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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
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 Side:楠木正成



 「どうであった、兄者? 思っておるよりも遥かに面倒な事になっておるようだが……」


 「まったくだ。こっちにまでとばっちりが来そうで嫌になるわ。

 ハッキリと申せば足利殿の方が遥かにまともだ」


 足利殿が一応功もあるので武者所の頭人(とうにん)に推薦した新田という男。あの男はあまりにも話にならぬ。

 口を開けば足利殿への(ねた)みや(そね)みに(ひが)みばかり。

 最近はあろう事か護良(もりよし)親王殿下に讒言(ざんげん)まで致す始末。


 あまりに酷いので抗議に行ったが、足利殿はとっくに動いておった。

 文を送ったり口頭で注意をしておるのだが、あの新田という男、まったく言う事を聞かぬらしい。

 呆れてくるわ。主家の当主の言う事すら聞かずに好き勝手しておる。


 左様な男が評価などされるはずがないのだが、護良(もりよし)親王殿下は足利殿を追い落とす為に“上手く使う”そうだ。

 愚かに過ぎようぞ。そもそも冷静に考えて、あの新田という男が優秀か?

 口を開けば嫉妬ばかり口にする男ぞ。とても武士とは言えぬわ。


 にも関わらず、足利殿の悪口ならば真偽不明の事すら嬉々として聞いておる。

 頭の悪い愚か者を目の前で見させられる者の身にもなってもらいたいわ。頭が悪すぎて嫌になる。

 そろそろ本気で護良(もりよし)親王殿下から離れる事を考えておかねばならんな。


 「やはり護良(もりよし)親王殿下から離れるしかないのではないか? このままでは楠木の名に傷がつきかねん。

 それに足利殿はまともだぞ。それは公卿や公家の方々も分かっておる。

 新田の嫉妬を聞けば、あれは駄目だと誰もが分かるからな」


 「そんな事は新田本人と護良(もりよし)親王殿下以外は、誰もが分かっておること。

 問題は足利殿が京の都を離れたがっている事なのだ。

 正直に申して、足利殿が居なくなれば雑訴決断所は回らぬようになるぞ。

 足利殿が支えておるのだからして、肝心要が居なくなったら終わりじゃ」


 「公卿や公家の方も言うておられたの。

 足利殿の兄弟は実務の力も十分にあると。

 だからこそ居なくなられては困るのであろうし、記録所でもそれは聞く。

 仕事を碌にしておらぬ者には分からぬのであろうがな」


 「武者所を上手く回しておるのは新田ではなく、弟の脇屋殿じゃからのう。

 新田は下らぬ者を集めて喚いておるだけ。

 戦には強いのかもしれぬが、アレではなぁ……。

 一部の方々は足利殿に対抗する為に新田を使いたいらしいが、アレがまともに使えるのか?」


 「無理であろう。

 口を開けば嫉妬に塗れておるなど、武士の風上には置けぬぞ。

 あんな者の言う事など誰が信じるのだ。

 ワシは離れる事を始めるべきだと思う」


 「分かっておる。

 楠木の家の為にも離れねばならぬが、その機会を待つしかない。

 簡単に裏切る者だと思われるのはマズいからの。

 そのような者は信用されぬ」


 「うむ、分かっておる。

 ワシも役に立つ情報があれば兄者に伝える。

 とにかく楠木の家を危ぶめる者からは離れねば。

 せっかく楠木の家が重用されておるというのに、愚かな嫉妬塗れの男の所為で傾くなどあってはならん」


 まったくもって七郎の申す通りよ。

 足利殿が気に入らんのか知らぬが、主家の当主に噛みつくという狂犬ぶりを晒すとは、あまりにも周りが見えておらぬで呆れるわ。

 あれは戦に強いだけの小物じゃからして、近づかん方がよい。


 …

 ……

 ………


 帝の御親政が始まって大凡(おおよそ)一年と二ヶ月経った。

 この八月二十二日、二条富小路近くの二条河原でとんでもない物が見つかった。

 それがこれじゃ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 此頃都ニハヤル物 夜討 強盗 (にせ)綸旨

 召人 早馬 虚騒動(そらさわぎ)

 生頸 還俗 自由(まま)出家

 (にわか)大名 迷者

 安堵 恩賞 虚軍(そらいくさ)

 本領ハナルヽ訴訟人 文書入タル細葛(ほそつづら)

 追従 讒人(ざんにん) 禅律僧 下克上スル成出者(なりづもの)


 器用ノ堪否(かんぷ)沙汰モナク モルル人ナキ決断所

 キツケヌ冠上ノキヌ 持モナラハヌ杓持テ 内裏マシワリ珍シヤ

 賢者カホナル伝奏ハ 我モ/\トミユレトモ

 巧ナリケル(いつわり)ハ ヲロカナルニヤヲトルラム


 為中美物(いなかびぶつ)ニアキミチテ マナ板烏帽子ユカメツヽ 気色メキタル京侍

 タソカレ時ニ成ヌレハ ウカレテアリク色好(いろごのみ) イクソハクソヤ数不知(しれず)

 内裏ヲカミト名付タル 人ノ妻鞆(めども)ノウカレメハ ヨソノミル目モ心地アシ

 尾羽ヲレユカムヱセ小鷹 手コトニ誰モスヱタレト 鳥トル事ハ更ニナシ

 鉛作ノオホ刀 太刀ヨリオホキニコシラヘテ 前サカリニソ指ホラス


 ハサラ扇ノ五骨 ヒロコシヤセ馬薄小袖

 日銭ノ質ノ古具足 関東武士ノカコ出仕

 下衆上臈ノキハモナク 大口ニキル美精好(びせいごう)


 鎧直垂猶不捨(すてず) 弓モ引ヱヌ犬追物

 落馬矢数ニマサリタリ 誰ヲ師匠トナケレトモ

 (あまねく)ハヤル小笠懸 事新キ風情也


 京鎌倉ヲコキマセテ 一座ソロハヌエセ連歌

 在々所々ノ歌連歌 点者ニナラヌ人ソナキ

 譜第非成ノ差別ナク 自由狼藉ノ世界也


 犬田楽ハ関東ノ ホロフル物ト云ナカラ 田楽ハナヲハヤル也

 茶香十炷(ちゃこうじっしゅ)ノ寄合モ 鎌倉釣ニ有鹿ト 都ハイトヽ倍増ス


 町コトニ立篝屋(かがりや)ハ 荒涼五間板三枚

 幕引マワス役所鞆 其数シラス満々リ

 諸人ノ敷地不定 半作ノ家是多シ

 去年火災ノ空地共 クソ福ニコソナリニケレ

 (たまたま)ノコル家々ハ 点定セラレテ置去ヌ


 非職ノ兵仗ハヤリツヽ 路次ノ礼儀辻々ハナシ

 花山桃林サヒシクテ 牛馬華洛ニ遍満ス

 四夷ヲシツメシ鎌倉ノ 右大将家ノ掟ヨリ 只品有シ武士モミナ ナメンタラニソ今ハナル

 朝ニ牛馬ヲ飼ナカラ 夕ニ賞アル功臣ハ 左右ニオヨハヌ事ソカシ

 サセル忠功ナケレトモ 過分ノ昇進スルモアリ 定テ損ソアルラント 仰テ信ヲトルハカリ


 天下一統メズラシヤ 御代ニ生テサマ/\ノ 事ヲミキクゾ不思議ナル

 京童ノ口スサミ 十分ノ一ヲモラスナリ


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 随分な帝に対する批判じゃが、あまりに見事ならしく多くの者が写したらしい。

 よってこの落書きは消されておるのだが、今も多くの者が写しを持っておるであろう。

 既に無くす事など出来ぬしワシも持っておるが、帝はこれを見て怒り狂われたらしい。


 とはいえ、なぁ……。

 雑訴決断所も限界に近く、八番が新たに作られたがそれでも足りぬという。

 あの有能な足利殿が悲鳴を上げておったくらいじゃ。

 それを言われても、ワシら記録所も悲鳴を上げておると言うておいたがな。

 実際に記録所も大変じゃし、助けが欲しいくらいよ。


 特に厄介なのが朝令暮改じゃ。

 朝に出された命令が夕方には撤回されるのじゃからして始末に負えん。

 そもそも帝は聖徳の君が朝令暮改は駄目じゃと戒められたのを御存知ないのか? そう言いたくなるくらいに酷いわ。

 ワシは古くから聖徳の君を崇めておるからして、尚の事そう思うがな。


 ま、幾ら帝が激怒されようと、最早これが広がるのを止める事など出来ん。

 唯でさえ、何処(どこ)彼処(かしこ)も参っておるのじゃ。

 都合の良いのは公卿や公家だけ、ワシら武士や民には何の恩恵も無い。

 これではの、(いず)れ倒れるであろうよ。


 帝は何も分かっておられぬ。

 北条を倒せしは武士なのだ。

 その武士を足蹴にしておきながら、いつまでも安泰などあり得ぬ。

 こういうところは護良(もりよし)親王殿下にソックリじゃのう。

 ま、親子なのだからして当たり前ではあるがな。


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