0169
Side:足利尊氏
帝から前執権を供養する寺を建てる事を命じられた。
名は宝戒寺と決めてあるらしい。
それはともかくとして、寺を建てる以上は鎌倉に文を送らねばならん。
ついでに家の者に対しても送るかな。
こちらの状況を知らせるだけならば、特に問題もあるまい。
それと護良親王が征夷代将軍位を離れたようだ。
鎌倉将軍府の将軍が征夷代将軍位を持つなら分かるが、わざわざ宥める為だけに与えていたからな。
帝は征夷代将軍位が持つ意味を理解しておられぬ。
良いか悪いかは別にして、あれは機嫌をとる為に与えるようなものではないぞ。
なので護良親王が失ったのは当たり前だとしか思えん。
とはいえ、その事でまたこちらを敵視しかねんのが何とも言えんところだ。
新田といい、何がしたいのかサッパリ分からん。
あれもこれも気に入らんと駄々を捏ねる童のようにしか見えぬ。
それはともかくとして、オレは励まねばならぬ故に励んでおるのだが、いつになったらこの大変な仕事は終わるのであろうな?
オレはさっさと鎌倉に帰りたいのだが。
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今日は十月の二十日。
北畠卿が義良親王殿下を奉じて陸奥へと下向された。
おそらくは、この為に北畠卿に陸奥守をお与えになったのであろう。
親子で行かれるとの事だが、大変であろうな。
陸奥は寒いと聞くし、北畠卿はまだお若い。
公家から歳を聞いた事があるが、まだ十六歳という若さだと聞いて驚いたくらいだ。
オレが十六の時といえば、黒金に会って半年ぐらい経った頃か。
まだまだであり、必死になって式神を学んでおった頃だな。
あの頃は楽しかったが、まさか今こうなるなど思ってもみなんだわ。
色々と大変だからか、本当に心身共に疲れておる。
冗談でもなんでもなく、黒金がおらねば全てを放り出しておったかもしれん。
いつも変わらぬ黒金が居ると、本当に助かるのだ。
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十二月も十五日になった。
寒い日が続いておるが、急な報せが舞い込んできた。
どうやら陸奥の国にて北条の残党が立ったらしい。
とはいえ陸奥将軍府の北畠卿が軍を発したらしいので、おそらく鎮圧されるであろう。
そこまで北条の残党に力があるとは思えぬ。
求心力も低いし、何より既に鎌倉にはおらぬのだ。
どう考えても後ろ盾が無いのだから、復権など無理筋でしかない。
立った者らも何を考えているのやら。
「誰かは知らないけど、滅亡してから立ち上がるんだから意味は無いけどね。
既に旗頭になれる者は居ないだろうし、今さら戻ってきても困る人達ばかりじゃん。
そんな事も分からないのかな?」
「分からないんでしょうね。
もう帝が親政をしている以上は戻らないわよ。
それを無理矢理に戻す力は、残念ながら残党には無いでしょ。
そもそも声を上げても従う者が少ないんじゃ……」
「潰されて終わりでしょう。
一度転落した以上は、もう一度立ち上がるのは無理です。
ある程度の時が経てば可能かもしれませんが、それを成すには大事な事がありますしね」
「大事な事ってなにかしら?」
「敵ですよ。
誰にとっても敵と言えるような、絶対の敵が必要なんです。今回であれば北条家のようにね。
だからこそ帝は返り咲く事が出来たでしょう?
政の中心を京の都に戻せたのも、誰もが納得する敵が居たからですよ」
「今のところはその敵が居ない?
いえ、むしろ残党の方が敵ね。これって打ち倒される側じゃない」
「確かにそうだな。
皆を集めて力とするには、明確な敵が必要になる。
それが居ない間は何をやっても意味などあるまい。
むしろ打ち倒されて終わるだけか……」
「ええ。今の内に挙兵しなければ忘れ去られると思ったのでしょうが、今立ち上がっても帝の敵にしかなりません。
向こうに大義が無いのであれば、打ち倒されるのは向こうですよ」
「だな。仙太郎の言う通りだろう」
オレも敵にならぬように注意せねばな。
何としても足利家をこのまま維持してみせようぞ。
落とす事があってはならん。
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今日は十二月の二十四日だ。
前から準備をしていたが、ようやく成良親王殿下を奉じる事が出来た。
親王殿下に征夷大将軍位は与えられなかったが、上野守は頂けたので、仙太郎と共に京の都から送り出す。
オレが行ければ一番良かったのだが、帝から残れと言われれば断る事は出来ぬ。
仕方なく仙太郎を執権にする形で送り出さざるを得なかった。
さっさと鎌倉に帰りたいのだが、なかなか帰る事が出来ぬ。
それでも黒金が残ってくれたのが救いだ。
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本日は年が明けて一月の二十九日。
今日この日に改元があった。
新しい元号は建武。つまり今年は建武元年となる。
そして遡ること六日前。
帝の長子である恒良親王殿下が立太子をされた。
これでようやく様々な事が決まったが、いまだ内実は定まらぬままだ。
それぞれの部署も全てが全て決まったわけではなく、未だに色々と手探りで行っておる事が多い。
帝が決められなければならんのだが、帝が何人もおられるわけではないからな。
順番待ちのようなものだ。
その所為で定まらぬまま仕事をせねばならず、余計に手間が掛かりておる。
こうやって苦労を重ねておると、本当に鎌倉に帰りたくなるわ。
いったいオレはいつまで京の都におらねばならんのだ。
もう帰ってよいのではないか? そう思う事も増えた。
もちろん足利家の為にも、そんな事は出来んのだがな。
しかしこうも都合よく使われておると、いい加減にしてくれと思うわ。
そんなに武士が気に入らんなら、全て公家でやればよかろう。
わざわざ武士を関わらせるなと言いたくなる。
特に護良親王に新田が接近して、様々な事を吹聴しておるのだ。
オレとしては呆れるしかない。
なぜなら、武士が嫌いな癖にオレの悪口と聞くや鵜呑みにするのだ。頭が悪すぎるわ。
讒言しておるのも武士であろうが。
呆れて言葉も無いうえに、この話は護良親王に近い楠木から齎されたものだぞ。
あの戦上手の楠木でさえ、新田には参っておるらしい。
とにかく無い事ばかり讒言するので頭が痛いそうだ。気持ちはよく分かる。
アレはあそこまで頭が悪い男ではなかったはずなのだが、欲が出て狂い始めたのであろうか?
欲は人を狂わせるものであるし、それならば仕方ないのであろうが、それでも鬱陶しいわ。
何より鬱陶しいのは、嫌ならば鎌倉に帰ると言うておるというのに帰れんところだ。
オレが気に入らんというなら、いつでも罷免してくれて構わぬと言うてある。
にも関わらず、それは罷りならんと言われる始末。何をどうせよと言うのだ。
その割には護良親王は放置するし、何がしたいのか分からん。
オレを使いたいのか、オレの邪魔をしたいのかどっちだ?
帝の腰も定まらぬし、公卿や公家は勝手ばかり。
どうせ駄目になるのは目に見えておる。
故に離れたいのだが、それが分かっておるのか逃がす気は無いらしい。
実に面倒で鬱陶しい事だ。
何かの役職でも与えて、そこに閉じ込めておけばよかろうに。
暇があるから下らん事をするのだ。迷惑でしかないわ。
それに新田も新田だ。あやつは武者所の頭人のはず。
にも関わらず、下らぬ讒言をする暇があるとはな。
真面目に仕事もしておらぬと見える。
まあ、オレの評価が下がるわけでもないから構わぬがな。




