0145
Side:楠木正成
弟である七郎が、水源を守っていた武士を蹴散らしたのはよい。
それはよいのだが………この陣幕や天幕に旗はどうしたものか?
これを使って敵方を挑発するのは可能だが、それは相手の家を侮辱する事に当たる。
それをしてよいのかというと……難しいところだ。
あまり相手をバカにしたりしておると、どこかで手酷い仕返しを喰う。
正直に申せば挑発などせずに返した方が良いと思うのだが………今さら左様な事など言えぬ雰囲気じゃなぁ。
これは本当に困ったぞ?
「兄者、これを使って敵を挑発すれば良いのではないのか?
そこを罠に嵌めてやれば、鎌倉の足も完全に鈍ろう。
どうだ? 良い策だと思わんか?」
「それはワシも考えた。しかし陣幕や天幕に旗は家紋が描いてある。
これを挑発の道具に使えば、相手の家を愚弄する事になってしまう。
ワシらは帝を仰いで悪党となったのだ。心まで悪に染まったわけではない。
家紋とは即ち一族郎党でもある。それを愚弄するのは後々に禍根を残すやもしれぬ」
「むっ、確かにそれは兄者の申す通りかもしれん。
ワシらは帝を奉じておるからこそ、やってはならぬ一線というものがある。
それは事実だが……上手くいけば打撃が与えられるぞ?」
「そうなのだ。
やってはいかんという思いと、ここで鎌倉方に打撃を与えておかねばならんという思いがあってなぁ……。
どうしたものか」
本当に困ったぞ。ほぼ間違いなくこれを挑発に使えば敵は引っ掛かろう。
というより、罠があっても面目の為には進むしかない。そしてそこを罠に掛けるのは容易いのだ。
だからこそ困った事になる。戦に勝つ為ならばやった方が良いのだ。確実に。
「うーむ………背に腹は代えられんか。
仕方ない、この家紋の方には後に会えば謝罪いたそう。
今は戦だ、勝てる手があればとらざるを得ん。
七郎、門の上にこれらを掲げてくれ」
「よし、来た! お前達、すぐにこれを使って敵を誘き寄せるぞ!
来たヤツを叩けば、そう簡単には攻めて来んようになろう。
それで一息吐ける」
「「「「「「「「「「おう!!」」」」」」」」」」
七郎と兵達が陣幕や旗を掲げにいったが、あそこまで渋れば兵達とて理解してくれよう。
ワシは悩んだが苦渋の決断を下したと。
有効な策だからといって、やっていい事と悪い事はある。
そこは明確に分けねばならぬし、もしやる場合にもやり方というものがあるのだ。
確かに敵には恨まれるであろう。
しかし本当の事を言えば、左様な事はどうでもいいのだ。大事なのは味方に動揺が広がらぬこと。
味方に見限られるような真似は出来んという事にある。
ワシにとっては敵よりも味方の方が遥かに大事なのだ。
だからこそ、あのように悩んでおり苦渋の決断をした。という風に見せねばならん。
決して、勝つ為なら非道でも何でもすると見せてはいかんのだ。
それではワシについてきてくれる者は減り、一転してワシらが窮地に陥る。
それだけは何としても避けねばならぬ。
味方が崩壊などしてみろ、勝てる戦にすら勝てんようになる。
だからこそ味方の事を第一に考えねばならんのだ。
ワシはそのように考えておるが、弟はそこまで考えておらん感じじゃな。
まあ、あれはあれでよい。それが良いところでもある故にな。
…
……
………
朝になって鎌倉が攻めてきたが、その者達に対して兵が挑発しておる。
己が家紋の入った陣幕や旗を奪われたのだ、武士にとっては恥にしかならぬ。
あれは絶対に取り戻さねばならんものだ。でなければ周りから軽んじられてしまうからな。
「やあやあ、この家紋はどこのどなたの家の物かな?
昨日愚かにも追い立てられて逃げ惑ったのは、いったいどこのどなたであろうか?
我らはこの家紋を知らぬ故、皆目見当もつかぬなぁ!!」
「いやいや、そのように大声で言うものではないぞ。
今は恥ぞ噛みしめて、下を向いておるやもしれぬ。
ワシならばあまりな大恥に腹を切るかもしれん。
敵に家紋を奪われるなど、末代までの恥じゃからのう!」
「「「「「「「「「「わははははははははははは……!!!」」」」」」」」」」
あれは酷い。よくもまあ、あそこまで嬉々として挑発できるものじゃ。
湯浅殿も七郎も鬱憤が溜まっておったのか、嬉しそうに敵を挑発しとるのう。
流石にアレは、ワシには出来んわ。ワシがやってもあそこまで嬉々とした顔にはならん。
「おんのれらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
絶対に許さんぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
討ち死に覚悟で突っ込めぃ!! あやつらを皆殺しにせよ!!!」
「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」」」」
おっと、家紋の持ち主がおったらしいな。
もしかしたら恥を雪ぐ為に、今日の先陣を志願したのかもしれん。
しかしあの怒りよう、尋常ではないのう。
気持ちは分かるが、討ち死に覚悟で突っ込んでもこの城は落ちんぞ?
「撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃てーーーっ!!!」
「敵が来たぞ!! 矢を浴びせかけてやれぃ!!
そうそうにこの城が落ちる事は無いと、思い知らせてやるのだ!!!」
ドドドドドドドドドドドドドッ!!
「「「「「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」」」」」」」」
あーあー、突っ込んできておるのはよいが、逆茂木を必死になって壊そうとしておるわ。
その間に矢を受けてどんどんと死んでおる。
この堅牢な城がそうそうに落ちる事はないが、結構な所までは来るかもしれんのう。厄介な事じゃ。
とはいえ討ち死にしてでもと言うておる以上は、味方の骸を乗り越えてでも来るであろう。
問題はどこまで来れるかじゃが………城の下まで来られる恐れがあるのう。
夜中に直しておかねばならんな。
「撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃て撃てーーーーっ!!!!」
「敵は矢を受けて死しておるぞ! 次から次に射かけい!!
愚か者どもにこの城の堅牢さを教えてやるのだ!!」
ドドドドドドドドドドドドッ!!
味方の放った矢で地響きのような音がしておる。流石は新式の鏃の矢じゃ。
おまけにワシ自ら頭を下げて頼み込んだ弓。あれらの御蔭で敵兵の鎧すら貫く矢となっておる。
あの矢が落ちてくるのは恐ろしかろう。凄まじい威力になっておるからな。
作らせたワシでさえ突っ込むことは躊躇うほどの物だ。
怒りで周りが見えん者は突っ込んできてくれるが、そうそうこの矢に突っ込んできてくれる者は多くあるまい。
やはりここで最大の痛撃を相手に与えねばならんな。罠も盛大に使うか。
未だにこちらまでは来ておらぬが、こちらに来るのも時間の問題じゃな。
真に味方の骸を踏みつけて向かってきおる。
こうなれば狂乱はそうそうに治まらぬ。だからこそワシが冷や水を浴びせてやるわ。
「敵兵が来るぞ、木の罠を使う。そなたらワシについてこい」
「「「「「ハッ!!」」」」」
鎌倉の者どもが城の近くまで来はじめたので、ワシは数人の兵と共に、丸太の罠の所へと行く。
これを使えば奴らの頭に冷や水を掛けてやる事も出来よう。
この城の堅牢さを見せつけるにはちょうどよい。急いで行かねばな。
…………よし、敵兵は城の下にまで来たようだ。
しかし崖となっておるでな、そうそう簡単に登ってくる事など出来んのだよ。
だからこそ丸太の罠を仕掛けてあるのだしな。
「今じゃ、綱切れぃ!!」
ズドッ! ズドッ! ズドッ!
三ヶ所に縛ってあった綱を斧で切ると、丸太が一斉に下に落ちていく。
崖になっておるところを必死に登っていた者達に直撃し、下に落ちていくと共に兵士も下に落ちる。
丸太と兵士に潰された者は、いったいどれほどになるのか。
……あんまり下を見たくないのう。
ワシのやった事なのだが、かなりの兵が死ぬ事になったようだ。
しかしその甲斐はあったと言えよう。明らかに敵兵の足が鈍った。
流石に目の前に死体が大量にあってはな。尻込みするのは当たり前よ。
しかしそうやっておると殺されるぞ?
ドドドドドドドドドドドッ!!!
矢が撃たれて敵がさらに死していく。
これで敵も簡単には近づいてくるまい。




