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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
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 Side:足利高氏



 とにもかくにも、とりあえずは予定通りに京の都へと行かねばならん。

 その事に関しては遅らせるのは難しい。

 名越高家が共におる以上はどうにもならんからな。

 しかしそこ以降は無理に移動する事も無い。

 緩やかに進めばいいだけよ。


 おそらくだが丹波辺りまで行けば六波羅(ろくはら)とてこちらの監視はすまい。

 そこから転進して京の都へと雪崩れ込む。そういう形になろう。

 さりとてそう簡単に六波羅(ろくはら)を滅ぼせる訳ではないからな。

 色々と準備をせねば。


 まずは京の都までの道を順調に、しかしゆるりと進む。

 あからさまに遅らせる事は出来ずとも、オレは風邪気味なのだ。

 遅れたところで仕方あるまいよ。

 ………まさか風邪気味のフリをしておったのが、こんなところで役立つとは思わんかったが。


 とはいえ使えるものは何でも使わんとな。

 あらゆる手を尽くして負けたならまだしも、碌に何もせずに負けるなどあり得ん。

 武士とは勝たねばならんのだ。負けては武士とは言えぬ。

 である以上は、あらゆる手を尽くすのだ。

 それこそが全力というものよ。


 …

 ……

 ………


 京の都についたので一旦休みとする。

 そこまで疲れはないのだが、名越もオレが風邪気味だと思っているのか気を使ってくれておる。

 どういう考えなのかは知らぬが、オレにとってはありがたい限り。

 それはともかく大人しく休んでおると、その名越が訪ねて来た。


 「ゴホッ、ゴホッ。名越殿、いったい如何(いかが)された?

 これからの事なら明日に話し合う予定であったが……」


 「足利殿。

 そなたは(さきの)執権様や内管領(ないかんれい)を恨んでおるであろうが、一旦その事は水に流して合力してくれ。

 そなたの恨みは分かる。父の菩提を満足に弔う事も出来なんだなど、終生恨んでも不思議ではない。

 されど、このままでは大戦になってしまうのだ。だから頼む!」


 「………ゴホッ、ゴホッ。

 それがしはそれがしの成すべき事を成すのみ。それが終わればさっさと帰るだけです」


 「そうか! そうだな!

 足利殿の御体も優れぬ様子。それがしはすぐに退散致そう。

 お体に気を付けられよ」


 そう言って名越は出て行ったが、あれは愚かなのか何なのか分からんな。

 まあ、悪い男ではないのであろう。

 監視役としては不十分に過ぎるが、オレにとっては都合がいい。

 なにしろ仙太郎ですら呆れておるくらいだ。


 「………あれが鎌倉からの監視役ですか? 幾らなんでも監視には向かぬでしょうに。

 こういうところも鎌倉の愚かなところですね。

 だからこそ今傾いているというのに、そのような事も分からず、己らが正しいと思い込んでいるのでしょう」


 「呆れて物も言いたくなくなるが、落ち目の者というのはそういうものなのであろう。

 我らはそうではないのだからして、愚か者にならぬようにせねばな。

 足利が倒れる事などなきように、愚かから遠ざからねばならぬ」


 「そうですね。

 父上の言うておられた「足利を維持せよ」という御言葉、それを守らねばなりません」


 「今までと同じは無理だが、しかして新しき足利の形にせねばならん。

 そしてそれを維持するという事になろう。

 六波羅(ろくはら)を滅ぼせば足利の家の名も高まる。

 まずはそれを成さねばな」


 「そうですね。あの戦上手の楠木の名も知られております。

 足利の家の名が落ちるという事の無いようにしなければ……」


 「そうだな。ま、とりあえず今は大人しく休もう。

 オレ達がやるべき事は多い。これから忙しくなるぞ」


 仙太郎も分かっておるからか顔つきが厳しいな。

 オレ達が成すべき事は六波羅(ろくはら)の攻略だ。

 その六波羅(ろくはら)探題は北部と南部の二つある。

 正しくは六波羅(ろくはら)の北と南に駐留している、京の都を見張る軍。

 それが六波羅(ろくはら)探題だ。


 かつて承久の乱にて後鳥羽院が北条義時を朝敵として討伐令を下したが、その時に活躍したのが我が祖である足利義氏公となる。

 その後、京の都を監視する必要が出来たので設置されたのが六波羅(ろくはら)探題。

 義氏公の子孫であるオレが六波羅(ろくはら)を滅ぼすとは……皮肉がきいておるな。


 …

 ……

 ………


 名越との話し合いは簡単に終わり、山陽道から名越軍が、山陰道からオレ達が攻める事となった。

 当然オレ達は攻めたりなどせぬが、ここで軍が二分されたのはありがたい。

 もしかしたら功を稼ぎたいのかもしれぬが、己一人でやるがよかろう。


 オレ達は上手くいったと思いつつ、それを顔に出さないようにして出立。

 黒金(くろかね)達は鹿野邸に泊めてもらっていたようだ。

 肉を手土産にすると言って持って行っていたようだな。

 寺に泊まると肉が出て来んのが困るわ。何故か肉を出さぬのだ。


 父上も申されていたが、そもそもお釈迦様ですら肉を食うていたというのにな。

 にも関わらず、なぜか寺は菜食なのだ。納得ができん。

 黒金(くろかね)が言うには肉も食わねば体に良くないと言うておった。

 という事は寺の坊主は体に悪い事をしておるということ。


 その割には体格のよい僧兵や、長生きしておる坊主がおる。

 こやつらはどう考えても肉を食うておるであろうにな。

 にも関わらず、オレ達には肉を出さんのだ。

 泊まるのに十分な銭を渡しておるというのに、ふざけておるのか?


 そう思うが、父上が言うておられたな。寺の坊主は体面ばかり気にすると。

 己らは精進潔斎をしておるというフリをし、酒を飲んで稚児を抱くという事をしておると。

 呆れたような情けないような顔をされておられたのを、今でも思い出す。


 父上が亡くなってから、父上の事を思い出す事が増えた。

 左様なものなのかもしれぬが、生きておられた時にもっと教えを乞うておくべきであったと思う。

 後から悔やむゆえに後悔という。決して先に悔やむ事は無い。そう申されていたが、その通りだ。

 今は痛感しておる。


 まあ、今は考えるのを止めよう。

 このような事ばかり考えておれば、本当に体を悪くしてしまいかねん。

 それでは勝てる戦も勝てぬようになってしまうからな。


 …

 ……

 ………


 ようやく丹波の国は篠村までやってきた。

 ここは我が足利家の所領だ、転進するのはここが一番良い。

 皆にも話したが、その席でようやくオレが風邪気味でもなんでもなかったのだと理解したようだ。

 仙太郎は見れば分かるだろうと呆れておったがな。


 「挙兵致すのは構いませぬが、名越がこちらに攻め寄せては来ませぬか?

 今はまだ足利家の所領で休んでおるように見えるでしょうが……」


 「そうだな。名越が転進してくれば後背を突かれる恐れがある。

 とはいえ既に挙兵は決まりし事であり、引き延ばす事は難しい。

 まずは周囲の者達を含め、文を大量に出さねばならん。

 おそらくは鎌倉打倒の密勅は頂けるはずだ。

 とはいえ、それを前提にして書く訳にはいかんがな」


 「密勅であるが故に、表には出せませぬからな。左様な事をすれば、勝った後が問題になりまする。

 我らは悪党ではないのだからして、正しく帝を仰いで勝たねばなりませぬ。

 とはいえ、そのような事を言うておれば、あの戦上手も悪党でもなんでも無いのですが」


 「そうだな。あの戦上手は未だに鎌倉の軍を防ぎ続けておるらしい。

 まことに戦上手なのだなと感心するわ。既に二月ほどか。

 よくもまあ、そこまで防げるものだと思うが、すでに鎌倉の者達は兵糧攻めに切り替えたという。

 それでは戦など起こってはおるまい」


 「それでも、その状況になるまで耐え忍んだ楠木兵衛(じょう)の手腕は凄いと思いますけどね」


 「そうだな」


 流れに乗れている者を敵に回すは下策。

 オレは左様な事をして足利の家を滅ぼす気など無い。

 あれには関わらぬが一番よかろう。


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