0016
Side:黒金
とりあえず助けた人を起こそうとしたんだけど、そいつは急に体が大きく膨らんだ。
すると近くに居た葛葉がいきなり何かを行う。
「【狐火】!!」
そう言った途端、膨れた男を黄色い炎が包んで燃やしていく。
何あれ? 凄い!!
「おお、【鬼火】とは違う強力な炎ですな。
流石は長き時を生きる方だと思います」
「うん。褒められるのは嬉しいんだけど、それお婆ちゃんみたいに聞こえるから止めてね」
「こ、これは申し訳ありませぬ! そのようなつもりは無かったのですが……」
「うん。まあ、そんなつもりで言ってないのは分かるんだけどね。
これに関しては相手がどう思うかだから気を付けてちょうだい」
「はい」
「そういうところがあるのよ、斯明殿は。
真面目というか、真面目すぎて考えが至らないという感じかしら?
まあ、不真面目な連中より、よっぽど良いんだけど」
「それはやーね。
流石に飲んだくれとか女遊びの激しいヤツはイヤよ。
それに比べれば……だけど、まだまだこれからかしら? 日々之勉強ね」
「そこは私も賛成だわ。これを機に少しでも女心を分かってもらわないと」
「は、はい……」
何だろう? 斯明が物凄く項垂れてる。
さっき言ってた勉強は、そんなに大変なのかな?
僕はしなくていいみたいだけど、やがては僕もするんだろうか?
「そうね。ある程度の年齢になったら勉強する事になると思うわよ。
とはいえ今はまだする必要も無いし、斯明はそういう事を学んでこなかったという事ね」
「成る程。
真面目な斯明にも苦手なものがあったんだね」
「うぐっ!」
「「ぷっ……!」」
なんだか艶と葛葉が楽しそうに笑い始めたけど、なんだろう?
まだまだよく分からない事が多いな。
それよりも霊玉を拾って他の所も見回ろう。
妖怪がさっきみたいに居るかもしれないし。
「うむ。黒金の申す通りだな。
お二人とも、ここで笑うておる場合ではありませんぞ。
先程のように騙してくる妖怪もおるやもしれません。
気を引き締めましょう」
「ふふふふ……。ええ、そうですね。
今度出た妖怪は私が戦いましょう。
その後は黒金ですね」
「ふふふ、そうね。
黒金の霊兵は強いんでしょうけど、黒金自体は子供だもの。
その辺りは気をつけなければいけないわ。
【鬼火】であったり【霊波】を教えないといけないかしら?」
「霊兵が使えなくなるから、陰陽術は要らない」
「あら、勘違いしちゃったのね。
霊兵が使えなくなるのは陰陽術の一つである式神よ。
陰陽術にはそれ以外にも暦、占星、風水、吉凶、天測、時刻、様々なものがあるわ。
世の多くの陰陽師は妖怪と戦っているけれど、実際はそれだけじゃないのよ?」
「私などは式神と符術しか使えませぬから、陰陽寮の大家は大変だと思います。
考えられぬほど多くの事を学ばねばならぬでしょうし、市井の者ではどれほどの大変さかも分かりません」
「それほど大変な事ではありませんよ。
その殆どは賀茂家と安倍家の御先祖様が作り上げたもので、私達はその手引きに則って行っているだけです。
本当に凄いのは創始した方々であり、残念ながら今の陰陽師ではありません」
「それでも、それなりにはやっているけどね?
新しい事なんてそう簡単には生まれないし、その前に多くが稀人から齎されたもの。
それこそ大陸にも無いみたいだし、それを超えるものは難しいでしょ」
「確かにそれはそうなのですが……」
「むっ! 何か黒いのが見えた」
「どこだ、黒金? 黒いのは何処にいる?」
「さっき前の曲がり角から出てきたけど、すぐに引っ込んだ。
あれ妖怪だったのかな?」
「妖怪かどうかは霊力が感じられるようになれば分かるわよ。
わたしとは違って霊力が濁ってるのが分かるから。
ちなみにこれは悪人も同じでね、悪徳なものは霊力が濁るの。
正直に言って人間の方が濁りは多いから分かりやすいんだけど」
「妖怪って善も悪も無いんじゃないの? そう眼に出てたけど?」
「「えっ!?」」
「良く知ってるわね。妖怪は妖怪であり、そこに善悪は無いわ。
妖怪が人間を食おうとするのは、人間が生きる為に何かを食うのと同じだからよ。
ただしそれをする理由は、そもそも人の負の心が霊力を汚染して妖怪を生み出すからでしかないわ」
「つまり、人間が妖怪を生み出してる?」
「それで正解。だから人間を騙したりする妖怪は悪だけど、ただ人間を食うのは食事でしかないの。
ついでに怨みを晴らすという形ね。
元々からして人の怨みつらみが原因だもの。食われても仕方ないのよ」
「「………」」
「ふーん……」
何だかよく分からないけど、誰かを怨んだりすると妖怪が生まれるらしい。
だったらさっきの左京の陰陽師とか道丹は駄目な陰陽師だね。
怨みを持ってるんだからさ。
「あはははは! 確かにそうね、その通りよ。
ま、だからこそ人間の子達を見ているのは楽しいんだけどね。
自分達の所為で生まれた妖怪に四苦八苦しているんだもの」
「……だったら貴女はどうなの?」
「先程も言ったでしょ? 全ての妖怪に善悪は無いって。
生まれた後に長く生き、そして善悪を身につけるのよ。
私は長く生きているから貴女達が言うところの善妖なわけ」
「じゃあ、悪妖っていうのは何が居るの?」
「それは有名なのが居るじゃない、大江山の酒天童子っていうのがね。
あれの子分であった茨木童子を筆頭に、星熊童子や熊童子に虎熊童子に金童子と居たでしょ。
ああいうのを纏めて悪妖って言うのよ」
「酒天童子か……。源頼光を始め、五人で寝所を襲ったのは何とも言えん。
もちろん酒天童子のやった事は許される事ではないのだがな」
「何したの?」
「多くの姫君を攫って連れて行ったのよ。
他にも若者も攫われたらしいけど、下男のように扱っていたらしいわ。
中には人を襲って喰らったという話もあるらしいけど、こちらは本当かどうかは知らない」
「それはないわね。あいつら人を喰らう奴らじゃなかったもの」
「知ってるの!?」
「知ってるわよ。
だって記録に残っている<神変奇特酒>を作ったのは、そもそもわたしよ?
あれらがバカな事をしているから、ああせざるを得なかったってわけ。
わたしの名を出す訳にもいかなかったから、神から賜った事にしたのよ」
「それは横に置いておくとして、酒天童子達が人を喰らわなかったというのは本当ですか?」
「本当よ。だってあいつらが欲していたのはお酒だもの。
お酒を買う銭欲しさに誘拐を繰り返していたのよ。
そして銭が手に入れば素直に帰していたわ。
ただ何度も何度も同じ事をされれば怒るのは当然でしょ?
それで遂に帝から勅宣が出されたの」
「日の本一の悪鬼と恐れられる酒天童子が、実は唯の酒狂いだとは……」
「何だか急にバカバカしい話に……」
「でも人を喰らったりしていないなら、そんなに悪い妖怪じゃなかったんだね」
「まあ、全員気の良い奴らではあったの。
ただねー、流石に限度というものがあるという事よ。
幾らなんでも酒を浴びるほど飲み続けてたら、銭も酒も底を尽くわ。
そこまで飲んだあいつらも凄いとは思うけどね」
「日の本有数の悪鬼も、蓋を開ければ酒好きで酒狂いなだけか」
「言葉は悪いけれど、そういう話になっていないヤツほど本当に悪いのよ。
誰とは言わないけど藤原時平とか美福門院とかね。
讒言だったり、院を骨抜きにしたりで碌な事をしなかったでしょ?」
「「………」」
斯明と艶が「ジトッ」とした目で葛葉を見てる。
なんでだろう?
「あのねえ、崇徳も将門も道真も誰の所為で死んだと思ってるの。
崇徳は怨んでもいなかったし、将門は情に厚く東国を救おうとしただけ。
道真に至っては讒言で左遷され、何も与えられず飢え死にに近い死よ?
それを怨霊に仕立て上げたのは何処のどいつなのかしらね?」
「それは……」
「………」
斯明も艶も何とも言えない顔をしてる。
もしかしてさっき言ってた三人は、無理矢理に怨霊にされたの?
崇徳=崇徳天皇の事で、日本三大怨霊の一人。
将門=平将門の事で、日本三大怨霊の一人。新皇を名乗った人
道真=菅原道真で、日本三大怨霊の一人。北野天満宮に祀られてる人。




