0168
Side:足利尊氏
オレは今日も政を必死に熟す日々だ。
今日は元弘三年の九月十八日。
少し前に雑訴決断所や窪所が新設され、そこに務める者が配置された。
さらには武者所や記録所も再興されたので、忙しさが膨れ上がっている。
戦上手の楠木も忙しく、記録所の寄人に雑訴決断所の奉行人を兼任するほどだ。
雑訴決断所とは土地の争いや帝の綸旨などを扱う部署であり、オレが忙しく働いている所になる。
一応は新設された令外官だ。
ハッキリと言って、土地を巡る争いは武士だけの話ではない。
むしろ公卿や公家の荘園に関する訴えが非常に多く、また相手が公卿や公家なので相当の気を使う面倒な仕事だ。
もちろん雑訴決断所には公家もいるのだが、公卿がほとんどいない。
この所為で公家もまた上位の公卿の訴えに悩まされるという事態になっている。
オレ達ではどうする事も出来ぬのに、あれやこれやと言ってきて嫌になるわ。
己の思い通りにならねば気に入らぬのであろうが、いい加減にせよとしか思わん。
ちなみに窪所というのも新たに設置された令外官であるが、こっちは武士しかおらぬ。
雑多な沙汰、つまり訴えを裁く所であり、同時に帝の護衛を行うのもここだ。
訴えは面倒だが、帝の護衛は気楽なものだろう。真にそれだけならばな。
武者所は内裏や院の御所を警備する令外官の事であり、これは古くからあったものだ。
窪所が帝の近くを守る者なれば、武者所はその周囲を守る者となる。
ちなみに面倒なので新田をここの頭人に突っ込んでおいた。
忙しくしておれば、こっちを怨む暇もあるまい。
それに、武者所に新田を推薦したのがオレだというのは知られている。
これで新田がオレを怨み続けるのであれば、新田は恩を仇で返すヤツという風に周囲には見られるだろう。
オレにとっては、そちらの方が都合がいい。
正直に申せば新田はどうでもいいのだ、問題は周囲にどう見られるかだ。
オレは足利家の当主なのだ、しかも新田は我が足利家の庶家。
つまり下の者を満足に従える事も出来ぬと思われてしまう。
これでは当主としての力量を問われかねんのだ。
だからこそ、新田が怨みからおかしな事をしておる。
という風に周りに見せる必要があるわけだ。面倒ではあるが仕方ない。
実際、それは上手くいっておるしな。
あやつ、武者所でもオレの悪口を言ったり罵っておるらしいが、他の者は適当に聞き流しておるようだ。
それはそうであろう、武者所に推薦などしておるのだ。
にも関わらず怨み続けるなど、逆恨み以外の何物でもない。
そのような事に関わりたい者などおらぬ。
最後に記録所であるが、正しくは記録荘園券契所という名の令外官となる。
ちなみに武者所と同じく平安の世には既にあったものの、鎌倉に実権が移ってからは有名無実なものとなっていた部署だ。
帝が復活させたのだが、どうやら平安の世の事を元に政をしようという事らしいな。
朝廷が政をしていたのが平安の世までなのだから、そこから再び始めるというのは分からぬではない。
というより当たり前の事であろう。
しかし記録所の仕事は大変で、所領、寺社、公務の争いを記録していかねばならんのだ。
しかもその争いの記録だけではなく、場合によっては仲裁もせねばならん。
帝は記録所を最高の政務の部署とした為、雑訴決断所よりも上に置かれておる。
だからこそ雑訴決断所が、厄介な公卿や公家の訴えを記録所に丸投げする事が多い。
それによって余計に大変になっておるのだ。
オレの場合は丸投げ出来ぬので仕方なく動いておるが、それでも困った場合は記録所に行っておる。
向こうは公家が十七人、武士が四人という形だからな。
こちらよりも公家が多い以上、向こうに任せねばならん事もある。
それに持っていくと大抵が苦笑いされるのだ。
どうやら我らでどうにもならぬのは、記録所でも厄介な方々なのであろう。
そんな方々の訴えをいちいち処理せねばならんのだから大変だ。
というより、京の都に政が帰ってきたからか、これを機に古い事を掘り起こして持ってくる公卿や公家が後を絶たぬ。
すでに歴代の帝から下賜された所領まで、元々は我の物だから返せと言い出す始末。
わざわざ古い記録を当たり、取り上げられて別の方に下賜されておると言っても聞かぬしな。
最後には書物と共に帝に丸投げして終わりなのだが、本当に欲の亡者みたいな事をしておる。
あれが風雅典雅の公家か? あまりにも醜悪な俗物にしか見えんがな。
オレの目がおかしいのか、あれらの目が腐っておるのか。
果たしてどちらなのやら……
今日の仕事も終わったので屋敷に戻るが、本当に嫌になってくるな。
帝の綸旨を受けて通達を出すのが一番マシだ。
いちいち下らぬ事を言われぬでも済むからな。
特に公卿や公家はいちいち嫌味を言ってくるので、相手などしとうもない。
というより、嫌味を言ってきた相手に対して便宜を図るとでも思っているのか? 左様な事などあり得ぬ。
そんな事は童でも分かる事ぞ。
何故その程度の事も分からぬのであろうな?
頭が悪すぎて何とも言えん。
屋敷に戻って夕餉にするが、酒を飲みながら黒金の獲ってきてくれた肉を食う。
ここ最近の楽しみはコレしかない。
赤橋も越前もおらぬし千寿王もおらぬ。
妻がおらずに子の顔も見れぬのは辛いわ。
「あー、本当に辛いわ。
京の都に妻と子を連れて来ようかな? 何というか、寂しい。
仙太郎も妻に会いたかろう?」
「まあ、会いたいかと聞かれれば、当然会いたいですよ。
とはいえ今の京の都に連れてくるのは、あまり良い事とは思えませんね。
唯でさえ色々と面倒な仕事を抱えています。
余計な者どもが千寿王を狙って動きかねませんよ?
弱みを見せてどうするんです?」
「あー………アレらなら、やりかねんな。
武士の事など何とも思うておらぬようだし、人質にするくらい当たり前にやろう。
それをしたのが北条なのだが、奴らも変わらんしな」
「ええ。京の都に来て仕事をし始めて理解しました。
黒金が何故ああも悪し様に言うのかも、本当によく分かります。碌な方々ではありません。
そんなに気に入らないなら公卿や帝に訴えればいいんですよ」
「そんな事をするわけがなかろう。
己の言い分が通らぬなど最初から分かっておるのだ。
それを無理矢理に通す為に、我ら武士に喚いてきおるだけ。
迷惑な客みたいなものよ」
「まったくですね。
かつての稀人が伝えた屋台というものでも、迷惑な客が居て困るらしいですし。
今日も黒金はそういう者を殴り倒してきたようですが」
「それ間違い。殴ったのは僕じゃなくて桜だよ。
屋台の店主に絡んでたから「邪魔」って言ったら殴りかかってきたんだ。
そしたら桜が物凄い速さで殴ってさ、吹っ飛んだよ。
あんまり力を入れてなかったから死んでないけど、力を込めてたら死んでたね」
「それはそうだろう。
熊を殴り殺せるのだからして、人間など容易かろうよ。
それより、その愚か者は如何した?」
「適当にそのまま放っておいたよ。
五月蠅く言ってきたら官職で黙らせればいいやと思ってたんだけど、僕達が食事を終えるまで気絶したままだったんだ。
起きないから放り捨てたんだけど、次に見た時には居なくなってた」
「となると黒金の話か何かを聞いて逃げたかな?
そもそも黒金は検非違使なのだからして、賊のような者は殴り飛ばしても問題ない。
本当に賊ならば殺しても構わんのだからな。
怖くなって逃げるのも当然であろう」
愚か者はどこにでもおるが、京の都には本当に多い。
愚か者が地方から来るからであろうが……




