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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
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 Side:足利尊氏



 当初の予定通り、仙太郎と高が敵軍を削ってくれたようだ。

 そして敵は遠江(とおとうみ)を越えて進軍中とのこと。

 仙太郎と高からの文には、オレに竹之下に向かってほしいと書かれていた。


 どうやら仙太郎と高は箱根に向かい、そこで敵軍を討つとの事だ。

 相手は数が削られているにも関わらず、勝利の味に酔い痴れているらしい。

 実に新田らしいと言えばそれまでだが、目の前の事に騙されるとは………


 いや、オレも気を引き締めねばならんな。

 戦上手の楠木殿が出てくるかもしれんのだから、オレも騙されて敗れるかもしれん。

 そうなれば足利家が終わりかねんのだから、気を付けねば。


 黒金(くろかね)と桜を連れて出陣したオレは、一路竹之下へと進んで行く。

 敵軍がどこまで来ているのかは分からんが、意気揚々と進んでいるのだけは分かる。

 油断して隙も大きかろうからな、そこを叩き潰す。


 「まあ、二度も勝利しているなら、敵なんて大した事は無いって思い込むだろうね。

 それ自体が罠なんだけど、相手の中にも見抜いている人は居るんじゃないかな?」


 「おるであろうな。

 しかし新田がその進言を受け入れるかは別だ。

 そしてあの男の感じからして、受け入れるような度量はあるまい。

 むしろ目の前の勝利に目が行き、肝心な事を見落とす性格だと思うぞ」


 「私もそう思うわ。

 何というか、人の上に立っちゃいけないんじゃない?

 そういう人にしか思えないわね。

 幾ら何でも駄目すぎるでしょ。

 京の都でもそうだったけど、あまりにあまり過ぎない?」


 「まあ、言いたい事は分かる。

 僕達にでさえ聞こえてくるぐらいだもんね。

 それに雑訴決断所で書いている時にも、愚痴を言われる始末だしさ」


 「あったわねえ、そんなこと。

 まさか公家の愚痴に付き合わされるとは思わなかったけど、色々と言ってたわ。

 公家も大変ねえ、としか思わなかったけど、なぜか私に直衣(のうし)を着させようとするのよ」


 「仕方あるまい。

 公家や公卿からすれば、直衣(のうし)を着た桜は<源氏物語>の光源氏を思うのであろうよ」


 「光源氏って誰?

 そんな名前のヤツ聞いた事が無いんだけど」


 「<源氏物語>と言ったろう、そういう読み物があるのだ。

 そしてその中に登場する人物の一人に光源氏という者が居る。

 ちなみに名前は出て来ぬので不明であり、桐壺という帝の子とされておるな」


 「へー……」


 「光源氏の名は、源の姓を賜った光輝く美貌を持つ者とかいう意味だ。

 名前が出て来んので不明だが、とにかく美男子だという風に描かれておる。

 その割には禄でもないのだがな」


 「禄でもない?」


 「あくまでもオレからすれば、だがな。

 簡単に言うと、名も分かっていない母と帝の間に生まれたのが光源氏なのだが、亡き母に対する思いが強すぎたのだ。

 よって新たに父である帝が迎えた藤壺という女性に恋をするのだよ」


 「父親の妻に恋をしたってこと?」


 「そうだ。そのうえ藤壺との間に子を作ってしまう。

 この時点でオレからすれば、あり得んとなるのだがな。

 ただ昔から多くの者が素晴らしい物語だと褒め称えておるものだ。

 オレも素晴らしいとは思うが、内容が肌に合わん」


 「まあ、父親の妻に手を出すとか、絶対におかしいよね。

 そのうえ子供まで作るとか正気じゃないとしか思えない」


 「まあ、結果として因果応報を受けるのだがな。

 なぜなら妻とした女三宮は柏木という男と密通し、薫という名の子供を産むのだ。

 実に因果応報だと思う」


 「あらら、父親に対して行った事が、自分に返ってきたって事ね。

 ま、そうなっても仕方ないとは思うけど」


 「ああ。

 とはいえ柏木は死に、女三宮は出家して居なくなってしまう。

 そして光源氏は自分が父にやってしまった事を理解し、薫を自分の子として育てるのだよ。

 後半はその薫が主体に描かれておる」


 「ふーん、僕は読む気になれないかなぁ……

 なんか納得できなさそうだし」


 「そうだな。

 オレも初めて読んだ時には納得がいかなんだし、訳が分からず放り投げた。

 その後に一応は全てを読んだが、未だに合わんなと思う。

 流石に父の妻に手を出すのは無い」


 「だろうねー」


 言うなれば、オレが母に似た女に手を出すという事であろう?

 どう考えてもあり得んわ。

 子供の時に母を亡くしたらそうなるのか?

 今でもよく分からんし理解できん。

 それが分かる人も居るのであろうが、オレには全く欠片も分からんし理解しようとも思えぬ。


 だからこそ肌に合わんという事になるのだがな。

 あれならまだ<更級日記>や<吾妻鏡>を読んだ方がマシだ。

 そうとしか思えん。


 …

 ……

 ………


 下らぬ事を考えたり雑談などをしながら進み、オレ達は竹之下までやってきた。

 ここで陣を張って敵を待つのだが、早速とばかりに仙太郎達の所の者がきたようだ。


 「仙太郎様方は無事に箱根に布陣いたしましてございます。

 また、損害は百五十ほどと軽微であり、十分に戦をする事が可能と申されておられました」


 「そうか、どうなったかは分からなかったが良かった。

 オレ達はここで新田どもの軍を迎撃する。そう伝えておいてくれ」


 「ハハッ!」


 伝令が下がったので少し思案する。

 こちらから多少兵を向かわせた方が良いかと考えていたが、オレの予想以上に損害が少ない。

 もっと損害が出ていると思ったのだが、思ったほどではないな?


 理由が分からんが、もしかしたらオレが思っていたよりも敵は愚かなのかもしれん。

 新田が愚かであろうとも、他の者はそうではないと思っていたのだがな。

 新田と似たような連中しかおらぬのであろうか?


 だとすれば楽に勝てるのだが、それが外れた時が怖いからな。

 しっかりと敵は敵だと思うて戦う方がよい。

 相手を舐めて禄でもない目に遭うよりも、弱くて拍子抜けする方が余程マシだ。


 敵を舐めて負けるなど、古今東西からして最も愚かな事であろう。

 そんな情けない姿を晒すくらいならば、慎重な方が遥かに良い。

 戦とは斯様(かよう)なものであろう。


 武士とは勇ある者であり、退くは武士に(あら)ず。

 などと言う者もおるが、勇気と蛮勇は同じではない故にな。

 最後に勝てるならば、幾ら逃げても構わんのだ。


 どれだけ情けない姿を晒そうが、最後に勝った者が勝者となる。

 古き時の書を紐解けば、そのような事は幾らでも書いてあった。

 とどのつまり、戦の勝ち負けは、しょせんその程度と言えるのだ。


 最後に勝つ事と、小規模な戦に勝ったかどうかは繋がらぬ。

 最後の最後に勝ち残れば、その者が勝者なのだ。

 そしてその者が<吾妻鏡>などの書を残す。

 そうすれば、昔の事は分からなくなるのだからな。


 もちろん全て分からぬという訳ではないが、情けない部分などは隠してしまえる。

 ならば情けなく逃げ帰っても構わんであろう。

 オレはそう思っておる。


 (いさぎよ)く死ぬのが美徳な者は死ねばよい。

 しかしオレはそんな死に方などせぬ。

 泥水を(すす)ってでも生き延び、必ず最後の勝者となる。

 それこそが父上の(おっしゃ)られた、足利の家を残す事になるからだ。


 「うん? どうやら物見が帰ってきたようだね。

 とりあえず話を聞かなきゃいけないけど、どうなってるのかな?」


 「さてな? まずは聞いてからだろう」


 物見からの情報を聞く為にすぐに通したが、そこで聞かされた情報は(にわか)には信じられないものであった。


 「敵の本隊は仙太郎達の方に行った?

 あちらは確かに本道であるが、隘路(あいろ)で大軍は使えぬぞ?

 こちらは搦手(からめて)だが、道は平坦で大軍を使える。

 普通は本隊をこちらに持ってくるであろう?」


 「それがしもそう思うのでございますが、別動隊の七千がこちらに来ております……」


 なんでそうなる? 訳が分からん。


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