0125
Side:黒金
千寿王が産まれてから、もう七ヶ月が過ぎた。
今日は元徳三年の一月二十九日だ。
少し前にまさかの事が起きた。
それは先代の執権が、内管領である長崎高資を殺そうとしたらしいんだ。
先代の執権はその事を否定していて、自分はそんな事を考えていないと言ったらしい。
とはいえ、相当に執権と内管領の間は悪くなった。
元々からして好き勝手をしていたから良くないんだけど、一段と悪くなってしまったみたい。
「流石に内管領も命を狙われたとなれば話は別じゃろう。
ゴホッ! ゴホッ!」
「大丈夫ですか、父上? 今年になってから、少し元気がありませぬが……」
「まあ、ワシもいい歳なのは間違いない。
いつ死ぬかは分からんからの、そなたも継ぐ用意はしておけ。
まだまだ死ぬ気は無いが、その時がいつ訪れるかは分からんからの」
「………分かりました。
とはいえ父上が亡くなるまでは父上が当主をお続けくだされ。
それがしは、それからで良いので」
「そうか……分かった。
ならば最後までワシが務めさせてもらうかの。
それはともかく、前執権様が関わっていないとしても、側近連中がやろうとしたのは間違いあるまい。
前執権様に何もなくとも、側近連中には何かあろう」
「でしょうね。流石に内管領としても何かしなければ示しがつきませぬ。
黒金ではありませぬが、舐められたら負けなのは変わりませぬので」
「じゃの。殺すという事は無くとも、配流というのは十分にあり得る話じゃ。
側近が居なくなれば、また前執権様の力は落ちる。
今の執権様の力も強くはないからの、内管領は嫡流を変える気かもしれん。
自分の操りやすい者にの」
「我が金沢北条家ですか……。
内管領に都合よく使われる事を望むなどないと思うのですが、嫡流になれると囁かれると乗りかねないのが何とも……」
「赤橋家が嫡流じゃが、庶流も嫡流になれる機会を狙っておるからのう。
決して嫡流が変わるという事が無いわけではない。
嫌な事ではあるが、起こり得ると考えておかねばならん。
でなければ、我が足利家の権勢も傾きかねんでな」
「家を保つというのは大変ですね。改めてそう思います」
「それこそが祖先が続けてきた事であり、そなたらが継ぐ事だ。
足利の家を盛り立てよ、とまでは言わぬが、落ちぬようにせよ。
我が足利家は北条家の次の家格の家じゃ。
これ以上は上がないと言っていい。
それ故に有象無象に落とされる事があってはならん。
よいな?」
「「はっ!」」
義観さんはちょっと体調が良くないようだ。
でも僕には神様の眼があり、そろそろ義観さんが死ぬ事は分かっている。
もちろん誰にも言わないけどね。
言ったところで意味ないし、そこまで視えるというのも問題だ。
実際には視えるというより、神様が教えてくれるのが正しいんだけどさ。
それでも人の死ぬ時期が分かるというのは駄目だよ。
神様から聞かされたところで、僕は表に出す気は一切ない。
人の死ぬ時期が分かるなんてのは絶対に駄目。
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今日は元徳三年の五月三日だ。
なんと、とんでもない報せが鎌倉に齎された。
それは後醍醐帝が本当に鎌倉を滅ぼそうとしているという事だ。
どうやら、とうとう本当の事になってしまったらしい。
もしかしたらと思ってたけど、本当にやるとはね。
「この一報を受けて、今回はすぐに追討使を派遣する事を決めたらしい。
決まったのは長崎高貞じゃの。
とりあえず京の都に行って調べるらしいが、今回も六波羅への密告じゃからのう」
「それでは前と同じく信用できないのでは? 挙句に六波羅が勝手な事をしているやもしれません。
むしろ軽々に動くなと言わねばならないと思います」
「それがのう……今回は六波羅に密告した人が人なんじゃよ。
帝の側近である吉田定房からの密告なのだ。
帝の側近からの密告では、流石に前と同じには考えられん。
そうじゃろう?」
「帝の側近がですか……。
朝廷内、ではありませんね。
幾らなんでも帝の側近が帝を陥れるような讒言は致さぬでしょう。
という事は……」
「おそらくは間違いないじゃろうな。
前回の事が余程に腹に据えかねられたのであろう。
実際、文の内容は激怒しておられる御言葉からであった。
なにせ<逆鱗以て甚だし>じゃからの」
「そこまでの怒りが、帝の反鎌倉の原因という事ですか。
だとすれば六波羅と内管領と外戚の所為ではありませんか。
本当に碌な事をしませんね」
「今更それを言っても詮無き事ではあるが、しかし後から見れば痛恨事であった事は間違いない。
帝が反鎌倉を言われるなど、日の本が割れる大戦になる恐れすらあるのだ。
その原因を作り出してしもうたのだからの」
それを聞いた皆が溜息を吐くが、それも仕方がないだろう。
鎌倉の不手際で帝が反鎌倉になるとか、笑い話にもならないよ。
まったく。
まだ本当にそうかは決まってないけど、今回は流石に事実だろうなと僕も思う。
前回の事を有耶無耶にしたのが失敗だろうね。
帝は真の下手人を見つけろと言ってきてたんだし、それをしなかったのは鎌倉だ。
もちろん<大覚寺統嫡流>や<自明院統>で間違いないと僕も思う。
しかし今度はそれらを処罰できるのかって話になるんだ。
朝廷の偉い連中は処罰するのが難しい。
特に面倒な事になりかねないから、及び腰になったのも分かる。
僕だって同じ立場なら御免被ると言いたいだろうしね。
というか、最初はどっちかが後醍醐帝を潰そうとしたんだろうけど、それに対して鎌倉を利用して逆に両者を潰そうとしたんじゃない? 後醍醐帝は。
もしそうだとしたら、<大覚寺統庶流>も<大覚寺統嫡流>も<自明院統>も変わらないとしか思わないよ。
迷惑だから揉め事は朝廷の中だけでやってよとしか思わないね。
正直に言って鎌倉に持ってこられても困るんだよ、あそこの争いなんてさ。
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今日は六月の二十三日。
京の都で後醍醐帝が鎌倉を倒そうとしている話だけど、未だに続報が聞こえてこない。
京の都に行った連中は取り調べをしてるんだろうけど、ここまで続報が無いとまた讒言だったんじゃないかという気がしてくる。
それとも取り調べがなかなか上手くいかないんだろうか?
朝廷や公卿に公家が相手だと面倒くさそうだし、簡単にはいかない気がするもんね。
あいつらの相手なんてしたくないし、なら時間が掛かっても仕方ないか。
「相変わらずだが、黒金の公卿や公家に対する言葉は容赦がないな。
そういう方々なのであろうし、そうでなければ生き残れぬのであろうが……」
「仕方あるまい。
我ら武士でさえおらぬ世から生きておられる家だ、我らの事など成り上がり者としか思われていまい。
なればこそ、そのように嫌われるのであろう」
「公卿や公家は武士を嫌っており、だから武士も嫌うという事ですか。
分からぬではありませんが、それって争いを止めぬ野蛮な者としか思えません。
それを分かっておられぬのでしょうか?」
「我々は別。そのようなところではないか?
下々の者は言う事を聞いて当然、我らのやる事に口を出すな。そんなところであろうよ。
下らぬとしか思えんがな」
誰がやっても同じであり、野蛮な事は野蛮な事なんだけどね。
公卿や公家は頭がおかしいから、そんな事も分からないんじゃないかな?




