0163
Side:足利高氏
オレは拠点にしている六波羅の屋敷へと戻ってきたが、オレの居ない間に客が来ていたようだ。
どうやら仙太郎が相手をしてくれておったようだが、いったい誰だ?
「おおっ! そなたが足利又太郎殿か。
それがしは楠木兵衛尉正成と申す。
こちらはそれがしの弟で楠木七郎正季」
「楠木七郎正季でございます」
「これは御丁寧にどうも。
それがしは足利又太郎高氏と申す。
して、戦上手と名高い楠木殿が、いったい何用ですかな?」
「いやいや、そなたの顔を見ておきたかったのよ。
三十万もの軍勢を率いてきて、僅か四日で総攻めを始めたであろう。ワシにとっては驚きであった。
最後には総攻めにされるであろうという覚悟はあったが、些か以上に早かったのでな。
あれには参ったぞ」
「ああ。
アレは諸将が戦上手の楠木殿には勝てぬと踏んだのと、オレは早く鎌倉に帰って父上の菩提を弔いたかった。それが合致した結果でしかない。
オレは功を得る気どころか戦をする気もなかったのでな、だから早く帰れるならば何でも良かったのだ」
「あー………そういう事であったか。今言われて得心したわ。
確かに足利殿は忌明けもしておらぬ時期であったな。それは一日でも早う帰りたいであろうよ。
功を得る気が無いのも、血で穢れぬ為であろう? なれば当然の事じゃ。
ほんに納得したわ」
「それよりも参内いたしたと聞きましたが、何かあったのですかな?」
「これ七郎。そのような事を聞くべきではなかろう」
そう言いつつこちらを探っておるぞ。
なるほど、愚かなフリをして弟が聞き出す。兄の名を傷つけずに上手くやっておる兄弟のようであるな。
なかなかどうして、敵に回すと口でも手強そうな相手だ。
戦上手なのだから当然か。
「なに、大した事ではない。
オレが諸国の武士に督促状を出しておるのを、護良親王殿下に咎められただけだ。
とはいえ六波羅を滅ぼした以上、京の都の治安を守る兵は絶対に要る。
しかし護良親王殿下は武士が気に入らぬようだ。
散々そなたらに助けられたのに、武士を悪し様に罵っておられたからな」
「「………」」
「兄上は何と言われたので?」
「それが嫌なら鎌倉に帰る、そうハッキリ言った。
早速とばかりにこんな醜い事を始めるのだ。嫌になるわ。
北条とやっておる事が何も変わらんし、いい加減にしてもらいたいものだ。
争いなど勝手にしてくれとしか思わん」
「朝廷もですか……。
いえ、朝廷の方が古くから似たような争いをずっとしているのでしょうね。
稀人に蘇我氏を暗殺させたのも朝廷ですし」
「黒金が見つかれば、なんぞ言い出してきかねんな」
「黒金? あの伝説の陰陽師がどうかされたのか?」
「黒金は十四年前から我が家におるのだ。
なぜか壇ノ浦で海に蹴り落とされた後、オレの目の前に落ちて来た。
それ以来の付き合いなのだよ」
「ほう! 稀人は何か大きな事があると呼び出されると聞くが、足利殿の下に伝説の陰陽師がなぁ……」
ふむ。喋っても問題ない事は、あえてこの二人に教えてやるか。
きっと色々に広がるだろう。“オレの前に”現れた事は非常に大事な事だからな。
楠木ではなく新田でもなく、オレの前なのだ。
今もまだ分からぬが、おそらく何かある。
それが何なのかは分からぬが、大きな意味を持つ事は間違いない。
これはずっと考えていた事だが、良い悪いは別にして、大きな事を成す者の前に現れるのは事実なのだろう。
古くから言われている事ではあるがな。
もしかしたら初代の帝の前にも稀人は現れたのかもしれん。
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Side:楠木正成
ワシらは足利殿が使うておる屋敷を辞したが、驚きであったな。
どのような者かと見てみれば、何とも人の好さそうな顔をしておる者であった。
その弟も変わらんところを見るに、苦労をした事など無いように見える。
しかして北条に侮辱されたりなど、色々と苦渋を舐めてきておるのも事実。
何というか、掴み所があるようで無いという妙な人物であった。
それでも直に顔を見て話さねば分からぬ事も多い。
今回の事は良い事も多かったの。
それに……まさか稀人がついておるとはな。
これでは話が変わってくるぞ。
「兄者。あの足利とかいうのが言っておったのは真かのう?
護良親王殿下が武士の事をというヤツじゃが……」
「そんな事は言われる前から知っておる。
そもそも朝廷の方々は武士の事が気に入らん方々ばかりじゃ。
ワシは楠木の名を上げられれば何でも良い。
だからこそ、そもそも気にしてなどおらん。
朝廷の方々など、そんなものよ」
「そ、そうか……。兄者がそう言うのであれば、そうなのであろうな。
まさか武士を嫌っておられるとは……」
「七郎、気にしたとて意味は無い。あの方々は皆変わらん。
己の家の為に利用するぐらいでちょうど良いのだ。
向こうもそのようにしか考えておらんのだから、お互い様というところよ。
そもそもの話だが、土地を持ち支配しておるのは武士なのだ。騒いでも意味は無い」
「土地は確かに我らのものだが……」
「朝廷も物が無くなれば困窮する。
土地の者が朝廷に税を納めねば、あの方々の言うておる事に意味などなくなるのだ。
しょせんは土地を持つ者が一番強いのだからの。
朝廷は兵を持っておらぬ、皆がそっぽを向けばどうなると思う?」
「それは………何も手に入らなくなるのか?」
「その通りよ。それが分かっておるから、朝廷は最後には折れるしかないのだ。
皆がそっぽを向けば終わるからの。だからこそ、足利殿が鎌倉に帰ると言うたのは正しい。
朝廷は六波羅を潰した者に報いもせなんだとなれば、皆はどう思う?」
「………褒美も無いのに働くのは無いな。
つまり己もそうなると思えば、朝廷の命に従わぬようになる。
だから朝廷は足利に報いるしかないわけか」
「そうじゃ。とはいえ財の多くない朝廷に出せるのは官位や官職ぐらいよ。
それでも色々と役に立つ故に貰うがな」
「なるほどのう。
足利が鎌倉に帰ると言うたと聞いた時に驚いたが、言うても問題なかったのか」
「まあのう。武士とは御恩と奉公じゃ。褒美も無いのに従う阿呆などおらぬわ。
そしてそのような事を繰り返してみよ、誰も言う事など聞かなくなる。
その結果が北条のような滅びなのだ。
朝廷が滅ぶとは思わんが、そっぽを向かれる事は十分にあり得る」
「足利であれなら、我らも言うて問題ないな」
「止めておけ。足利殿と同じ事をしても駄目じゃ。
向こうがそうするなら、ワシらはむしろ取り入る形じゃの。その方が良い。
誰かの真似をしても、それは二番煎じにしかならぬ。
足利殿がああするなら、ワシらは逆の事をせねば目立たん」
「兄者の言う通りだな。
楠木ここにありと示すには目立たねばならん」
そうなのじゃが、引っ掛かるのは稀人よ。
足利殿の前に伝説の陰陽師が現れたという事は、もしかしたら足利殿が武家の棟梁になるのやもしれん。
ワシらは敵対すると碌な事にならんかもしれんのう。気をつけねば。
とはいえ朝廷の方々次第で敵にならざるを得んという事もあろう。
となると最悪は覚悟しておかねばならんな。
それでも家が潰される事はなさそうではある。
足利殿はなんだかんだと言って、非情になりきれそうには見えん。
そういった怖さが無いのだ。
しかしそういう怖さを持った者達が滅びてきておるからな。
ああいう者の方が、これから先は良いのかもしれん。




