0137
Side:楠木正成
大変ではあるものの、敵の攻撃を退ける事は出来た。
思っておったよりも大変ではなかった事で安堵しておるが、しかし気を引き締めねばならんな。
このまま余裕だと思いこまれて手を抜かれても困る。
流石にそのような者はおらぬと思いたいが、声を掛けておくのは大事だ。
「夜に交代で見張りを行うのを忘れぬようにな。
昼間に攻めきれなんだ敵は夜に攻めてくるかもしれんし、城のどこかに侵入しようとするかもしれん。
ここで気を抜いてはせっかく勝った意味がなくなる。
しっかりと休みつつ、しかし気を抜かぬように」
「「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」」
こういう声を掛ける事でも兵の心構えは変わる。
だからこそ声を掛ける事は大事なのだ。忘れぬように声を掛けていかねばならん。
上に立つ者こそ、こういった事が大事となる。下の者は目を掛けてくれる者が居れば戦えるものよ。
鎌倉が驕っておるのならば、しておらぬであろうがな。
「兄者、今日のところは無事に終えられたな。
後はどれだけ敵を倒す事が出来るかだが……」
「明日からは甘くはあるまい。
今日の攻めは普通であった。となると、こっちの様子を見ておったのであろう。
ワシのやり方も掴むつもりで攻めたのだとしたら、本番は明日からとなる。
余裕など無いのだ、しっかりと頑張ってくれ」
「分かっておるし、任せておけ。出来得る限り苦しめてやるわ。
今日とて熱湯をぶち撒けてやったからな、相当に相手は嫌がっておろうよ。
湯は鎧を着ておっても、兜を被っていても防げぬ。
篭城しておるこちらしか使えぬ手であるしな」
「あまり使うと薪や炭がなくなるから気をつけねばならんが、水は十分に溜めてあるし、敵兵に使うなら汚い水で十分よ。
上手く使って出来得る限りの痛撃を与える。それで敵の士気は大きく下がるであろう。
嫌な城を攻めるなど、士気は絶対に上がらん」
「それに我ら楠木の名も売れよう。
楠木に敵対すると手酷い目に遭わされる。そうなれば名だけで勝てるようになるかもしれん。
もちろん今は夢のまた夢だがな。いつかそうなる為の今だとしたら、それはそれで面白いものよ」
「だな。我ら楠木一党の旗を立てられる日も、遠くはないかもしれん。
そう思えば今の苦しみも楽しきものよ。
それでは明日の為に休まねばな。休まぬ所為で肝心な時に動けぬでは話にならぬ」
「うむ。見張りの者は日中に休養をとらせておるし、このまま戦を続ける事は可能だ」
そうだな。今のところはまだ大丈夫だ。
しかしどこかで必ず押し込まれる。援軍の当てのない篭城など必ず負けるからな。そんな事は分かりきっておる。
だからこそ、どこで逃げる事になるのか見極めねばならん。
それこそが最も大事なところだ。
…
……
………
次の日。新たに攻めて来たものの、何故か昨日と変わらぬ攻めでしかなかった。
いったいどういう事だ? このまま同じ攻めを続ければ勝てると思うておるのか?
それとも同じ攻めを続けてワシらの油断を誘う気か?
……いったい鎌倉側が何を考えておるのか分からんのう。
ま、分からぬでもワシらは守り続けるのみ。
どこまで痛手を与えられるか分からんが、鎌倉が攻めてきても我らは負けぬとなれば、それだけ楠木の名が売れる。
決して悪い事ではない。三十万を防げているのだからな。
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Side:足利高氏
「昨日、今日と金沢殿が攻めたわけだが………どうであろうか?
このまま金沢殿で良いと思うか聞きたい」
金沢殿は下を向いて項垂れておるが、これに関しては誰も何も言えぬ。
あれだけの大軍を擁しておいて、碌に城も攻められずに引き下がるしかなかったのだ。
兵の士気も落ちておるようだし、そろそろ代わりの者に攻めさせるしかあるまい。
「ならば次は私が行こう。
流石に金沢殿のところの兵は士気が下がっておる。このまま攻めさせても上手くはいくまい。
相手が戦上手である事はこれで間違いがなかろう。
前執権様とて、お怒りにはなられぬであろうよ」
「そ、そうか! まさか相手がここまでとは思わなかったのだ。
城攻めが大変なのは分かっておる。しかし上手く矢で分断されるわ、上から熱湯を落とされるわで散々だ。
あの城はその為に作られておると言ってよかろう。気を付けた方が良い」
「うむ。私も気合を入れて挑まねばならぬと思っておるよ。
流石にあの厄介な城はそう簡単に落とせるとは思わぬ。
されど落とさねば我らも帰れぬからな。何とか頑張るしかない」
さて、本当にそう思っておるのやら。己が手柄をとれるので喜んでおるのかもしれん。
ここにいるのは悉く北条家の者どもばかりだ。あまり言葉にも態度にも出さぬ方がよいな。
忌明けの事で怒っておるのは見せてもよかろう。流石に常識外れにも程がある。
さりとて、オレに北条家やそれに類する者達への忠義が全く無い事は、こやつらに悟らせるわけにはいかん。
今はまだその時ではない故にな。怒りを前面に出しておけば、その裏は読めまい。
「では、江間越前入道殿に明日からお願いいたす。これにて軍議を終わろう」
オレ達はそれぞれの軍のところに戻る。
まあ、大将はオレなので軍議の場はオレ達が着陣している場所だ。
これに関しては家柄など関係なく大将の下に集うという決まりがあるからな。
北条家だからといって文句は言えんし、自ら向かうしかない。
後は決まった事を仙太郎や黒金達に伝えて、明日の見物とするかな。
江間越前入道でも勝てるかどうかは知らぬが、勝てぬならばそれでよい。
北条の名が下がるだけで、足利の名が下がるわけではないからな。
下げるだけ下げればよい。
…
……
………
次の日。江間越前入道の軍が攻めておるが、やはり戦上手である楠木に翻弄されておるな。
あれは本当に戦上手らしい。
厄介な事だ、これでは鎌倉に帰るのがますます遅くなってしまうぞ。
それに………
「「「「「「「「「「…………ぁぁぁぁぁ!!」」」」」」」」」」
遠くからだから聞こえ辛いが、壁が剥がれて兵達が落ちておる。
どうやら壁の表に偽の壁まで用意しておったらしいな。
それを切り離した事により、偽の壁と共に下へと落とされてしもうた。
あれでは登ろうとしても、本物の壁かどうかすら分からん。
兵達は死にたくないので余計に及び腰になろうし、さらに士気が下がるな。
しかしあの城……いったいどれほど仕掛けというか、罠があるか分からんぞ。
本当に迂闊に攻められん城だ。
黒金に手伝ってもらえばすぐに落ちるだろうが、それは出来得る限りしたくない。
なので北条家の者にどうにかしてほしいのだが……これは難しいかもしれん。
予想以上であった事で、大仏は出るのを嫌がる恐れがある。
ヤツは功を得ておるのだ、その功を傷つけたくあるまい。
帝は捕縛できたが戦上手に勝てなんだとなればケチがつく。
そのような事を望む武士がいるはずもないのだからして、オレに出ろと言ってくるだろう。
面倒ではあるが、オレが出てさっさと終わらせた方がいいかもしれん。
オレも仙太郎も前に出られぬが、しかし攻めさせれば勝てよう。
オレは恥とかなど気にせん。一気に兵を送って攻め落とす。
元々そうすればよいのだ。これだけの兵が居て、相手に付き合う必要などない。
恥かどうか以前の事であり、ここで勝てねば名が落ちるだけぞ。さっさと見切りをつけねばならん。
いたずらに長引かせたところで、相手の名が上がるだけではないか。
…
……
………
結局、今日の攻めでは相手に好きにやられただけか。
とはいえ、あの城に様々な罠が仕掛けられていた事を暴いてくれた事は、十分な功と言ってよいと思う。
あれが無ければオレも楽観していたしな。そして改めて戦上手なのが分かった。
さて、江間越前入道はなんと言うのであろうか? まずは話を聞かねば。




