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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
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 Side:足利尊氏



 鎌倉に留まって早いもので二月ほど経った。

 今日この日、京の都より中院様が帝の命を持って鎌倉まで来られた。

 それはよいのだが、帰洛命令を持ってこられただけだとは……。

 一応正装に着替えて歓待する形で迎え入れたが、下らん。

 未だに帰ってこいとは。


 「それがしは幾度も帝に鎌倉へと帰していただきたいと願ってきました。

 そもそも家の者も鎌倉におりますし、それがしは鎌倉の者でございます。

 それに人が足りぬと(おっしゃ)られるのであれば、朝廷の方々がされると宜しかろうと存じまする。

 我ら武士など比べるのも烏滸(おこ)がましい程に御立派な方々ではございませぬか」


 「足利殿の申す事もよう分かる。

 さりとて麿は帝の命をそなたに宣するだけじゃ。

 文句があるのはよう分かるし、家の者と長きに渡って会えなんだのも分かる。

 しかしその文句は京の都に来て、帝に申し上げてくれとしか言えぬ。

 麿に言われても困るのだ」


 「しかし……」


 「兄上が京の都に行かれる必要は無いと思います。

 そもそもですが、帝がなされるのは親政でございましょう?

 で、あるならば、かつての平安の世のように朝廷の方々が働かれるのが筋ではございませぬか?

 何故(なにゆえ)、御親政と言いながら兄上にやらせるのでございましょう。

 明らかにおかしいではありませんか」


 「左馬頭よ、そなたの言いたき事もよう分かる。

 しかし先程も申した通り、麿は帝の命を宣じるだけじゃ。

 その事でしか遣わされておらぬのだ。

 そなたらと交渉する権限も無い。

 ただ行って来いと言われただけよ」


 「相変わらず朝廷の方々はそれですか。

 これでは帝の御親政と言いながら、都合よく武士を使っているだけでしかない。

 公卿や公家の方々は武士を見下す以外に、いったい何をやっておられるのやら。

 それに公家の方々は何もしておらぬのに随分と恩賞を貰っておったようで」


 「仙太郎。それを中院様に申しても仕方あるまい。

 帝が決められたのだ、受け取らぬと言えるわけも無し。

 とはいえ、武士の恩賞は削りに削っておるのですがな。

 それがしも雑訴決断所でやらされたので分かります。

 公卿や公家の方々は恨まれとうも憎まれとうもないのでしょう。

 そのような事は武士にやらせればよい、汚い事は全て武士に。

 これが公卿や公家の方々の本音なのは知っております」


 「………」


 黙ったか。

 それはそうよな、なぜなら公卿や公家こそが一番要らぬのだ。

 京の都で様々に見て来たのだ、最も要らぬのが公卿や公家だというのは分かり切っておる。

 少なくとも帝は矢面に立ち、落書も書かれておるしバカにもされておる。


 しかしこやつらはそれも無いのだ。

 帝の下で甘い蜜を貪り、面倒な事や嫌な事は武士に丸投げ。

 そして帝を盾にして己らは悪くないと言い張る。

 何もせぬ癖にな。


 もちろん雑訴決断所や記録所でも働いておる公家はおる。

 しかしそのような者は一握りでしかない。

 大半の公卿や公家は碌に働いてもおらぬのだ。

 オレ達がそれを知らぬとでも思うておるのか。


 その後は居心地が悪くなったのか、言うだけ言うて出て行ったが、京の都に帰ってある事ない事を騒ぐのであろう。

 下らぬとしか思えぬし、いい加減にせよとしか思わぬわ。

 己らこそが賢いというのであれば、己らこそが働けばよい。

 武士より賢く立派なのであろうが。

 


 散々武士を悪し様に罵っておいて、まさか武士より仕事が出来ぬわけではあるまい?

 あれだけ褒賞やら何やらを貰っておるのだ。

 己らでやればよい。


 …

 ……

 ………


 建武二年(1335年)十月十五日。

 この日、鎌倉若宮大路にあった旧将軍家の跡地に、我が足利家の御所は完成した。

 オレも入ったが新築の家というのは良いものだ。

 千寿王も喜んでおるし、母上方も赤橋も越前も喜んでおる。


 黒金(くろかね)と桜はキョロキョロと珍しそうに見ておるのが面白い。

 仙太郎は何度も来ておったからか、特に思う事は無いらしい。

 オレも何度か見に来ておったので、そこまでの感慨は無いが、新築の木の匂いは好きだ。

 これも暮らしていくと無くなるからな、今だけのものとして味わっておこう。


 早速それぞれが自らの部屋へと行ったが、オレも自らの部屋へ行って様々な用意をせねばな。

 紙とか筆とか鉛筆とか、己の使いやすい配置でないと使いにくいのだ。

 オレはそういう小さな所が気になってしまう性質なので、しっかりと配しておかねば。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 Side:足利直義



 どうやら京の都において、新田が帝に讒言(ざんげん)をしているらしいという(しら)せが届いた。

 あの男ならやりかねんというのと同時に、新田家は我が足利家から独立した。

 それは明確な事実だ。

 どうやらヤツは何としても足利家を滅ぼしたいらしい。


 流石にこれは看過できぬと兄上と話しておるが、兄上は新田が讒言(ざんげん)をしておるかは定かではないと言う。

 新田の事を信じているわけではない、そもそも帝に近づく事が出来るのか? という事だ。


 「そもそも護良(もりよし)親王を捕縛する際に新田に任せたのだが、それは帝も新田を不愉快に思われていたからだ。

 どういう事かと言うと、帝は新田が護良(もりよし)親王を(そそのか)しているのではと考えておられたからとなる」


 「つまり帝は新田を警戒しているというわけですか。

 しかし新田が我が足利家から独立したのは事実。

 その辺りは如何(いかが)するのです?」


 「独立そのものは咎める事でもなんでもないからな、難しいところだ。

 己だけの力でやっていくというのであれば、別に構うまい。

 ただし敵になったら潰すがな。

 独立するとはそういう事だ」


 「それは確かに……」


 ならば新田を潰すのはまだ無理か。

 あの男は一度鎌倉を打ち倒している。

 なればこそ、ある程度の求心力というか、共に立ち上がる者が出てきてしまう。

 それが今度は足利家に牙を剥く可能性を考えておかねばならない。

 父上の申されていた、足利の家を維持する為にもな。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 Side:楠木正成



 近頃、京の都では噂が流れておる。

 それは足利殿が新田殿を討つ為の兵を集めておるというものだ。

 しかしなぁ……そのような事はワシの耳に届いておらぬ。

 色々なところからワシの下に(しら)せは来るが、京の都以外で聞いた事が無いのだ。


 こうなると十中八九は誰ぞが流した噂であろうな。

 京の都でしか聞かぬという事は、誰が流したかは自ずと分かるというもの。

 それにしても、何故(なにゆえ)このような事をしたのであろうな?

 わざわざ無駄な事をしておるとしか思えぬが……。


 「兄者。やはり其処彼処(そこかしこ)で噂になっておるぞ。

 ワシとしては変だとしか思えぬのだがな?

 わざわざ足利が新田を討つ必要があるのか?

 足利の庶家であろう?」


 「そうなのだ。

 わざわざ己のところの庶家を討つのに、方々(ほうぼう)に参集命令を出す必要がどこにある?

 と考えれば噂の出所は簡単に分かろう。

 しかし問題はそこではなく、なぜこのような噂を流したかだ。

 流されたところで、武士の内輪の揉め事にしかならぬ」


 「わざわざ流したところで、勝手にしろという風にしかならぬしな?

 噂として流す意味が無いか。

 それに新田を討つ必要がどこにも無い。

 しかも足利がわざわざ参集命令までして戦をせねばならん相手でも無し」


 「うむ。やはり噂を流した意味が分からん。

 いったい何の為にこのような噂を流したのだ?

 皆目見当もつかぬ」


 仮に帝に対しての上奏の為と考えても、市井(しせい)の噂だけで命を下したりなどされまい。

 幾ら考えても、理由が分からん。

 それに………噂の出所は新田であろうと思うたが、もしかしたら違うのかもしれん。

 公卿や公家である可能性も考えておかねばならんな。


 新田が讒言(ざんげん)できずとも、公卿や公家であれば讒言(ざんげん)は出来る。

 足利殿が気に入らんという者もおろう、尽くしてきたワシに対してもアレであったからな。


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