0119
Side:桜
私が人間の町で暮らすようになって十日ほど経った。
それまで山の中で暮らしてきて色々と苦労もしてきたけど、人間の町は思っていたよりも快適ねえ。
もちろん足利って家が大きな家だというのは分かるけど、それでも快適よ。
近くに霊玉を売るところがあるし、小さい連中は町に近づいてくる。
そいつらを狩れば済むんだから楽なもの。
ただし人間の陰陽師という奴らも居るから、私だけがたくさん狩ると五月蠅いでしょう。
とはいえ私の場合は黒金と一緒に山の方に行ってるし、たまに又太郎と赤橋の方とも一緒に行ってる。
仙太郎は又太郎がいる時にしか一緒に行かないんだけど、それは色々と家の仕事をしているからみたい。
なら又太郎の方が忙しくないとおかしいでしょうに、又太郎は息抜きと称して山に行きたがるのよね。
まあ、妖怪を太刀で斬れるから戦えるのは確実だし、足手まといにならないからいいけど。
これで足手まといになるようなら絶対に来るなと言うところだけど、妖怪の位置も分かるし戦えもする。
予想外に色々と出来るみたいで、せっかくの黒金とのひと時を邪魔してくれるのよ。
とはいえ居候してるところの次期当主だから我慢はするけどさ。
赤橋の方に関してはいいのよ。
又太郎の鬱陶しい目線を妨害してくれるから。
それに又太郎が絡んでくる時には確実に居てくれるしね。
私も結構助かってるわ。本当。
それはともかくお肉を切らさないようにするには、毎日なにかの肉を手に入れないといけない。
まあ、熊とか鹿とか猪が獲れればその限りではないんだけど、鳥とか蛇とかじゃすぐになくなっちゃうのよねえ。
結構な人数で食べるからなんだけど、家臣まで言い出したらと考えたら今の人数で限界かしら。
これ以上肉を食べる人数が増えたら厳しいわ。
幾らなんでも限度があるし、食べ尽くしたら居なくなってしまう。
海に行った方がいいかしら?
でもねえ。海の水は段々と冷たくなってくる頃だし、今でギリギリぐらいかしら。
いえ、既に入れないぐらい寒いか。
黒金が水兵を出して、魚だけ獲らせるとかどうかしらね?
もしかしたら上手くいくかも。
「水兵で魚をねえ……。
確かに獲れるか獲れないかで言ったら獲れるだろうけど、そう簡単な事じゃないと思うよ。
言ってみなきゃ分かんないけどさ」
「だったら行ってみましょうよ。
熊が獲れてるから今日一日は山に行かなくても大丈夫でしょう?
上手く行いけば肉だけじゃなく魚も手に入るわよ?」
「んー……確かに言われてみればそうなんだよねえ。
じゃ、海まで行ってみようか。
何気に壇ノ浦以来だから久しぶりだし、既に梶原とかいうヤツも居ないから大丈夫でしょ」
「黒金を海に蹴り落したってヤツね。
碌な事をしないと思うけど、バカなヤツってそんなものかしら?
流石に義観も仙太郎も呆れてたわよ、又太郎はそういうバカも居るって言ってたけどね」
「実際に又太郎の言ってる事は正しいんだよね。
ああいうヤツって良い悪いじゃなくて居るからさ。
忘れてたっていうか、ああいうヤツだと見抜けなかった僕も悪いんだろう。きっと」
「そうかもしれないけど、流石に子供を海に蹴り落すのは無いでしょ。
結果的に家も自分も大恥を晒しただけじゃない。
息子と共に活躍したはずが、自分で名前を落としてるんだから、笑い話にもならないわ」
「それは僕が落ちた後だけどね。
とはいえ斬首されたって事は、罪は確定したんだし、確実に始末されてる。
あの当時、軽い罪で済ませて、後で暗殺って事もあったのにね。
しっかりと斬首したみたいだよ」
黒金と一緒に屋敷を出て町の中を歩く。
外に出ないと影兵を出せないから仕方がないんだけど、それでも歩くのは悪くないわ。
こうやってのんびりするって、私には無かったからでしょうけど。
山の中に住んでいる時は、鬱陶しい小さな妖怪に襲われる事が多かったから、それが心労になってたのよねえ。
あいつら雨後の筍のように湧いてくるから、本当に嫌になる。
人里なら気にする必要もないし、黒金の霊兵がどうにでもしてくれる。
本当に気楽に居られて助かるわ。
今までこんなに気楽に居られた事って無かったもの。
このままずっと続けばいいと思うわ。
まあ、そんな事を考えたら突然なにかが起きるかもしれないし、考えるのは止めておきましょう。
海の方に向かって黒金の黒馬で駆けていく。
海まで遠いわけではないし、そこまで時も掛からずに到着した。
当たり前だけど誰も居ないわね。
漁師は近くの村に居るでしょうけど、ここは漁師村からも外れてる場所。
だから本当に誰もいない。
黒金は砂浜から海に近づき、そこで水兵を出す。
聞いていた通りに大蛇が出てきたけど、それが一つになって八つの首を持つオロチに変わった。
正式な八俣遠呂智は水神らしく、これは偽物でしかない。
それでも見た目は八つの首を持つ巨大な蛇なのよねえ。
そう思ったら、黒金から大きさは変えられると言われたわ。
体の大きさが変えられるなんて便利だと思うけど、その辺りが霊兵だと感じる。
「水兵、魚を獲ってきて」
「「「「「「「「!!!」」」」」」」」
大きなオロチは海までゆっくり移動したけれど、海の中に入った途端、凄い速度で泳いでいったわ。
何か尻尾の辺りから水を出していたような……? もしかして水を出して移動してる?
蛇ってウニョウニョ移動するんじゃなかったのかしら?
そんな事を考えていたら、オロチが帰ってきたわ。
何かあったのかと思ったら、八つの蛇の口すべてが魚を銜えていて驚く。
あっという間に獲ってきたのね。
その魚を受け取った影兵は、自分の体の内側に魚を取り込んだ。
ズブズブと体の中に埋め込まれていく様は奇妙だけれど、あれでいつも寝ていると思えば特になんとも思わないわね?
影兵から魚を受け取った黒金は、包丁を取り出して切っていく。
魚には鱗があると言おうと思ったんだけれど、影兵が出した魚には鱗が一枚も無かった。
おそらく影兵がすべて取り除いたんでしょうね。
だからこそ一度体に埋め込んだのだと思う。
相変わらずだけど、影兵は霊兵の中でも妙な能力をたくさん持つ。
影だからでしょうけど、あれだけが色々と反則的なのよ。
他の霊兵はそこまでおかしくないんだけど、あれだけがどうしても、ねえ……。
それはともかく魚を預けたオロチが海に行っていたんだけど、またもや戻ってきた。
そして八つの頭の口には、またしても魚が。
どれだけ早いのかと思うけど、それだけ魚がたくさん居るって事でもあるのか。
魚が居なければオロチだって獲ってこれないんだしね。
となると、それだけの魚が居るって事でしょう。
黒金が腹を切って内臓を取り出したり、頭を落としたりしているけど、その後は影兵の体の中に戻しているわね。
あそこで冷やしているとはいえ、食べ物が簡単に冷やせるというのもビックリするわ。
幾らなんでも普通はあり得ないんだけど、黒金の霊兵だと当たり前にやるのよ。
不思議で仕方がないけど、これって良いのかしら?
神様方が過保護な気がするけども、そう思うのは私だけで、普通の稀人ってこんな感じなの?
なんだか違う気がするのだけれど、普通の稀人がそもそも分からないし……。
おっと、さらにオロチが銜えてきたけど、流石にこれで終わりみたいね。
三回で二十四匹、十分すぎる程に手に入っているし、たくさん持って帰っても邪魔になるだけだものねえ。
黒金もオロチを仕舞ったわ。
「それにしても短い時間でたくさん獲れたわね。
もっと海に来たら良かったんじゃない? 魚を干物にしなくてもいいんでしょ?」
「そうみたいだね。
冷たく冷やしておけば結構長く保つみたいだし、一人一匹でも三回は食べられるよ。
十分すぎるんじゃないかな? そもそもお肉だって一日に一回ぐらいだしね。
それ以外は普通の食事だし」
「朝餉も昼餉も肉が入ってるじゃない。
まあ、少しだけど」
「そうなんだよ、少しなんだよね。
お肉を食べるんじゃなくて、味付けというか出汁みたいにして使ってる。
もちろん悪くはないんだけど、でもお肉を食べるって感じじゃないでしょ?」
それはそうでしょ。
朝とか昼はお粥とかが多いんだし。




