0152
Side:楠木正成
もはや戦が無くなって一月になろうか。
今はワシらからも攻めたりはしておらぬ。
何と言っても帝の挙兵があった以上、こちらから出ずともよいのだ。
むしろ鎌倉の兵を釘付けにしておるこの状況が望ましい。
さらに言えばワシらに合力してくれる者も出た。
近隣の野伏であるが、奴らが味方をしてくれておる御蔭で鎌倉の者どもの兵糧が減っておるのだ。
ここは山城だからな、当然そこを包囲するとなれば道は限られる。
そして道が限られるという事は、兵糧を運ぶ道も限られるのだ。
そこに野伏が待ち構えて奴らの兵糧を奪っておる。なのでワシらは何もせずともよい。
野伏が勝手に鎌倉の者どもを苦しめてくれるのでな、楽なものよ。
そしてワシらの兵糧は全く減っておらん。
野伏の者どもが律儀に取り分を持って来てくれるからのう。
中には茶もあって呆れるやら何やらというところじゃ。
あやつら戦場に来てまで茶を楽しんでおるとはな。
戦というものを、いったい何だと思っておるのかのう。
あまりにあまりで、呆れるしかできん。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side:阿蘇治時
「えぇい! いったいどうなっておるのだ!!
兵糧を滞りなく運ぶ事すら出来んのか!! 田分けどもめ!!」
また騒いでおるな。腹が減って気が立つのは分からぬでもないが、面倒なヤツよ。
大仏貞直は前に手柄を立てておるからか動揺はしておらぬが、他の者達は大なり小なり動揺をしておるか。
仕方がないとはいえ厄介な事よ。
「野伏が出ておるようなのだからして、仕方あるまい。長対陣をしておる所為で出て来たのであろう。
楠木めが篭もっておるのは山城なのだ。ここで包囲するにはどうしても山の中になる。
そして山の中まで兵糧を運ぶのであれば、道は限られるのだ。已むを得まい」
「たかが野伏だぞ! 左様な者どもなど蹴散らして運んでくればよかろう。
それすら出来ておらぬから腹を立てておるのだ! その程度の事も分からぬか!!」
「分かりておらぬのは、おのれの方だ!
そもそも野伏は地の利を持つ。我らの知らぬところから攻撃してくるうえ、逃げる道すら知っておるのだ。
こちらが不利すぎて、どうにもならぬわ! その程度の事など理解しておけ!!」
それはその通りだ。
野伏など基本は地元の者。地の利のある場所で戦う為、我らの方は必ず不利になる。
それに陣を離れて去る者まで現れたが、その者達すら殺されて身包みを剥がされておるのだ。
ここから迂闊に動くわけにもいかん。
「ここから逃げた者もおるが、そやつらすら殺されておったという報告もある。身包みを剥がされておったとな。
そなたがそれ程に腹立たしいと言うのであれば、己で兵糧を運べばよかろう。
己の力で野伏を倒せばよい」
「ふざけるな!! なんでワシがそのような事をせねばならんのだ!
そのような事など下々の者がやる事であろうが。これだから愚か者は困るわ」
「なんだと、貴様! 殺されたいのであれば、今すぐそのそっ首落としてくれるぞ!!」
「止めよ、味方同士で争うなど、楠木の思う壺ぞ。
それよりも何とかして兵糧を確保せねばならん。今までよりも兵を多くして守らせるしかあるまい。
このままでは兵が去っていく一方であるし、それで得をするのは楠木だけだ」
「重ね重ね、腹立たしいヤツよ。
野伏もヤツの差し金ではあるまいか? そのような気がするのだがな」
「分からん。どのみち長対陣になれば、多かれ少なかれ野伏は出てくる。
平地であれば滅多に出ぬが、山だと出てくるのは仕方あるまい。
奴らが欲しておるのは兵糧や売れる物だ。故に我ら本隊には絶対に手を出してこぬ」
「それ故に始末が悪いのだが、言うておっても仕方ない。
それよりも兵糧がしっかり滞りなく来るようにするしかあるまい。
今のところ出来る事はそれだけだ。
未だに降伏の使者が来んという事は、あの城には兵糧があるという事だからな」
「いつまで耐えればよいのやら。
楠木の城を囲んでおる我らが野伏に囲まれるとは。
あまりにも愚かな状況に笑いも出ぬわ」
そう言って立ち上がると軍議の場を出て行ったか。
まあ、ここで話していても何かが良くなる事は無い。
今は兵糧の守り手を増やして対処する他あるまいな。
しかし楠木め、ここまで粘るとは思わなかったぞ。厄介なヤツめ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side:楠木正成
「ほう。随分と荒れておるようじゃのう。
近場まで行っても聞こえてくるという事は、相当の不満が溜まっておるということ。
このまま内部で割れてくれると助かるのだが、そうそう上手くはいくまいな。
それでも護良親王殿下の策は成功したか。良かったわ」
「うむ。成功せねば、それはそれで傷つかれようからな。本当に安堵致した。
それに我らと野伏に挟まれておるとも言える。
この状況を上手く使うには、敵が撤退の気を見せれば即座に追撃。
これが一番でしょう」
「うむ。湯浅殿の申される通り、それが最も良かろう。
とはいえ、まだまだ鎌倉の者どもも耐えようから、これから更に時が掛かろうがな。
我らはその時を待って用意をしておかねば」
いつになるかは分からぬが、必ずその時は来る。
それがいつになるかは分からぬが、物見の者や近くの村などに行かせる者には情報を得てくるように言うておくか。
鎌倉が撤退するとなれば、大きな何かがある時であろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side:足利高氏
オレ達は京の六波羅攻めを始めた。
とはいえ戦っておるのは京の都の外だがな。
正直に言って、やはり厄介だとしか思えぬ。
六波羅の勢力を一掃せねばならぬとの考えは間違ってなかった。
こやつら予想以上に強いわ。面倒な事よ。
それでも黒金の猛兵は役に立ってくれておる。
何と言っても矢が幾らでも撃てるというのが大きい。
さらには筋骨隆々な見た目の通り、猛兵の弓矢は桜の弓矢と威力が変わらん。
恐ろしいまでの威力なうえ、敵を狙って当てられるのだ。
色々な意味でとんでもない。
「「「「「「「「「「!!!」」」」」」」」」」
ズドドドドドドドドドドッ!! ズドッ!
「うぐぁ!」 「うがっ!?」 「ごぉっ!?」 「ぶげっ!」 「ぎゃぁ!!」
多くの敵兵が死しておるが、それでも多数の中では微々たるものでしかない。
しかし一射ごとに確実に敵兵が死ぬというのは、やはり恐ろしいとしか言えぬ。
それに関しては桜の弓矢も変わらんのだが、それもそれで恐ろしい事よ。
矢の撃ち合いが終わると敵は突っ込んで来よう。
ここで踏ん張らねばならぬが、黒金が常に矢で援護してくれるのはありがたい。
尽きぬ矢というのが、これほどに心強いとは思わなんだな。
前の戦はオレ達が出たわけではないが、此度は正真正銘の戦となる。
ここで負ければオレの名も足利の名も失墜してしまう。
何としても勝利し、足利の名は勝利の名であると知らしめねばなるまい。
かつての足利義氏公のように名を上げ、そして足利が離反したからこそ、鎌倉は滅びたのだと言われねばならぬ。
「殿、お引き下され! 矢合わせの最中でございますぞ!! お引き下され!!」
「心配致すな。死する時は死するし、生きる時は生き残るのだ。戦とは斯様なものぞ。
そも、大将が前におらずに何とする!」
ああ、今のオレは義経公と同じ事をしておるのだな。
確かにこれは義経公が正しい。将が後ろに控えるなど話にならぬ。
将が前に出て命を懸けておるからこそ、兵達も命を懸けてくれるのだ。
それがよう分かる。




