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式神と霊兵  作者: 田中始め
第一章 平安編
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0013




 Side:葛葉くずは



 思っているよりもイイ男で驚いたわね。

 色々な男を見てきたけど、あれほど奥底に力を秘めた男は初めてかしら?

 今は大した実力が無いみたいだけど、そんなものは、わたしが教えればどうにでもなる。


 安倍あべの晴明はるあきも人間にしては高い霊力を持っていたけど、私が出会った時には既にお爺ちゃんだったわ。

 それに顔も好みじゃなかったし。

 まあ、助けてくれた分の恩はとっくに返しているから、私を縛るものは何も無い。


 安倍家に関しては陰陽術や霊力に関して教えてやる見返りに、居候させてもらってただけだもの。

 わたしが出て行くと言っても五月蝿くは言わせない。

 そもそもだけど、わたしに教えられなきゃ駄目な時点で失格でしょ。


 本来なら自分達で継いでいかなきゃいけないのに、わたしという生き字引が居るからといって当てにし過ぎなのよ。

 ちょうどいいから、今の機会に離れるべきね。

 それにあの稀人の子はとんでもない。


 わたしでも把握できないくらいに無数の神の加護がある。

 何故あんなに加護を与えるのか理解できないわ。

 今の時点で既に現人神あらひとがみの一歩手前じゃない。

 いったい神々は何を考えているのかしらね、本当に。


 アレを監視する意味においても、近くに居るべきなのよ。

 あれだけの力を持たせたという事は、アレの近くが一番安全だという事でもある。

 だって〝稀人まれびと〟なんだもの。そういう定めを負っている。


 しかも共に戦えば神々から目をつけられても滅ぼされたりはしない。

 七尾わたしは、あの九尾の玉藻バカとは違うのよ。

 やり過ぎて殺生石せっしょうせきなんかに封じ込められる無能ではないの、このわたしは。


 …

 ……

 ………


 さて、戻ってきたわね。

 中に居るかは知らないけれど、居なかったら適当なヤツに言伝ことづてを頼めばいいでしょう。

 わたしがわざわざ待ってやる必要もないんだし。


 「ちょっといい。晴海はるうみちゃんは居る?」


 「これは葛葉くずは様。

 御当主様であれば今は屋敷内に居られる筈です。

 おそらく奥の間ではないでしょうか」


 「ありがとう。とりあえず行ってみるわ」


 どうやら晴海はるうみちゃんは居るみたい。

 あの子も実力があるのはいいんだけど、もうちょっと実戦で戦う姿を見せるべきなのよねえ。

 まあ、安倍家の当主ともなれば、公卿や公家が五月蝿いんでしょうけど。


 他の妖怪の中には朝廷を狙ってるのも居るのよ。

 誰とは言わないけれども、怨みを持っているのとかが居るから。

 本当は怨みなんて無かったのに、怨みを持つと勘違いされたのとかもね。

 アレもちょっと可哀想では有るんだけれど……。


 でもあの稀人まれびとが何とかしてしまいそうな気がするわ。

 特に崇徳と将門は不憫だから。

 片や怨みなど持っておらず、片や関東の為に行っただけ。

 ここ京の奴らは関東の事を知らなさ過ぎなのよ。

 あっちがどれだけ大変なのかを。


 「晴海はるうみちゃん、ちょっと入るわよ」


 「葛葉くずは殿ですか。

 何があったのかは知りませぬが、どうぞ」


 「じゃあ、失礼するわね」


 ガラッ!


 「っと、中で秘密のお話でもしてたのかしら? 随分と雁首揃えているわね」


 「皆で顔を付き合わせておりますが、雁首揃えるという言い方は止めてもらえませんかな。

 それで、何かありましたか?」


 「ええ。私が側室になる事にしたから、それを言いに来たのよ」


 「は? そくしつ………?」


 「そう。あの斯明かくめいの側室よ。

 いやー、見に行ったら驚いたわよ。

 人間にしては高い霊力だし、なかなかの男前だもの。

 だからわたしが側室として入る事にしたから。

 後、宜しくね」


 「は……? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ??!?!?!」


 「ち、ちょっとお待ちくだされ!! それは平民の陰陽師のところへ嫁がれるという事ですかな!?」


 「だからそう言ってるじゃない。

 あの鹿野しかの斯明かくめい殿に嫁ぐのはわたしよ。

 それに、貴方達もそろそろ正しく知識と技を継いでいきなさい。

 いつまでもわたしを当てにするんじゃないの」


 「いえ、いきなりそうおっしゃられましても、我らも困りてしまいまする!」


 「前々からずっと言ってたでしょうが。

 確かに晴明はるあきには世話になったわよ? でも十分に恩は返したでしょう。

 あんた達が求めているのは、既に恩を超えた事じゃない。

 それはそろそろ止めにしなさいと言っているの」


 「それはまあ……そうなのですがな。

 仕方ありませぬか。

 代わりにこちらからも一つだけ、お約束いただきたい事がある。

 書に纏めますから間違っておるのであれば、訂正をお願いしたい」


 「まあ、それぐらいなら良いけどね」


 「ご、御当主様! 正気でございますか!? 安倍家の陰陽術は口伝にて伝えるもの。

 それは晴明はるあき公がお決めになられた事ですぞ!!」


 「晴明はるあき公がお決めになられたは、子々孫々に渡るまで違えずに継ぐ事である。

 必ず口伝にて残せとは言われてなどおらぬ。

 当時は誰に盗まれるか分からなんだから、口伝にて残されたのだ。

 それだけでしかない」


 「し、しかし………!」


 「それに盗まれたら盗まれた時よ。

 その時は、それは安倍家の術であるからして、安倍家の技と名乗れとでも言えばよい。

 安倍家も賀茂家も陰陽術の大家たいかであるが、主流となっておるは芦屋流ではないか」


 「それは……」


 「有象無象に教えるとは言わぬが、このままでは何ぞあった時に安倍流が潰えかねん。

 その危機は常に当主が考えてきた事よ。

 そういう意味では、晴明はるあき公は芦屋あしや道満どうまんに負けたと言えよう」


 「何という事をおっしゃるのですか!?」


 「事実じゃ。

 芦屋あしや道満どうまんが死すとも芦屋流は死しておらぬであろう。

 今も生き続けておる。そうではないか?」


 「「「「「………」」」」」


 わたしは嫁げればなんでもいいし、そもそも人間の許しなんて要らないのよ。

 晴海はるうみちゃんは分かってるみたいだけど、こいつら分かってないわねえ。

 わたしが世話になったのは晴明はるあきであって、お前らじゃないのよ。

 いったい何を勘違いしているのかしら。


 「書にして安倍流は残す。これは当主である私の決定だ。

 文句のある者は安倍家から離れるがよかろう」


 「いえ、そこまで反対しておる訳ではありませぬ」


 「私も、そこまでは反対しておりませぬ」


 口々に言うけれど、そもそも官位と官職を与えられているのは安倍家であってこいつらじゃない。

 所詮はどこまでいっても安倍家の家臣でしかないわ。

 その程度の連中が口出ししてるんだものねえ。

 晴海はるうみちゃんも面倒でしょうよ。


 「では、暇があれば書に記していくとするか。

 それと葛葉くずは殿、安倍家からの輿入れになりますので体裁は整えますぞ?

 たとえ斯明かくめいが裕福でなかろうともです。

 安倍家として体裁は守らねばなりませぬ故に」


 「しょうがないわねえ。

 人間の婚礼って、あの面倒臭いのでしょう?

 どうして夫婦めおとになるのに、あんな無駄な事をするのかしら」


 「仕方ありませぬ。我が安倍家も公家の一家なれば、守らねばならぬものはあります。

 とはいえ斯明かくめいが裕福ではありませぬ故、そこまで華美なものにはなりませぬが……」


 「むしろ無くていいぐらいだから、気にしなくていいわよ。

 それより面倒な事を言ってくる奴らが居るから、そっちの方が大変でしょうに」


 「あれらは問題ありませぬ。

 葛葉くずは殿を利用してよからぬ事を企んでおるだけの事。

 本日は午後より駿慶しゅんけい殿と参内し、主上に奏上する事になっております。

 その時に主上と摂家の耳に入りまするからな」


 「向こうが牽制してくれるって訳ね。

 まあ、あれらも愚か者の統制に苦労してるみたいだし、お互いに足の引っ張りあいをしている暇も無いみたいじゃない」


 その方が平穏でいいけどね。あいつら碌な事をしないから。


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