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Side:足利直義
矢作川の対岸から新田の軍が攻めて来た。
新田家の家紋を物見が確認しておるので間違いなくおる。
とはいえ、ここで新田の首を獲るわけにもいかん。
新田の首を獲るのは兄上でなくばならぬし、ここで私達が功をあげる訳にはいかんのだ。
川を渡ろうとする敵に矢を射かけ、石を投げさせる。
こちらから攻めぬのは敵の数を削る為だ。
そもそも戦をしたところで簡単に人は死なぬ。
兜で守りておるし、鎧も着ておる。
それにお互いに牽制に終始するもよくある事でしかない。
千対千で一日戦い、結果が五人から十人の死者という事もあるのだ。
そう簡単に人が死んだりなどせぬし、そう簡単に敵軍を殲滅など出来ぬ。
それが出来るのは黒金ぐらいだ。
猛兵が一射毎に敵を射殺すからな。
一日も戦えば、敵の被害は甚大なものとなる。
だからこそ我々は楠木殿が使っていた弓を導入し、矢も使っておるのだ。
こっそりと調べておったが、その結果かつて稀人が伝えた弓を使っておったのが分かった。
それに新しい矢もだ。
それによって多くの北条方の兵を倒しておったらしい。
この弓は形が少々違っており、さらには竹などを細かく組み合わせてあるからか張力が高い。
同じ太さの弓でも、今までの弓より遥かに力が要る。
とはいえ、それだけの弓なのだから当然威力が高い。
そして新式の鏃で敵の鎧を貫く事も出来る。
私も初めて試射を見た時には肝が冷えた。
兄上は「凄いな」と喜んでいたが、私と高三河権守は気が気ではなかったのだ。
よく楠木殿の陣営と戦わずに済んだと、安堵の息を吐いたものだ。
「撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃てーーーーっ!!
ひたすら矢を射れ!
少しでも敵を削るのだーーーっ!!」
「「「「「「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」」」」」」
「行け行け行け行け行け行け行け行け行け行けーーっ!!
東の者など何するものぞ!
関東の田舎者など潰してしまえーーーっ!!」
「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」」」」」」」」
どうやら畿内の者が向かってきておるようだな。
そも畿内に生まれただけで関東を田舎と罵るとは愚かな事をする。
元は京の都の方であった頼朝公はともかく、関東の者であった北条はどうなのだ?
長きに渡って北条の政を認めておったではないか。
その時に声を上げもせず、楠木殿や兄者が崩してから騒ぐとは。
あまりに愚かに過ぎよう。
不愉快ではあるが、あれも兄者の功には必要なものだ。
今は見逃してやるか。
どのみち黒金の猛兵に殺されるであろうしな。
「攻めろ攻めろ攻めろ攻めろ攻めろ攻めろーーーっ!!
坂東武者など何するものぞ!
しょせんは大した事のないマヌケどもよ!!
潰せーーーっ!!!」
「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」」」」」」」」
「随分とまあ、分かりやすい猪武者ですな。
愚かにも過ぎますが、そろそろ頃合いです。
さっさと退きましょう。
ある程度は削れましたからな」
「そうだな、撤退するぞ。
鏑矢を放て!
銅鑼を鳴らせ!
皆を出来得る限り逃がすのだ!!」
私は撤退の合図を命令し、味方の兵を退かせる。
今回は無茶な戦をしない事は通達してあり、味方の兵も逃げる事は分かっていた。
なので素早く撤退していく。
一部の殿が奮戦してくれた御蔭で、然したる被害も無く撤退できた。
私は遠くから新田の軍を見ているが、向こうは勝鬨を上げて喜んでおるようだ。
どうやら策の通りに上手くいっておるようだな。
それでは次の為に準備を致すか。
まだ兄上が出られるには早いからな。
次も私と高で負けねばならん。
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Side:脇屋義助
「ふふふふふふ、はははははははは!!
足利など、やはりこの程度よ!
しょせんは祖の功績で大きな顔をしておるだけで、大した強さも持っておらぬのだ!
ワシの敵ではないわ!
うははははははははは……!!!」
兄者がえらく喜んでおるが、自分は素直に喜べん。
なぜなら敵が退くのが早すぎるからだ。
まるで最初から相手は負けて退くつもりだったように見える。
なぜそのような事をと思うが、しかし本気で戦をした訳ではないような……
兄者に進言するかどうか迷うが、しかし考えていても始まらぬ。
ここは言うべき事をきっちりと言っておいた方が良かろう。
「兄者。機嫌が良いところすまぬが、何かがおかしい。
敵が退くのが早すぎるし、上手く逃げられて追撃も然して出来ておらぬ。
相手はワザと負けたように見せて退いたのではないか?
そんな気がしてならぬ」
「何を言うのだ義助! この勝ちに水を差す気か?
そうでないなら黙っておれ!!」
「すまん」
「ふん! 勝ったにも関わらず、それに水を差す者があるか!」
兄者はそう言って喜ぶ諸将達の下へと行ってしまった。
しかしな、変だとは思わんのか?
碌に戦う事もせず、弓矢を射ったり石を投げたりしてくるのみ。
そして敵が川を渡って多少戦えば退却。
明らかに動きとしておかしい。
なぜ敵と戦わぬと思わんのか?
「脇屋様。
戦場を調べましたところ、特に怪しい物はございませぬでした。
ただ……」
「ただ、如何した?」
「敵の死体がほぼ見つかりませぬ。
死んでいるのは皆こちら側の兵だけでございます。
奇妙であり、敵は意図的にこれを狙ったのではないかと。
まだ鎌倉までは遠く、ここからも進まねばなりませぬ。
つまり……」
「敵は鎌倉まで我らを削るつもりで出陣してきておる、か。
…………その事だがな、黙っておれ」
「は? な、なぜでございます!」
「兄者もそうだが、人の話に耳を貸さぬ。
下らぬ事を言った、水を差したと言って、そなたを切りかねん。
自分が諫言致しても水を差すなと言われるのだ。
そなたらでは何と言われるか分からぬ」
「………かしこまりました」
「すまぬな。
されど味方を手にかけるなどあってはならぬ。
左様な事になれば寄せ集めの我らは団結できなくなる。
そうなれば負けて撤退という事にしかならんのだ」
「はっ!」
本来ならば功と言っても差し支えないのだが、兄者や他の諸将があれではな。
簡単に勝ったので調子に乗っており、こちらの言い分など聞く耳も持たぬであろう。
………まさか、それも含めて敵の策か?
調子に乗らせ、最後には何かでひっくり返す。
あり得るかもしれんが、今はどうにもならぬ。
負け始めた時に進言せねば聞く耳は持つまい。
儘ならぬと思うが、それでも負けた際には兄者だけは逃がさねばな。
他の諸将がどうなろうが知った事ではないが、新田家を滅ぼすわけにはいかぬ。
勝った興奮も冷めやらぬ間に進軍を開始。
我らは意気揚々と東へと進んで行く。
嫌な予感がしてくるが、それでも進んで行くしかあるまい。
しかし足利家の方がそんなに弱いなどという事があるか?
どう考えても左様な事などなかろうよ。
諸将も誤解をしておるのか知らぬが、足利家は北条家の下で武勇を認められた家ぞ。
そして当主の又太郎様は六波羅を滅ぼした方なのだ。
そんなに弱いなどという事はあり得ぬとなぜ分からぬ。
それでも勝ちは勝ちなのだろう、中には歌い始めた武士も出た。
そして兵達もつられて歌い出す。
……駄目だ、まるで緊張感が無い。
今言っても余計に聞き入れられる事はあるまい。
それどころか愚か者として邪魔者扱いをされかねん。
このままではマズいが、出来る事が何も無い。
諦めるしかないのであろうか……




