0173
Side:楠木正成
今日は十月二十日。この日、ワシは紀伊の国へ部下を派遣する事になった。
理由は北条の残党の鎮圧じゃ。
まだまだ北条の残党が燻っておるようじゃが、これに関しては仕方ない。
なんといっても帝の親政が上手くいっておらんのだ。
その所為で残党に大義名分を与える羽目になっておる。
つまりはワシらが私利私欲で世を壊したという大義名分をな。
これで帝の親政が上手くいっておればよいのだが、欠片も上手くいっておらぬ。
それどころか世に混乱を齎すばかり。
ワシも紀伊の国に行けと言われた時には、離れられて良かったと思うたくらいじゃ。
しかし部下を派遣して残れと言われた時にはガッカリしたわ。
足利殿には悪いが、ワシもちょっと息抜きがしたかったのだがのう。
まさかここまで世が悪くなるとは思うてもおらんなんだ。
少なくとも後醍醐帝は政をしてはならぬ方であると思う。
間違いなく世が乱れておるのは帝の所為だ。
帝に従っており、帝が信を置かれておられる万里小路様ですら諫言をされたくらいじゃ。
まったく聞き入れられなかった為、万里小路様は出家なされる始末。
まあ、出家して逃げたという方が正しかろうがな。
気持ちは痛いほど分かる。
ワシも逃げられるなら逃げたい。
とはいえ逃げられるはずも無し。大人しく帝を支えるしかないか。
ただのう………何れは確実に噴出するぞ? それを鎮圧は難しいと思うのだが。
それでは北条と変わらんしな。
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Side:足利尊氏
流石にそろそろ動かねばならぬかと思うておったら、帝からのお呼びであった。
何かは知らぬが面倒でなければいいのだが。
だいたいオレは雑訴決断所の仕事で忙しいというのに、下らぬ事で呼んだのではなかろうな。
大人しく仕事をしろと言いたいのはオレだけではあるまい。
「足利左兵衛督尊氏。
お呼びにより罷り越しましてございます」
「うむ、左兵衛督よう来た。近う寄れ」
「ははっ!」
いったいなんだ? 男色の相手など御免だぞ。
「そなたには勅を出す。
我が子である護良を捕縛せよ。あれの勝手は目に余る。
新田とかいう者と愚かな謀を企てておるとも聞くし、武者所の仕事も碌にしておらぬと聞く。
そなたが推した新田とかいう者もそうであるがな」
「申し訳ございませぬ。
あの者は鎌倉攻めを行った者でございまする。
故にそれがしも報いてやらねばと思うたのですが……」
「まあ、そうであろうな。
朕が耳にする言葉でも、あまりに忠義が無いのが分かるほどじゃ。
それはよい。それよりも勅を疾く遂行せよ」
「ははっ!」
まさか護良親王を捕縛せよという話であったとはな。
邪魔に思っておったから都合がよいが、これで大手を振って叩き出す事が出来るわ。
親王だから己は安泰だと思うておったのであろうが、帝の命には逆らえまい。
オレが何かを申さずとも、こうなる事は分かり切っておった。
何故なら、何度かオレは鎌倉に帰らせてもらうという事を伝えておるからだ。
もちろん誰とは言わぬが迷惑な者がおる所為だとも言ってある。
実際、仕事の邪魔をされておるのは事実なのだ。
決断所の公家でさえ知っておるのだからな。
オレが何度も護良親王に呼び出される所為で仕事が進まぬ事を。
そもそもその所為で公家の仕事も遅れ、公卿の方々から怒られるのだ。
しかし早くしたくても実務の一部はオレがしておる。
何故なら武士を動かさねばならん事もあるからな。
そこは公家では出来ぬ事で、だからこそ護良親王はオレの邪魔ばかりしてくるのだ。
そしてその所為で公卿の訴えも止まる始末。
おそらくは公卿から帝に苦言があったのであろう。
その結果、邪魔ばかりしておる親王を排除する事に決められたわけだ。当然だかな。
そしてオレはそうなるまで辛抱強く待った。
オレが何かを言ってみろ、すぐに讒言だと喚かれるに決まっておる。
だからこそ身を引く形で言い、しかも我慢して待ったのだ。
この形ならば、我が足利家が悪く言われる理由が無いからな。
決断所に戻ったオレは、早速とばかりに新田を呼び出した。
いちいち突っかかってきて鬱陶しいが、それゆえに貴様の力を捥いでやろう。
少しの間、仕事をしながら待っていると、不承不承という表情でやってきた。
こいつは顔色を隠すという事すら出来んのか。
まさかこの程度の者だとは思わんかったわ。
愚か者ではないと思うたのだがな。
「新田左馬助義貞。
お呼びと聞き参りましたが、何用でございましょう?」
「仕事だ。
今から武者所に戻って護良親王殿下を捕縛してまいれ」
「………そのような事が出来るとでも?
今すぐ左兵衛督様を捕縛せねばなりませぬな?」
「何を愚かな事を考えておるのか知らぬが、帝の勅命である。
従わねば今すぐ貴様をここで殺す。
勅命に従うか死ぬか、好きな方を選べ」
「……………勅、拝命いたしましてございます」
「なら、さっさと行け。
お前が護良親王殿下とやっていた事は、帝も愚かな事として御存知であったぞ。
よかったな、帝の覚えが目出度くなって」
「くっ! 失礼する!!」
ドスドスドスドスドスドスドス!!
床を踏み鳴らして出て行く奴があるか。
それに、まさか本気でバレていないと思っていたのか? それはあまりに愚かに過ぎるぞ。
もはや呆れて言葉も出んな。
あやつの家は足利の庶家から外した方が良かろう。
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Side:新田義貞
おのれぇぇぇぇぇ!!
足利め、帝の勅命だと!? これでは逆らう事も無視する事もできぬ!!
くそっ! せっかくヤツへの嫌がらせと共に、仕事の遅延で足利の名を下げる事が出来ておったというのに!
帝が何故親王殿下を捕縛せよなどと仰るのだ。
「兄者?」
まさか、足利が帝に讒言を致したのではあるまいか?
そうか、それならば分かる! 今すぐに帝の下に赴いて、誤解を解かねば!
「兄者、いったい如何いたしたのだ?」
「弟よ。ワシは今すぐ帝の下へと行かねばならん。
足利めが帝に讒言致したに違いないのだ。
早う言って誤解を解かねばならぬ」
「兄者、落ち受け。
まずは何があったのか話してくれ」
いちいち止めてくる弟に仕方なく教えると、弟は溜息を吐いてワシにこう答えた。
「兄者。足利様が左様な讒言など為されるはずが無かろう。
むしろ足利様はさっさと鎌倉へと帰ると言うておられるし、その事は公卿や公家の方々も御存知じゃ。
そして、そんな足利様を護良親王殿下と兄者が邪魔しておるのも知られておる」
な、なんだと!? 何故ワシまで言われねばならんのだ!
動いておるのは護良親王殿下でワシではないのだぞ!!
「兄者。あれだけ頻繁に護良親王殿下の所に行っておれば、同じ穴の貉と思われるに決まっておろう。
この命に従わねば新田家が終わりかねん。
ここは素早く兵を集めて護良親王殿下を捕縛するしかない」
「しかしな、帝は騙されておら「そのような事は無い」れるのでは……」
「兄者。そもそも護良親王殿下は、前々から帝に疎まれておるのだ。
もしかして左様な事も知らなんだのか?」
「……………行くぞ。護良親王殿下を捕縛する」
「ああ。失敗して逃げられるわけにはいかんからな。
素早く長官のところへ行こう」
チッ! まさか帝から疎まれておったとは……。
もっと早うに義助が教えてくれておれば良かったものを。
使えぬヤツめ。




