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式神と霊兵  作者: 田中始め
第二章 南北朝編
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 Side:大仏(おさらぎ)貞直



 まさかここまで戦が長引くとは思ってもおらなんだ。

 こちらは七万もの軍勢なのだ、容易に勝てるであろうし、相手は軍勢を見ただけで総崩れになるのではとすら言われておった。

 にも関わらず、笠置(かさぎ)山は未だに落ちる気配が無い。


 戦が始まって既に二十日が過ぎた。

 もはや兵にも戦を嫌がる者が出始めてきたし、無駄に死人を出すだけでしかないからであろう、攻めに出るのを拒む者すら出る始末。

 このままではマズいのだが、上手く攻める手が無い。それさえあれば一気に行くのだが。


 「おい、このままではマズいぞ」


 私に話しかけてきたのは金沢北条家の金沢(かねさわ)貞冬だ。

 言いたい事は分かるし、私もこのままで良いなどとは思っておらん。しかし決め手が無いのだ。

 向こうは要害である笠置(かさぎ)山を上手く使って守っておる。それ故に隙が無い。


 「そう言われてもな、上手い攻め手が無いのだ。

 相手は地形を使って上手く守りておる。

 おそらくは地元の武士か猟師でもおるのであろう。簡単に攻めて勝つなどという事は出来んのだ。

 出来るなばとうにやっておる。しかしこちらには地形に精通した者がおらん」


 「それが分かったから何なのだ。

 今大事なのは我らが勝つ事と、早く勝利で戦を終えねばならんという事ぞ」


 「そんな事は言われずとも分かっておる。

 しかし上手くいく決め手が無いと言うておるのだ。

 あるのであれば言えばよい。そなたとて無いのであろうが」


 「………」


 ほらみろ、己とて策も無いのであろうが。いちいち喚くだけなら猿でも出来るわ。

 その程度の事しか出来ぬのであれば大人しくしておれ。

 こちらは己の守役などではないのだ、いちいちこちらに言うてくるな鬱陶(うっとう)しい。


 しかし、何かがなければ戦の状況は変わるまいな。

 ここは我慢をするしかないが、いつか機会は訪れるはずだ。常に負け続けるなどあり得んのだ。

 たとえ僅かであろうとも、その好機を掴まねば。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 Side:千種(ちぐさ)忠顕



 相手の将が誰かは知らぬが、凡将や愚将ではないらしい。

 今はこちらに何も出来ぬらしいが、じっと時を待っている気配がする。なんだか嫌な予感がせんではない。

 既に戦が始まって二十日。そろそろ何かしらの動きが出てくるやもしれん。


 戦とは長く続くと色々と移り変わるのだ。

 その移り変わりを上手く掴めば勝利を得る事も出来る。

 しかし相手に掴まれてしまえば、逆にこちらが敗走しかねん。

 そんな移り変わりが来るのかもしれんな。


 「皆の者には今一度、兜の緒を締め直してもらいたい。

 戦は長く続くと移り変わる時がある。ワシはそれがそろそろ近づいてきておると思うのだ。

 このままでは行かぬような、そのような気配がな。

 だからこそ今一度、気を引き締めねばならぬと思うておる」


 「しかしな千種(ちぐさ)殿、鎌倉方はもう士気も落ちに落ちておる。

 攻めも散逸したものになり、それも(まば)ら。既に戦が嫌になっておるのが目に見えて分かるほどよ。

 あれでは幾ら頑張っても我らを打ち倒す事など出来ぬ」


 「左様、左様。

 もし鎌倉が今一度気合を入れて来たとしても、我らが蹴散らしてやればよい。さすれば敵兵も逃散いたそう。

 そうなれば鎌倉の名も落ちて終わりよ。そなたが申しておった通り、譲歩した和議を結ぶしかなくなる」


 「うむうむ。大将として言わねばならぬのは分かるが、もう少しで我らの勝ちであろう。

 向こうの兵糧も相当に失われておるはずじゃからのう。七万もの飯はどれほどの物なのやら」


 「負け戦で使うのは勿体のうございますなぁ!

 うはははははははははは……!!」


 「「「「「「「「「「ははははははははははは!!」」」」」」」」」」


 こやつらも駄目だな、何も分かっておらんわ。

 未だに七万が目の前におるという事を、何故(なにゆえ)そうも軽んじられるのだ。

 まだ、目の前に、七万もの軍勢がおるのだぞ!

 それを笑うとは、豪気を通り越して唯の愚か者だな。


 この者達を見ておると、ますます負けそうな気がしてくるわ。

 どんな大軍をもってしても、油断をすれば負けるのだ。それは古今東西において当たり前の事ぞ。

 しかもこちらは少数の側なのだ。その少数の側が大軍を見て油断するなど、愚かの極みであろうが。


 まったく、頭の悪い者が多いと嫌になるわ。

 それでも戦わねばならぬのだから仕方がないが、これは本格的に逃げる事を考えておかねばならんな。

 しかしワシが言うたとて、帝が聞き入れてくださるかは……


 いや、やるしかあるまい。最悪だけは避けねばならぬからの。

 そうと決まれば、帝に取り次いでいただかねばならぬ。


 …

 ……

 ………


 「ふむ。味方が油断しておる故に危険である、か。

 確かに言いたい事は分からぬではないが、果たして本当にそうなのか?」


 「それがしの今までの戦の経験では、そろそろ戦の移り変わりが来ると思うております。

 長く続くと何かしらの変化が起きるものであり、負けておればそれをジッと待つのですが、我らの方が勝ちておりまする。

 その変化を敵が掴みますと……」


 「こちらが負ける事もあり得るという事か。

 ……して、千種(ちぐさ)よ。そなたは何が言いたい?」


 「はっ! 逃げる事になるかもしれませぬ。ですので、その御覚悟だけはお持ち下され。

 その時が来たらば、急いでお連れ致さねばなりませぬ故に」


 「なるほどの。相分かった。

 そのような事になるとは思えぬが、その方の言じゃ。聞いておこう。

 下がってよいぞ」


 「はっ! 失礼いたしまする」


 ………あの様子であれば、ワシの事を心の弱い者とでも思うておられような。

 戦には慎重であり臆病な方が良いのだ。

 それぐらいでなければ勝つ事など難しいのだが、その事を分かっておる者は多くない。

 これは本格的にマズいな。


 もはや油断が蔓延しておる。

 いつまでも、これが続くと思う方が間違いよ。必ず何かが起きる。

 その時に慌てても手遅れだというのに……。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 Side:大仏(おさらぎ)貞直



 九月の二日から始まった戦も、今日で二十六日目。

 ついに九月も二十八日になってしまった。しかし、遂にこちらに好機が訪れたのだ。

 この日、昼過ぎから少々強い風が吹いてきた。

 もしかしたら夜半まで吹いてくれるかもしれん。


 そうなればこちらにとって幸いな風となる。なんとか夜まで吹いてくれぬものか。

 いや、それよりも吹くと考えて用意をしておくべきだ。その時になって用意しようとしても遅い。

 今ならまだ間に合うであろうからな。


 私は近くに居た者に指示をし、ある物を集めさせる。

 そうやって用意をしていると、またもや金沢北条家の者がやってきた。

 また当たり散らすのかと思っていたら、何やら違うらしいな?


 「そろそろ本当にマズいかもしれん。

 十月に入れば陣払いをさせてもらうと言うてきておる者がおるのだ。

 そうなってみろ、ますますこちらは厭戦(えんせん)気分が広がってしまう。

 このままでは、どのような責をとらされるか……」


 ここに来て弱気になっただけか、下らん。

 やはりこやつは役に立たんな。少なくとも戦で役立つ者ではない。

 策を明かしてもよいが、こやつ味方にも喋りそうなのがな……。

 面倒になるから、まだ黙っておいた方がよかろう。


 「そのように悲観せずともよかろう。それこそ十月に入る前に総掛かりをすればよい。

 そうなれば先陣を切る者も出ようし、後は流れでどうにでもなる。

 出来ればやりたくはなかったが、笠置(かさぎ)山の堅牢さを舐めておったわ」


 「七万で総掛かりをせねば勝てなんだと言われるな。それでも負けて和議を結ばねばならぬよりはマシか。

 そのような事になれば斬首されてもおかしくはないが、私はそのような事など御免だ」


 何もしておらぬ分際で、ようもそのような事が言えたものだな。

 もちろん全く何もしておらぬ訳ではないが、こやつのやっておった事は諸将の愚痴を聞いておったくらいよ。

 それはそれでありがたいし、風除けにはなったがな。


 しかしそれも今日で終わりよ。後は風を頼んで待つのみ。


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