ。
賀茂家や安倍家は一族や家臣にしか教えない。
そういう決まりなの」
「そうですか……すみません」
「そもそも芦屋の一族から習えばいいじゃないの。
芦屋流があるでしょうに」
「一族の方は流行病で亡くなっちまってな。
大婆様と桔梗ちゃんしか残ってねえんだ。
後はオレ達みたいな、そこまで力の無いもんばっかだ」
「成る程。それで下っ端の奴らが下らない事を言ったのね。
賀茂家や安倍家の下っ端の連中からしたら、芦屋流は<目の上のたんこぶ>みたいなものだもの」
「たんこぶ?」
「たんこぶっていうのは強くぶつけると膨らんでくる怪我の事よ。
で、<目の上のたんこぶ>っていうのは非常に邪魔ってこと。
何たって芦屋流は多くの陰陽師を生み出したんだもの。
それだけ多くの者が芦屋流という事なのよ」
「賀茂流や安倍流は教える人を制限しているから主流にはなれないのよ。
とはいえ両流派の知識は陰陽寮に勤める者に必要な知識だから、式神と符術に特化した芦屋流とはちょっと違うの」
「暦とか時刻とか言ってたヤツ?」
「ええ、そこの知識が陰陽寮の者には絶対に必要なの。
陰陽師ならばいいのだけれど、陰陽寮に勤めるなら話が変わるのよ。
あそこはそれだけの知識が要求されるからね。
何より賀茂家も安倍家も公家だから」
「余計に他の者に教える訳にもいかないのよね。
晴海ちゃんが書にして残すって言ってたけど、あれも果たして何処までなのかは疑問があるわ。
多分だけど書にして残すのは式神と符術だと思うのよね」
「我が家と同じく口伝だったのに、書にして残すんですか?
たとえ式神と符術だけとはいえ思い切りましたね、安倍家の御当主も」
「ええ、色々と思うところがあったんでしょ。
それよりも、貴女はそこに居る者達から習いなさいな。
どうしても駄目なら基礎くらいは教えてあげるけど、それは十分に修行をしてからね」
「は、はい!」
「お嬢さんを見ていると、私はいいのかと思えてきますね」
「斯明殿は問題ないでしょう。
わ、私と祝言を挙げれば賀茂家と縁続きですし///」
「わたしとも祝言を挙げるから、安倍家とも繋がるけどね。
どこも芦屋道満の血は取り込みたいってところでしょうけども」
「あの、本当に御先祖様が同じなのですか?」
「どうやらそのようです。
私自身は知らなかったのですが、黒金の眼によると、私の祖先が芦屋道満なのは間違い無いようで」
「そうでもなければ、霊力が七十八なんていう高みにはないでしょう。
貴女も十分に高いから、芦屋の血筋は霊力に優れる血筋なのだと思うわ。
それも黒金が神様から賜った加護が無ければ分からなかったんだけど」
「そ、そうですか……。七十八……」
「ま、とりあえず私達は右京の見回りを始めるから、もうちょっと厳しい修行をしなさいね。
黒金の眼でそう見えたって事は、神様からそう言われてるという事よ」
「はい、分かりました。これから頑張ります!」
「それじゃ、行きましょうか」
僕は話が終わったので古兵を消し、再び一緒にウロウロを始めた。
それなりに色々と見回ったけど、今日はもう妖怪に会う事もなく終わり、斯明が言っていた川に行く事に。
その前に家に戻って、斯明が布を取ってきた。
「これも買っておかねばな」と言っていたので足りないのかな? 四枚あるけど。
おっと、出発だから家を出なきゃ。
都の外に出ると相変わらずの家が見える。
そんな中を進んで行くと、一つの家の前で立ち止まって茶色いのを見ていた。
あれが石鹸とかいう物かな?
「どれも一つ大銅貨五枚だよ。好きなのを買っておくれ」
「そういえば、大銅貨なの? 大銅銭なの? どっち?」
「そういえば宗之助は大銅銭と呼んでいたか。
いや、宗之助はその場その場で適当に言うておるだけか。
とにかく大銅貨でも大銅銭でもどっちでも構わん。
どっちも同じ物を指しておるし、通じるからな」
「なんだ、どっちでもいいんだね」
「まあ、誰も気にしないわねえ。
銭と言ったりお金と言ったり、銅銭と言ったり銅貨と言ったり。
でも貨幣を使ってるんだから銅貨でも問題ないのよねえ。
古い言い方が銅銭で、新しい言い方が銅貨だと思えばいいわ」
「成る程。で、宗之助は適当なんだ」
「あの子そういうところがあるのよねえ。
適当というか、これでいいじゃないって済ませるところ。
アレがなければ一つ上に上がれるんだけど、アレはもう性格で矯正不能なのよ。
だから左京出張所に行かされてるんだし」
そんなお喋りをしつつ石鹸を買っていき、近くの川に行く。
他にも色々な人が居て、皆が体を洗っていた。
何かの布を使ってるけど、アレで洗うのかな?
「そうだが、まずは私と黒金だな。
男はそこまで時間も掛からん。
さっさと終わらせて女性に代わらねば」
何だかよく分からないけど、服を脱いだら川の近くに行き、そこで布をまずは洗う。
水が冷たいけど頑張って手をつけて洗う。
その後で布に石鹸というのをゴシゴシ擦りつけるみたい。
なんかモコモコしたのが出てきたけど、これを泡っていうんだね。
それが結構出てきたらその布で体を擦るみたいだ。
何かお肉の匂いがする?
「石鹸は脂と灰と塩で出来ているそうだぞ。
作り方までは知らんが、脂は主に猪であろうな。
あいつらは妖怪であろうと蹴散らしたりするので凶暴なのだ。
しかも気付いたら増えすぎておるしな。
間引かねば大変な事になる」
「それって、お肉がいっぱい獲れるってこと? 美味しいお肉が増えるのはいいね」
「そんな単純な話ではないのだがな……。
あれらはせっかく育てた芋やら菜やら食らうらしいからの。
間引きをせねば畑が襲われる。
場合によっては刈り終わった稲まで襲うらしいのだ」
「そうなんだ。食べる物を食べられるのは駄目だね。
でも、お肉だから近くに来たら殺せばいいだけでしょ」
「まあ、そうなのだが、あれらはすばしっこいからなぁ。なかなか大変だぞ。
っと、黒金の背中を洗おうか。
背を洗うのは難しいからな」
そう言って斯明が背中を洗ってくれたので、僕も斯明の背中をゴシゴシした。
最後に川に入って体の石鹸を落とすんだけど、水が冷たくて大変だったよ。
その後は髪を洗うんだけど、これは目を瞑ってするので川に入りながらした。
ちゃんと石鹸を落とすとお肉の匂いはしないらしいので、頑張ってお肉の匂いがしなくなるまで洗い落とす。
その後は絞った布で体を何度も拭いたら終わり。
結構時間が掛かったなぁ……。
服を着終わった僕と斯明は、艶と葛葉に声を掛けて交代。
僕は<猛兵・剛射隼人>を三人出す。
そして二人を艶と葛葉につけて、残りの一人は僕の横に立たせた。
「古兵の方が良かったのではないのか?」
「猛兵は弓が使えるし、それに猛兵ってよく見ると小さな剣を持ってるんだ。ほら」
僕は斯明に猛兵が腰に着けている小さな剣を見せる。
斯明は近寄って見ると、これは剣じゃないと言う。
「黒金、これは剣ではなく鉈だ。
木の枝を切ったり、草を払ったりする物だな。
とはいえ猟師の中には鉈で猪を狩る剛の者も居るという。
確かに猛兵の名には相応しいな」
「そうなんだ。小さな剣だと思ってたけど、これ鉈っていうんだね。
剣じゃなかったなんて残念」
「いや、黒金。鉈は刃が分厚くてな、これはこれで強力だぞ?
切るのではなく断ち割るというのが正しかろうな」
どうやら鉈も強い武器みたいだ。良かったぁ。




