0174
Side:足利尊氏
「くっ! 放せ!!
何故我がこのような目に遭わねばならのだ!!
新田!! 早う縄を解け!!!」
目の前に護良親王が捕らえられてきた。
騒ぐのは構わんし、好きなだけすればよいとしか思わぬが、新田兄弟の表情が対照的だな。
新田は苦虫を嚙み潰した顔をしておるし、弟の脇屋はオレを恐れるように見ておる。
実に分かりやすい兄弟だ。
新田の方は愚かなので放っておくとして、弟の方は新田家が置かれておる状況が理解できておると見える。
そもそも我が足利家は主家なのだ。それを裏切りておるのだから当たり前だがな。
しかしオレも舐められたものよ、勝手をしているのを放っておいておると本気で思うておるのか?
既に様々なところに新田の愚かさは喧伝しておる、我が足利を不利にせぬ為には当たり前の事よ。
もはや新田は主家を裏切った家と思われておる。オレを恐れていようが、既に遅いのだ。
もっと早う弁明し、兄である新田から離れておれば良かったのだがな。手遅れだ。
「護良親王殿下。帝の勅命により此度は捕縛させていただきました。
これがその勅でございます。御覧になれば、真に帝が下されたものだと分かるでしょう。
内裏にそれがしをお呼びになられて直に命じられましたからな」
「そ、そのような事があるものか!! あるわけが無い! 我は親王ぞ!!」
「親王位にあられようと、帝の邪魔をされるのであれば捕縛されるは当然。
いつから親王位は帝より上になったので? 帝が頂点に決まっておりましょう。
いったい何を勘違いされておられるのか、それがしには分かりませぬな」
「うっ、ぐっ! おのれ足利ぁ!!
貴様が帝に讒言いたしたのであろうが!!
絶対に許さんぞ!!」
「はぁ……新田も護良親王殿下も言われる事は同じですな。仲が宜しいようで。
新田よ、内裏に護良親王殿下をお連れ致せ。
オレが讒言を致したと思われておるみたいだからな。
帝から突きつけていただけ。お前もな」
「………はっ」
そう言って新田は護良親王殿下を連れて内裏へと行った。
弟の方は本気でマズいと思ったらしいが、それでも甘いわ。
既に手遅れだと理解もできんとは、随分と甘い兄弟だな。
それとも庶家ともなれば危機感が薄いのか?
まあ、どうでもよいか。
それよりも仕事を進めねばならん。忙しすぎて面倒極まりないわ。
たまに黒金が手伝ってくれるのだが、その御蔭で助かっておる。
あくまでも黒金がしてもいい部分だけだがな。
それでも黒金は字が綺麗なので助かるのだ。
桜は字がアレ過ぎるので、大抵は黒金の横で練習しておるだけだが……。
おっと、物思いに耽っておる場合ではない。仕事を進めねば。
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Side:脇屋義助
足利様は淡々とされておられたが、あの淡々とされておったのが怖い。
既に新田家は見限られたのではあるまいか。そんな気がしてきてならんのだ。
そもそも兄者は何故親王殿下と共に、あのような下らぬ事をしていたのか。
自分が諫めても聞く耳を持たなんだし、やっと持ったのも親王殿下が捕縛なされるからだ。
まるで足利様を追い落とすのに使えなくなったから聞く耳を持った。そんな感じでしかない。
兄者は確かにそこまで頭が良いわけではないが、愚かではなかったはず。
なぜこのような事になっておるのか分からぬが、本気で足利家を超えられると思うておるのか?
足利家に連なる家が、いったいどれだけあると思うておるのだ。
裏切れば、それら全ての家が敵に回るわ。さらに言えば、新田家に従っておる家すら離れかねん。
確かに兄者が言う通り、鎌倉の北条家を滅ぼしたは新田家なのだ。
その新田家の扱いが悪いのは納得がいかぬ。その気持ちはよう分かる。
しかし鎌倉攻めに兵が集まったのは、足利家の千寿王様の御蔭だ。
新田家の名では、あれほどの兵など集まらぬ。
さらに言えば自分もそうだが、兄者とて評価されて功に見合った褒美を頂いておる。自分には駿河守の官職もあった。
それに足利様は兄者を武者所の頭人に推薦して下さっておる。
そこまでして頂いて、まだ足りぬと言うのか? 流石にそれはおかしかろうよ。
おっと、帝の御前だ。考え事をしている場合ではない。
「帝! 何故我はこのような辱めを受けねばならぬのですか!
足利などという愚か者の讒言でこのような事になったのであれば、今すぐ御考え直しを!!」
護良親王殿下が帝に必死に訴えておられるが、帝はまるで醜いものを見るかのような御顔をされておられる。
不愉快極まりない。それがハッキリと分かるほどだとは……。
足利様はこれを親王殿下と兄者に突きつけたかったわけか。
「そなたが何を考えようと如何様でもよい。
朕は足利左兵衛督に命じ、そなたを捕縛させた。これが全てじゃ。
そして朕は讒言など受けておらぬ。
碌に武者所の仕事もせず、来る日も来る日も左兵衛督の邪魔をするばかり。いい加減にせよ」
「そのようなこと! 彼の者が勝手に言っておるだけでしょう!!
それが讒言でなくば、いったい何なのです!!」
「言うておるのは公卿や公家じゃ。
左兵衛督は雑訴決断所を辞したいと言うておるだけよ。
しかし雑訴決断所は左兵衛督が居らねば回らぬほどに忙しい。
左兵衛督はの、己らのように下らぬ謀をするほど暇ではないのじゃ。
のう、新田?」
「………」
兄者が平伏したまま頭をさらに下げたので、自分も深く頭を下げる。
遅れたものの、帝が兄者に対し親王殿下へと向けている顔と同じ顔を向けられていたのが分かった。
既にここまで兄者は疎まれておったのだ。
それを知らずに愚かな事をしておったという事か。
「そなたの身柄は左兵衛督に預ける。どこかに幽閉という形になるじゃろうが、諦めろ。
しっかりと仕事をしておれば許せたが、碌に仕事もせぬでは話にならぬ。
帝を支える事もせぬ親王など要らぬわ。いったい何様のつもりじゃ」
「そ、そんな………」
護良親王殿下は愕然とされたようだが、当たり前であろう。
足利様も申されていたが、帝が頂点なのだ。
にも関わらず、何故好き勝手に振る舞って許されると思うのであろう? 理解が出来ん。
むしろ親王殿下は帝を御支えせねばならぬ立場。
それが兄者と2人で足利様の足を引っ張る事ばかりしておる。
そうなれば罰を受けるは当たり前だ。
しかも前々から疎まれておるのだから、尚のこと当たり前だとしか思わん。
兄者もそうだが、何故それが理解できんのだ。
そんな簡単な事すら、嫉妬に狂うと理解できんのか?
自分は弟だから最後まで兄者を支えるが、それにしても先々が不安になるわ。
今回の事で少しでも冷静になってくれればよいのだが……。
帝の下を辞した我らは、雑訴決断所の足利様の下へと戻る。
相変わらず淡々とされておられるが、護良親王殿下は鎌倉にて幽閉と決まった。
足利左馬頭様の下へと送られるらしい。
兄者はどうなるかと思うたが、とりあえずは武者所の頭人を続けられるようだ。
やれやれ、本当に良かった。
護良親王殿下の身柄をお渡しして足利様の前を辞した我らは武者所へと戻る。
兄者は一言も発さぬが、今回の事で落ち着いてくれると助かるのだがな。
これ以上は新田家が危ない。




