0177
Side:足利尊氏
大納言である西園寺公宗様が後醍醐帝の暗殺を企て、そして誅殺された。
俺も最初は知らなかったのだが、実は大納言西園寺様は北条家との関りが深かったらしい。
さらには前執権の弟である、北条左近将監泰家を匿っていたそうだ。
そこまでしたならば誅殺されても仕方があるまい。
まあ、そもそも帝の暗殺を企んだ時点で誅殺となるのは当たり前だがな。
それにしても、ここでも北条か。本当にしつこいと思うわ。
いったいどこまでオレに付きまとう気だ? さっさと滅べ。
その北条左近将監だが、どうも逃げたらしく、その後どこに行ったか分かっておらぬらしい。
おそらく碌な事をすまいし、各地に蜂起を促すのであろう。
前執権の弟であるからして、名だけは十分だ。
動く者も出てこよう。面倒だがな。
これで帝がしっかりし、徳と共に良き政をしてくれればいいのだが……。あの帝に期待するだけ無駄か。
黒金も言っていた、平安の頃の帝も碌な事をせなんだとな。
どうしてこう、世を荒らそうとされるのか。
帝ご自身は世を鎮定されようとしておるのかもしれぬが、悉く全てが裏目に出ておる。
なにより大内裏の再建など、政には何の関わりもあるまい。
完全に己のやりたい事をやっておるに過ぎん。
そんな無駄な銭は無いというのに、まったく……。
いつかひっくり返さねばならぬが、大納言西園寺様までもが暗殺を企てたとすると、オレが立ち上がる日もそう遠くはあるまい。
何故なら公家が暗殺を企てるまでになっておるのだからな。
相当の事だという自覚は………あの帝にはなかろうよ。
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Side:諏訪頼重
「亀寿丸様。ようやく時が来ましてございます。
あのにっくき足利めを滅ぼし、鎌倉を奪還する準備がようやく整いました。
滋野氏や仁科氏も呼応とするとの由にございますれば、我ら全力で事に及びまする」
「うむ、たのんだぞ」
「ははっ!」
足利め。たかが御家人の分際で随分と目を掛けてもらいながら、得宗家を裏切るとは!
父の菩提を弔えなかっただと? 貴様の父など素性の怪しき者でしかなかろうが。
実際に「義」の字を銭で買うた程度の分際で、何様のつもりだ! 恥を知れ!
やはり御家人などという者どもは碌な者ではない。
我ら御内人こそが正しく世を導かねばならんのだ!
まずは愚かな足利の弟を血祭りにあげてやり、そのそっ首を兄である当主に送り付けてやろう。
そうすれば足利など恐るるに足らずという事が分かろうぞ。
武士は弱き者になどついて行かぬ。
当たり前だ、弱き者について行っては滅ぶだけ。そのような者に誰がついて行くというのだ。
そして北条家は未だに滅んでなどおらぬ。必ずや我ら御内人の手で再興してくれる。
その折には……ふふふふふふ。
…
……
………
今日は建武二年の七月十四日。
この晴れやかな日に我らは出陣する。
僅か五歳の亀寿丸様を連れて行かねばならぬのは大変だが、輿に乗っておられる故に大丈夫であろう。
総大将が亀寿丸様である以上、総大将がおらぬでは話にならぬ。
それでは足利などという驕った田分けの息の根を止めに行くか。
滋野氏も仁科氏も続くのだ、我らの前途は明るい。
それに足利など裏切者の家。そのような者など滅ぼしてしまわねばならぬ。
生きておる事を許してはならんのだ!
と息巻いてもおれぬ。
まずは我らが信濃の国は府中に進撃し、国衙を潰さんとな。
それをする事によって、信濃の国の多くの者は馳せ参じるであろう。
元々信濃の国は北条家の領地。ここには親北条家の家は多いゆえ、必ずや立ち上がる。
皆、愚かな帝にはついていけまいからな。
国衙におる清原なにがしなどという者は要らぬのだ。
帝が遣わしたか何だか知らぬが、元々は北条家が任命した守護が国を治めておったのだぞ。
勝手に来た者など叩き潰してしまえばよい。
我らが進撃し始めると、慌てたようにやってきた者がおる。
まさか我らの決起が露見しておったのか?
「はぁ! はぁ! はぁ! 私は物見を命じられた者にございます。
実は青沼において合戦があったらしく、慌ててお報せせねばと思い参りました。
四宮様や保科様が守護側の市河氏と合戦、敗北して逃走したものの追撃を受けているそうでございます」
「ほう! となると我らが国衙に向かうとは誰も思うておるまい。
ならば彼奴らを囮として、こちらは落としに参るぞ!
皆の者、気合を入れよ!」
「「「「「「「「「「おうっ!!」」」」」」」」」」
これから攻めに行くという時に、ちょうどよい報せが来るものよ。
天の配剤とは斯様な事を言うのであろうな。
よき流れである以上は、この流れに乗りて敵を討つが上策。
一気に決めてしまうべきじゃな。
府中に着いた我らは早速とばかりに国衙を焼き討ちにする。
そもそも京の都の者どもに何が分かるというのだ。
我ら信濃はあまり裕福な国とは言えぬ。
だからこそ大変であるのだし、だからこそ北条家に目を掛けてもらう必要があったのだ。
にも関わらず、何も知らぬ愚か者が!
信濃の国の本当の姿も知らぬ者が、勝手に信濃の事を決めるでないわ!
我らの事は我らで決める! 裕福な京の都の田分けどもに決められて堪るか!
手始めに国司を討ち取って首を晒してくれようぞ!!
結果としては大した抵抗もなく、国司の清原なにがしは自害しておった。
我らはその首を掻き切り晒す事で、国司に従う必要は無いと示す。
北条家の置いた守護こそが正しいのであって、国司など要らぬのだ。
何故に守護と国司が一緒におるのか分からん。
このように国司などさっさと始末しておけば良かったのだ。
それをせなんだからこそ、無駄に重税として奪われる結果となってしまった。
重ね重ね、もっと早うに決起しておれば良かったと思うわ。
奪われた税がもったいない。
「諏訪殿、上手くいったな。
これからの事を考えると胸が躍るようじゃが、まずは確実に足場を固めていかねばならんぞ。
我らは北条家の再興を願って集まったのだ、少しずつ足場を固めながら進撃するのがよい」
「うむ。鎌倉は要害であり、地の利がある方が有利だ。
敵は多くの数を用いて落としたと聞く。
守る側が有利となれば、そう簡単な事ではあるまい。
我らも多くの兵を集めねば鎌倉を落とす事は叶わぬ」
「それは分かっておる。
ワシとてここと同じように鎌倉を取り戻せるとは思うておらん。
だからこそ、まずは分かりやすく国衙を落としてみせたのだしのう。
まだまだこれからよ。ワシらの戦はまだ始まったばかり。
ここで喜んで油断するわけにはいかぬ」
「うむ。ここの国司は碌な抵抗もできなんだ。
流石にこの程度ではあるまい。
これからは大変になる故に、しっかり兵達を休ませねばな。
それでも早く行動もせねばならんが」
「兵達が休んでおっても、我らは休めぬ。文を書きて兵を募らねば。
北条家再興の為ならば馳せ参じてくれよう。
国司を討った事も喧伝せねばならぬ」
「では、各々でやるべき事をやろうぞ」
「「おおっ!」」
ワシも文をたくさん書かねばな。
北条亀寿丸様がおられ、そして国司を討ったのだ。反足利の者も喜んで決起するであろう。
あのような裏切者を許してはならぬ。
武士の風上にも置けぬ者どもめ、本物の武士たるワシが北条家の為に滅ぼしてくれようぞ!
待っておれよ。足利のそっ首を晒し、天下万民に裏切りの非道を説いてくれる。
それで足利の名は地の底まで落ちよう。いや、落としてくれる。
ふははははははは! その時こそ裏切り者の終わりよ。
そして我ら御内人の正しさに皆が気づくであろう!
国衙=国司が地方政務を執った役所が置かれていた区画のこと。
その国衙の中枢を国庁と言い、国衙を含む都市部全体を国府という。




