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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
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 Side:楠木正成



 今日は十一月十八日じゃが、この日とんでもない事が起きた。

 なんと足利殿の名で新田を討つ事を請う書状が届いたのだ。

 しかし持ってきた者がハッキリせぬ。

 普通は足利家からの書状なのだから、足利家の者が持ってくるはずじゃ。

 しかしそうではなかったという。


 果たして本物か? という疑問しか湧いてこぬ。

 何故に足利家の者が文を運んでこぬのだ、どう考えても怪しかろう。

 それに何度も考えたが、足利殿に新田を討つ理由が無い。

 何故に左様な事をするのか訳がわからん。


 「して楠木よ。そなたは如何(いかが)思う」


 「それがしは怪しいとしか思えませぬ。

 そもそも足利家の者が持ってきた訳ではないという時点で、その文が足利殿からの文とは思えませぬ。

 我が家の書状であれば、必ず我が家の者が運びまする。

 それは確実に届ける為でございますと同時に、真偽の怪しい文ではないという証立ての為にございます」


 「しかし誰ぞに託すという事もあるのではないのか?

 文には左兵衛(かみ)の名が書いてあるぞ?」


 やたらに押してくるのう。

 やはりワシが思うた通り、あの噂も帝の側近が流したものであったか。

 そもそも足利殿に新田を討つ理由が無いという事が分かっておらぬと見える。


 「そもそもでございますが、足利殿に新田殿を討つ理由がございませぬ。

 新田家は足利家の庶家でございますれば、わざわざ帝に文を出す理由もありませぬ。

 討つ必要などなく叱れば良いだけ。

 足利殿にそもそも新田殿を討つ理由など見当たりませぬ」


 「ふむ……確かにそれはそうじゃな。

 楠木の申す通り、左兵衛(かみ)が左馬助を討つ理由は無いの」


 「帝。京の都でも噂されておりますが、足利左兵衛(かみ)は諸国に新田を討つ兵を催促する文を出しておると聞きまする。

 なれば討つ許しを帝に求めるは当然でございましょう」


 「ぬ? 左様な噂があるのか。……楠木は聞いた事が?」


 「はい、ございますが……真偽は怪しいと思うておりまする。

 それがしにはある程度の所から(しら)せが届くのでございますが、そのような話はどこからも聞こえてきませぬ。

 その噂は京の都の中にしかないのでございます。

 さすれば怪しいと言わざるを得ず……」


 「京の都の中だけという事は、誰ぞが流したという事か。

 左兵衛(かみ)と左馬助を争わせたい者がおるという事になるの」


 もしくは新田がそれを望んでおるかじゃが……そっちの可能性も捨てきれぬ。

 あの男、事ある毎に足利殿を悪し様に(ののし)っておると聞く。

 足利殿は無視したりしておったが、新田が突っかかっておるという形じゃ。

 怪しいのは新田の方よ。


 「しかし帝、このような文が来た以上は、許す事など出来ますまい。

 帝の出された帰洛の命にすら従わぬのです。

 足利を不忠の者として討たねばなりませぬ。

 そうせねば帝の御威光に従わぬ者が後を絶たぬようになりまするぞ」


 それ以前に帝に従わぬ公卿や公家はどうなんじゃろうの?

 おのれらは帝を軽んじても許されるのか? 意味が分からんわ。

 足利殿が京の都に帰って来ぬのはよう分かる。

 このような者どもの相手などしたくもあるまい。

 ワシとてしたくもないのだからな。


 「…………相分かった。

 確かにそなたらの申す通り、足利左兵衛(かみ)は朕の命にも従わぬ。

 これを放置しては今後の憂いにしかならぬであろう。

 左兵衛(かみ)の討伐命令を出す」


 そう帝が(おっしゃ)られた瞬間、公卿や公家どもの顔が醜く笑うたわ。

 こやつら新田と繋がっておるな?

 そして足利殿が気に入らんのであろう。

 だから新田を利用して足利殿を潰す事を考えた。

 本当に公卿や公家というのは碌な事をせんわ。


 ワシは関わりないからな、新田にやらせればよい。

 こんな下らぬ事に関わって堪るか。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 Side:足利尊氏



 京の都の様子を探らせておる者から、驚くべき事が伝えられた。

 帝がオレの討伐命令を出したらしい。

 いったいどういう事だ? 訳が分からん。

 なぜにそうなったのか理解に苦しむが、適当に寺に篭もって隠棲すると言えば問題あるまい。


 「いえ、兄上が当主なんですからそれでは駄目でしょう。

 それに兄上を討伐すると言っている以上、向こうが求めているのは兄上の首です。

 くれてやる訳にはいかないのですから、後で出陣して下さいよ」


 「それは分かったが、こういう時だけ仙太郎と(こう)は同じ事を言うのだな。

 普段は合わぬ癖に、こういう時だけは同じだ。

 まあ、そなたらの言う事は理解した。後で出陣しよう」


 という事で、話し合いの末に決まった通り、オレは浄光明寺に隠棲を兼ねて入る。

 が、それは目眩ましであり、オレは隠棲を望んだというのに引きずり出したという事にする為だ。

 当然だが、向こうが攻めてくる以上は容赦などせぬ。


 されど勝ち方というか、戦い方というものがある。

 仙太郎と(こう)はそれぞれ軍を率いて戦うが、奮戦するも負けてしまう。


 そう、最初から負ける事が決まっているのだ。

 そしてオレが出たら勝つという形にする為だ。

 なのでオレが出るまで黒金(くろかね)も出ない。


 仙太郎と(こう)の役目は可能な限り敵を削るというもので、後で出てくるオレが勝つ為のお膳立てという事になる。

 わざわざそんな事をする必要があるのかと思ったのだが、二人は必要だと言う。

 向こうに戦上手である楠木殿が居る以上、オレも戦上手だと思われる必要があるらしい。


 言いたい事は分からぬでもないが、俺は別に戦上手でもなんでもないのだがな。

 どこかでバレて名が落ちる事を考えれば、あんまりやらぬ方が良いと思うのだが……


 とはいえ楠木殿に対抗する為ともなれば、致し方がないと言うしかないな。

 あの楠木殿に少しでも対抗する為には、虚名といえども受け入れるしかあるまい。

 これで負けたら笑い話にしかならぬが、致し方があるまいな。


 …

 ……

 ………


 浄光明寺の者には悪いが、今は寺の一室に居る。

 それはともかく、敵の軍勢が分かったが相当に厳しいな。

 なぜだかは知らぬが、相当の人数をかけておるぞ。

 総勢までは不明だが、三方から攻め寄せてくるかもしれん。

 


 少なくとも尊良(たかよし)親王と新田が東海道、そして公卿の洞院左衛門(かみ)が東山道から攻めてきているようだ。

 それに加え陸奥将軍府の北畠卿も動かす気らしい。

 まさに全力でオレを殺しに来ているな。

 ここの入れ知恵は新田か?

 それともオレが気に入らぬ公卿か?


 特に洞院左衛門(かみ)は北条討伐の中心的人物の一人。

 しかもかなり過激な人物だからな。

 帝に讒言(ざんげん)したか、それとも確実にオレを殺す為に進言したであろう。


 それよりも驚きなのは、あの戦上手の楠木殿が入っておらぬ事だ。

 帝ならあの御仁を必ず使うと思ったのだが、新田が手柄欲しさに遠ざけたかな?

 それとも帝が手放したくなかったか。

 どちらでもよいが、楠木殿がおらぬならばどうにでも出来よう。


 そも向こうで厄介なのは、今のところ楠木殿だけだ。

 北畠卿に関してはよく分からぬので何とも言えん。

 特に陸奥は雪深く、オレは向こうの事を探らせてはおらんからな。

 失敗であったかもしれん。

 北畠卿が強敵であれば困った事になる。


 それでも黒金(くろかね)がおってくれる以上、勝ちは揺るがぬがな。

 しかし黒金(くろかね)に頼り切るわけにもいかん。

 考えをまとめておき、敵に打ち勝たねばならぬ。

 流石に首をくれてやる訳にはいかんからな。


 オレが出家でもして裏に回れば済むのであれば構わぬが、オレの首をとると言うのであれば話は別だ。

 武士が黙って首を差し出すなどという事は絶対に無い。

 抗って抗って抗い抜いてやろう。

 覚悟しておけよ新田、今度は貴様を叩き潰してやろうぞ。


 鎌倉打倒が己の功績だと思ったら、大間違いだ。


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