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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
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 Side:楠木正成



 それにしても、誰が書いたのか知らぬが、皮肉としては見事としか言えぬな。

 落書(らくしょ)とはいえ非常に上手く出来ておるので、批判がし辛い。

 これは相当の教養を持った者が作りたもので間違いあるまい。

 漢詩や詩歌に精通しておらねば書けん。


 ◇◆◇◆


 此頃都ニハヤル物 夜討 強盗 (にせ)綸旨

 召人 早馬 虚騒動(そらさわぎ)

 生頸 還俗 自由(まま)出家


 ◇◆◇◆


 このごろ流行っておるものに、夜討ちや強盗に偽の綸旨(りんじ)という言葉から始まっておる。

 この時点で強烈なまでの帝に対する批判じゃ。

 しかもこのごろ流行りて、と来ておる。

 そんなもん流行ってほしくないわ! と誰もが思うであろうが、これが今の都の現実よ。


 召人、つまり無理矢理に連れて来られる者や早馬で駆け付ける者は居るが、駆け付けた先では虚騒動(そらさわぎ)

 つまり大した事も起きていないのに、何か起きているとして急行せねばならぬ者達が居る。

 検非違使(けびいし)達もそうじゃが、皆大変なのだ。

 空騒ぎなどするなと言いたくもなろう。


 生頸(なまくび)が道端に転がっとる事もあれば、坊主が俗人に戻る還俗(げんぞく)も簡単に起きる。

 そうかと思えば、気分で出家して坊主になる者もおる。

 これも(ひとえ)に帝の御親政の所為だと言いたいのじゃろう。

 気持ちは分からんではない。


 ◇◆◇◆


 (にわか)大名 迷者

 安堵 恩賞 虚軍(そらいくさ)

 本領ハナルヽ訴訟人 文書入タル細葛(ほそつづら)

 追従 讒人(ざんにん) 禅律僧 下克上スル成出者(なりづもの)


 ◇◆◇◆


 続くは(にわか)大名と迷者。

 つまり突然たくさんの銭を持った者と、それはどこの馬の骨とも分からぬ者だと言うておる。

 帝がよく分からん者にも恩賞などを出しておるのを言うておるのであろう。

 確かに活躍もしておらん者にも恩賞を出したりしておるからな。

 あと、これはワシら武士の事も言うておるようだ。


 何故なら安堵、恩賞、虚軍(そらいくさ)と続くからじゃ。

 所領安堵や褒美欲しさに、戦をしておるフリをしていると皮肉られておる。

 実際には戦はあるし、その為に戦費はかなり使われておるのだがな。

 これを書いた者はその辺りを知らぬのだ。

 つまり書いたのは武士ではない。


 本領ハナルヽ訴訟人、文書入タル細葛(ほそつづら)に関してはよう分かる。

 本領を離れ、わざわざ京の都まで来て訴訟を起こす阿呆がおるのだ。

 しかも投げ入れられる文書は細葛(ほそつづら)、つまり中身の無い愚かな駄文ばかりよ。

 これに関しては心底から同意する。


 その後は追従(ついしょう)讒人(ざんにん)と続くが、これは悪口ばかり言う者の事であろう。

 讒言(ざんげん)をする者と考えるのが一番分かりやすいかの。

 そして禅宗の坊主が(まつりごと)に口を出し、下剋上で成り上がる者まで出始めたと書いておる。


 昔から下剋上はあったし、今さら取り立てて騒ぐほどの事でもない。

 ここから察するに、これを書いたは公家か? 武士の間では下剋上など普通の事だぞ。

 良い悪いは別にして、そんな事は昔からあった。

 だからこそ忠義に五月蠅いのだからな。


 皆に忠義があるならば、殊更(ことさら)に忠義を声高に言う必要も、褒め称える必要もあるまい。

 無いから称えるのだ。無いから。


 ◇◆◇◆


 器用ノ堪否(かんぷ)沙汰モナク モルル人ナキ決断所

 キツケヌ冠上ノキヌ 持モナラハヌ杓持テ 内裏マシワリ珍シヤ

 賢者カホナル伝奏ハ 我モ/\トミユレトモ

 巧ナリケル(いつわり)ハ ヲロカナルニヤヲトルラム


 ◇◆◇◆


 器用の、からの一文は微妙じゃの。

 能力に関係なく、愚か者も決断所で働いておると言いたいのであろうが、決断所の大変さを知っておればこのようには書かぬ。

 あそこに下らぬ訴えを持ってくる愚か者の所為で、真に裁かねばならぬ訴えが届かぬ事があるのだ。


 むしろ叶わぬと知っていながら大量に訴えを持ってくる者が悪い。

 決断所で働いておれば、絶対にこの文章は書かぬ。

 つまり、これを書いた者は中枢にはおらぬ、または外から見ているだけで内側を知らぬという事だ。


 次の一文に関しては……まあ、新田とかおるからのう。何とも言えん。

 着方も分かっておらぬ冠と装束、持ち慣れておらぬ(しゃく)を持ち、内裏に参内して珍しさにキョロキョロしておる。

 ……まあ、新田とかおるし、書くのも分からんではない。


 賢そうな顔をしている奏者、つまり帝の側近が我も我もと続く。

 しかして立派な者なのかと思えば、愚かにも(いつわり)を述べ、しかもそれがバレる愚か者。

 呆れるのもよう分かるわ。

 それが分かっておる時点で、やはり書いたのは公家じゃな。


 ◇◆◇◆


 為中美物(いなかびぶつ)ニアキミチテ マナ板烏帽子ユカメツヽ 気色メキタル京侍

 タソカレ時ニ成ヌレハ ウカレテアリク色好(いろごのみ) イクソハクソヤ数不知(しれず)

 内裏ヲカミト名付タル 人ノ妻鞆(めども)ノウカレメハ ヨソノミル目モ心地アシ


 ◇◆◇◆


 美食を食べ飽きるほど食べておるような者、その者が被っておる烏帽子がまな板のようにペラペラで歪んでおる。

 気色めきたる、つまり自分は立派だと思ってるだけの京にいる侍。

 これは強烈にワシらを皮肉っておるの。

 まあ、京の都の者の地方を見下す性根の悪さは、今に始まった事ではないがな。


 黄昏時、つまり夕日が出てくると、女子を求めて男が大量に都に出てくると書いておる。

 これに関しては兵達の事であろうが、まあ、男が大量におればやる事は変わらんの。

 女子を襲わんのであれば好きにせいと言うしかない。

 出会いまで無くしたら不満がこっちに来かねんしな。


 内裏をかみ? これはおそらく上臈(かみろう)じゃろう。

 人の妻柄(めども)が浮かれという事は、つまり人妻でありながら浮気三昧という事じゃの。

 他人の己ですら目を覆いたくなる有様と言うておるのじゃが、上臈(かみろう)とは宮中に務める女房の事じゃぞ。

 ………ほーん。


 ◇◆◇◆


 尾羽ヲレユカムヱセ小鷹 手コトニ誰モスヱタレト 鳥トル事ハ更ニナシ

 鉛作ノオホ刀 太刀ヨリオホキニコシラヘテ 前サカリニソ指ホラス

 ハサラ扇ノ五骨 ヒロコシヤセ馬薄小袖

 日銭ノ質ノ古具足 関東武士ノカコ出仕

 下衆上臈ノキハモナク 大口ニキル美精好(びせいごう)


 ◇◆◇◆


 最近の武士は尾羽が歪んでやせ衰えた小鷹のようで、皆が手の平に載せて可愛がっておる。

 武士とは左様に弱々しい者であったか? と書いておるのだが、どこの者を見てそう思ったのだ?

 これは流石に怒りよりも困惑が先に来る。

 皆、十分に鍛えられておるぞ?


 鉛つくりの大きな太刀を作って、前に突き出すように持ち歩く。

 …………誰がそんな事をしとるんじゃ?

 見た事なぞないし、そんな者がおれば噂に聞こえてくるはずじゃがの?

 これはワシら武士を悪し様に(ののし)りたいだけか。


 ばさら扇のばさらとは、身分などを無視して強さを信奉する者達の事じゃ。

 さらには世情を皮肉ったりする事に美意識を持っておる者らじゃが、ワシとしては禅宗の考えを取り入れた者らだと思うておる。

 特にワシはどうこうは思わぬが、帝がばさらを禁止にされたからのう。

 それには肯定的なんじゃな、書いた者は。


 そのばさら扇は五本の骨で出来ており、今にも折れそうな貧弱さ。

 その扇を持ちながら痩せて貧弱な馬に乗り小袖を着ておるという。

 良い馬も悪い馬もおるので分からんが、そんな貧弱な馬に乗っておる者など僅かにしかおるまい。

 そこまでして武士を嘲笑したいのかのう?


 日銭の古具足。

 これは質に入れられた古い具足を着ており、それは関東からきた(にわか)武士なのじゃと。

 これに関しては完全に書いた者が愚かじゃわ。

 武士など鎧具足であれば何でも身につける。古かろうが使えるならばそれでよいのだ。

 皆が綺麗な鎧を身につけるとでも思うておるのか?

 戦場(いくさば)の事を全く知らんようじゃの。


 身分の上下もなく、大口袴に綺麗な精好(せいこう)の衣を着ておる、と。

 それは放っておいてやれ。流行りものを着ておるだけじゃろうに。


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