0129
Side:大仏貞直
私の思った通り、風は夕方になっても止むような事はなく、それどころか少し雨が混じるようになった。
しかし少しの雨でしかないので、そこまで大きな影響は受けまい。
ようやくだ、待ちに待った反撃の時がようやく訪れる。
随分と待たされたが、それも今日で終わりだ。
「皆の者、軍議に集まってもらってかたじけない。
しかし諸将の腹に溜まったものを、ようやくぶつける時が来た。
この風は夜になっても止む事はあるまい。我らは夜になったら笠置山に火をつける。
幾ら要害の笠置山とて、今の時季に火が回ればよく燃えよう。
後は諸将の奮戦のみである」
「火をつけるのか? 笠置山の上には帝がおられるのだぞ」
「大丈夫だ。そもそもそこに火が回る前に帝は逃げられる。そこを捕縛すればよいだけだ。
何より周りの者が逃がすであろう。そこを確実にこちらが捕らえる。
それに要害たる笠置山から出さえすれば、後は簡単に勝つ事が出来るのだ。
あそこに篭もられる事だけが厄介なのだからな」
「それはまあ、そうであろう。ワシはこの策に賛成じゃ。
さっさと終わらせて帰りたいからの」
「ワシも賛成だ。いい加減この戦も終わりにさせてもらいたい。
兵のやる気も既に無いし、ワシらとてやる気も無くなっておる。
ここで一気に終わらせてしまうべきであろう。
ついでに今までの鬱憤を叩きつけてくれるわ」
「そうだ。どうせ火をつけられれば、奴らは篭もる事が出来ん。
出てきたところを皆殺しにしてくれようぞ。今までの全てを叩き返すようにのう!」
皆も口々にやる気のある言葉を言い出した。
どうやら今までの鬱憤を叩きつけられるというのが嬉しいみたいだな。私にとっては何でもいい。
ここで勝利し、戦を終わらせられれば何でもいいのだ。
それでは準備をしてもらおうか。火攻めの準備をな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side:千種忠顕
今日も無事に鎌倉を叩き返せたので、やれやれというところだ。
諸将の間では、ワシは勇なき者と言われておるようだ。むしろワシを大将から下ろそうという気配すらある。
まあ、下ろすなら好きにすればよい。そうなればワシは堂々と山を下りる。
このような奴らと付き合いきれるか。
ヒュー、ヒュゥー……
風が強い日だ。雨も多少降っておるので、寝にくくて仕方がない。
しかしそれでも眠らねばならぬ。大将は未だワシなのだ。
眠れず頭が碌に動かぬので勝てませんでは、天下に恥を晒してしまうわ。
そうなるくらいなら眠って英気を養わねば。
ヒュー、ヒュゥー……
それにしても五月蠅い風じゃのう。寝るに寝れんではないか。雨も降っておるのが余計に腹立たしい。
眠りの邪魔をされても困るのだがな。強いて言うのであれば、敵も眠りにくいという事か。
明日は然したる攻撃もあるまい。眠れぬではまともに戦えんからな。
ヒュー、ヒュゥー………敵襲だー!!
「!?」
なに!? 敵襲じゃと! そんなバカな、このような風の強い……風の強いだと!? しまった、もしや火攻めか!?
ワシは天幕の外に出ると、敵を調べられるところに出て様子を見る。
すると明かりがポツポツと見えたので間違いない。
奴らこの風を利用して火攻めをしてこようとしておる!
このままでは笠置山に火が回って戦いどころではなくなってしまうぞ。
焼けた山など丸裸にしかならん。それでは今までのように戦う事など出来んのだからな。
確実に敵が攻めてくるが、厄介な状況だ。特に闇に乗じて攻めて来られると防ぐのが難しい。
ここは帝の御身を守る為に、すぐにも逃げる事を具申せねば。
とにかく急ぐしかあるまいな。このままでは負けて終わりだ。
…
……
………
「すぐにお逃げの準備を! 敵は笠置山に火をつけておりまする。
このまま火攻めにされれば逃げるところがありませぬ。
まだ火が回っていない今の内に逃げねば、捕まるしかなくなりまする」
「そ、そうじゃの。逃げねばなるまい。
それにしても千種の申した通りになったのう。
重ね重ね、そなたの申す事を正しく聞いておれば良かったと思うわ」
「それは今言っても詮無き事でございますれば、今は楠木の城である赤坂城までお逃げを!」
「うむ。急ぐぞ、逃げねばならぬ」
「「「「「ははっ!」」」」」
ワシはしょせん武士でしかないからな。帝と共に逃げる事は出来ぬ。
せめて少しでも敵を蹴散らして、帝が逃げる時を稼がねば。
既に逃げる際の場所は決めてある。後はそこに先回りして敵兵を倒すのみよ。
それでは行くか。
手勢を連れて決めてあった逃げ道に居る鎌倉の兵を倒す。
ワシも逃げねばならんので仕方がないが、帝は無事に逃げられたであろうか?
っと、今は己の事を優先せねばならん。帝の御身は側近の方々が守っておられよう。
そう信じるしかないな。
「ふんっ!!」
「ぐぁっ!?」
まだまだ甘いわ。このような夜中に長い槍を持って山に登るなど阿呆か。
木々を上手く使われれば槍など邪魔にしかならんのだ。素早く近づいて脇差で突く方がよっぽど早い。
しょせんは戦も知らん者どもか。
「そなた名のある者であろう。ワシは京の都はきぶぉ!?」
「阿呆か。長々と喚いておる暇があるなら、さっさと殺せ。目の前におるのは敵ぞ」
何を考えておるのか知らぬが、源平の頃ではないのだ。
わざわざ名を名乗りあう事などするわけがなかろう。
元寇の時に左様なしきたりなど無くなっておるわ。愚か者め。
とはいえ、そんな愚か者であった御蔭で助かっておるのだがな。
それはそうと、このまま行けば笠置山から出られそうだの。
今のうちに赤坂城まで行かねばならぬ。
帝が行かれる以上はワシも行かねばならぬからな。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
Side:金沢貞冬
「行け行け行け行け行けーーーーっ!!
笠置山に篭もる愚か者どもを纏めて始末するのだーーー!!!」
帝の事は大仏が何とか致すであろう。それよりも私は敵を倒した手柄をとらねばならん。
このままでは何の役にも立たなんだと前執権様に報告をされてしまう。そんな事になれば終わりだ。
そうなる前に確実に手柄を挙げておく必要がある。
兵を率いて奮戦したとなれば、流石にお怒りにはなられまい。
まさか軍を発したにも関わらず、ここまで苦戦するとは思わなんだわ。こちらは七万で攻めておるのだぞ。
にも関わらず今日は九月の二十八日。ここまで何も出来ずに攻めあぐねるとは思わなんだ。
武士として恥でもあるが、それ以上に色々とマズい。
唯でさえ鎌倉の名が落ちているかもしれぬ時に、このような事になるとは。鎌倉の名が落ちた責すら私の所為にされかねん。
特に内管領の長崎は何をしてくるか分からん。家の為にも手柄を立てておかねば。
「行け行け行け行け行けーーーー!!! 向こうは混乱して戦どころではないぞーー!!
今ならば武功の取り放題である!! 行け行け行け行け行け行けーーーっ!!!」
とにかくひたすら声を上げて攻めさせねば。
もはや総掛かりと変わらぬが、それでも勝てば良いのだ。
負けるよりは遥かに良いし、勝ったのであれば文句も言えまい。
せめて家に迷惑が掛からぬようにせねば。
私が家を傾けた者などと言われとうないからな。
何がなんでも手柄と言える物を手にせねばならん。何としてもだ。
その為にも攻めて攻めて攻めねばならんのだ。
我が家の為にも頼むぞ、兵ども。




