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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
172/200

0172




 Side:楠木正成


 ◇◆◇◆


 鎧直垂猶不捨(すてず) 弓モ引ヱヌ犬追物

 落馬矢数ニマサリタリ 誰ヲ師匠トナケレトモ

 (あまねく)ハヤル小笠懸 事新キ風情也


 京鎌倉ヲコキマセテ 一座ソロハヌエセ連歌

 在々所々ノ歌連歌 点者ニナラヌ人ソナキ

 譜第非成ノ差別ナク 自由狼藉ノ世界也


 ◇◆◇◆


 鎧直垂(ひたたれ)を捨てずに着ておると書かれておるが、別に良いのではないかと思うがの。

 あれもこれもそれもと着替える公家らしい発想じゃの、ここは。

 そして弓も引けぬのに犬追物をやっておると嘲笑しとるわけじゃが、弓も修練せねば使えん。

 が、全ての兵が弓を使える必要などない。

 やはり書いた者は戦場(いくさば)を理解しておらんのう。


 矢を射る回数よりも落馬の回数の方が多く、師もおらぬのに笠を的にする笠懸が流行っておる。

 それが見た事も無き新しい景色だと皮肉っておるようじゃな。

 とはいえ練習など左様なものよ。

 こやつは生まれ落ちた時から弓も馬も一流だったのか?

 そんな事はあり得んと思うがの。


 京と鎌倉の連歌様式を混ぜ合わせ、集まった者の出身もバラバラか。

 これはアレじゃな、鎌倉の者なんぞと連歌をしおって、という嫉妬か何かか。

 やはり思った通り、これを書いた者は中枢にはおらぬな。


 譜第(ふだい)非成(ひじょう)ノ差別ナク。

 つまり身分の上下無く、自由狼藉(ろうぜき)、好き勝手をしておる。

 と書いた者は言うておるわけじゃが……。

 身分の上下も何も、その場の者が許しておるのであれば問題あるまい。

 ここも中枢に入れんからの嫉妬っぽいの。


 ◇◆◇◆


 犬田楽ハ関東ノ ホロフル物ト云ナカラ 田楽ハナヲハヤル也

 茶香十炷(ちゃこうじっしゅ)ノ寄合モ 鎌倉釣ニ有鹿ト 都ハイトヽ倍増ス


 ◇◆◇◆


 犬田楽は関東でも廃れたもののはずなのに、何故か都では流行っておる。

 それを言われてものう、今まで都に無かったのなら、流行る事もあろうて。

 ………なんだか、という感じじゃわ。

 書いたものの了見が狭いのか?


 茶香十炷(ちゃこうじっしゅ)とは茶を飲み香りを楽しむ会の事じゃの。

 鎌倉が世を制していた時にもあったが、今は雨後の筍のように増えておると。

 そんなに茶の会が流行りておるのか、それは知らんかったわ。

 ワシ忙しいから、それどころではないからのう……。


 ◇◆◇◆


 町コトニ立篝屋(かがりや)ハ 荒涼五間板三枚

 幕引マワス役所鞆 其数シラス満々リ

 諸人ノ敷地不定 半作ノ家是多シ

 去年火災ノ空地共 クソ福ニコソナリニケレ

 (たまたま)ノコル家々ハ 点定セラレテ置去ヌ


 ◇◆◇◆


 篝屋(かがりや)とは篝火(かがりび)を灯しておる番所の事じゃが、板を三枚立てただけの粗末な場所じゃと言われておる。

 言いたい事は分かるが、だったら銭を寄越せ。

 そもそも銭が無いからこそ、そんな粗末な物にせざるを得んのだ。


 幕を張っただけの役所、という文のところも同じじゃ。

 それが嫌だと言うのならば、おのれが銭を出せ。

 銭が地から湧いて出てくるとでも言う気か?

 これを書いた者は、皮肉は上手いが(まつりごと)をまったく分かっておらんのう。


 土地も悪く、半分作って止めた家が目立つか。

 それに関しては「知らんがな」と言う他ないの。

 正直に言って、家を建てようとしたヤツに言えとしか思わんわ。


 去年火災にあった場所が糞福と呼ばれておる。

 つまり肥を捨てる場所になったという事か。

 それは捨てておる奴らに言えばよい。

 そもそも関東から来た者だけではないのは分かっておる。

 京の都の者は他の者の所為にしながら、己らも同じ事をしておるからのう。


 たまたま焼け残ったが点々としており、それが放置されておると書いてあるが、復興をしたくても銭が無いんじゃ!

 あるならば復興を致すから、銭を寄越せ!


 ◇◆◇◆


 非職ノ兵仗ハヤリツヽ 路次ノ礼儀辻々ハナシ

 花山桃林サヒシクテ 牛馬華洛ニ遍満ス

 四夷ヲシツメシ鎌倉ノ 右大将家ノ掟ヨリ 只品有シ武士モミナ ナメンタラニソ今ハナル

 朝ニ牛馬ヲ飼ナカラ 夕ニ賞アル功臣ハ 左右ニオヨハヌ事ソカシ

 サセル忠功ナケレトモ 過分ノ昇進スルモアリ 定テ損ソアルラント 仰テ信ヲトルハカリ


 ◇◆◇◆


 職にもついておらん者が佩刀して歩いており、道端では礼儀も無く好き勝手ばかりしておるか。

 どこまでを礼儀と言うかによっても変わるがの。

 これを書いた者は公家と同じような礼儀を求めておるのか?

 そのような事は公家の中だけでやればよい。


 花山(かざん)桃林(とうりん)、つまり花々が咲き誇った山々も、いまは枯山のように寂しい。

 そして代わりに都の中は牛馬だらけ。

 ……季節が来れば山々に花は咲くぞ?

 さらに牛馬だらけって、武士が多くおるのだからして、多くの食い物などを運ぶ必要があるのだから当たり前であろうが。


 鎌倉の右大将家の掟? 品格のあった武士も今は舐め腐った態度をしておる?

 鎌倉の世など、普通に町中で太刀の試し切りをしておったと記録にあるぞ。それも町人でな。

 いったいこやつは何を言うておるのだ?


 朝に牛馬の世話をしていた者が、夕方には褒美を貰って功臣になっている。

 こんなおかしな事はない。

 それワシ聞いた事が無いんじゃが、帝は左様な事をされたのか?

 調べておいた方がいいかもしれん。


 大した手柄も無いくせに、立身出世をする者がいる。

 このような不正が(まか)り通る世は駄目だ、と言いたいのは分かるがのう。

 その大した手柄もなく立身出世したのって誰じゃ?

 ワシ聞いた事が無いんじゃがな? ここも醜い嫉妬か?


 ◇◆◇◆


 天下一統メズラシヤ 御代ニ生テサマ/\ノ 事ヲミキクゾ不思議ナル

 京童ノ口スサミ 十分ノ一ヲモラスナリ


 ◇◆◇◆


 天下が治まったのは目出度いと言っているが、本当にそうか?

 京の都の(わらし)が口ずさむ歌も、都の酷さの十分の一も表しておらぬ。

 ここに関しては書いた者がそう思うておるだけであろう。




 「様々に書いてあるが、これがそんなに素晴らしいのか、兄者。

 ワシにはそう思えんのだが……」


 「ワシは素晴らしいなどとは一言も言うておらんぞ。

 見事ならしい、と言うただけじゃ。

 しかしこの落書、間違っておる所があるので(まつりごと)の中枢におる者が書いたわけではない。

 さらには武士の事も理解しておらぬ。浅はかな部分が目立つのだ」


 「うむ。確かに戦場(いくさば)の事も、それにどれだけの戦費が掛かっておるかも分かっておらぬようじゃしな。

 そもそも北条を倒すのに、どれだけの銭を使うたと思っておるんじゃ。

 それが全く返ってこんという意味を理解しておらんのか?」


 「理解しておらんのであろうな。

 いつ武士の不満が噴出するか分からん。

 決断所にも多くの者が来ておるが、どうにもならんのだ。

 数が多すぎるし、最後には帝がお決めになる。

 その帝が、なかなかお決めにならぬのだ。しかも褒美は公家が先。

 そもそも北条を倒すのに公家が何かをしたのか? 何もしておるまい」


 「にも関わらず、公家は褒美を貰うておるのか? あまりにもふざけ過ぎであろう。

 我らが褒美を貰うのは分かる。我ら楠木一党は必死になって戦ったのだからな。

 しかし公家どもなど何もしておらぬではないか。帝に付き従っておった一部の者だけであろう」


 「そうじゃ。しかし帝が自らその者らに褒美を渡しておるのだ、我らは何も言えん。

 そのうえ、それぞれの部署には大した銭が下りてこん。

 おかげで粗末な所で仕事をせねばならん有様よ。

 帝は親政を望まれておられるが、単に好き勝手したいだけではないかと思う」


 「ここまで酷いのであれば、おそらくそうであろう。

 これが続けば、かなりマズい事になりかねんと思うが……」


 「分かっておる。が、既に深みに嵌まってしもうておるのかもしれん。

 どうにか楠木一党の立場を確保したいが、それも難しい恐れがある。

 公卿や公家どもが離してくれん場合を考えておかねば……」


 「兄者……」


 弟が心配そうに見てくるが、ワシも公卿や公家の厄介さを甘う見ておった。

 武者所の長官は護良(もりよし)親王殿下じゃが、あそこまで新田と共に足利殿を敵視するとは……。


 足利殿がおらぬようになれば崩壊すると、何故(なにゆえ)分からんのだ。


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