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【28】鼓動(最終話)

 私は、会いたくなかった。

 しかし、こうなったら、逃げ回っても仕方がない。問題の先送りに過ぎない。

 私は観念してとぼとぼと歩き、生協から道を挟んだ中庭に場所を移した。


「あのデスゲームの続きの話が聞きたいの? でもね、先に言っておくけど、私は、親切に全部を教えてあげるつもりはないよ。そういう好奇心って、デリカシーの無いマスコミと一緒だと思うよ」

「ごめんね。嫌がってるのに会いに来て。どうしたらいいのか、俺も悩んだんだけど。城野さん怒ってるみたいだし、ごめん」

「怒っては、ないよ……」


 謝られるのは、何だか違う気がする。


「座る?」


 ベンチを指す。しかし、平之季君は首を振り、「どうぞ」と返してきたので、私だけ座った。

 冬枯れの中庭には、落葉も済んだ桜の木くらいしか生えておらず、気を逸らす振りも難しい。私はベンチに座ったまま、顔色を窺うように、平之季君を上目遣いに見た。


 こうやって平之季君と再会してみると、あの時のことが、まるでつい最近の出来事だったように思い起こされる。でも、実際にはもう半年も経過している。


「嫌な経験だったから、もう、思い出したくないんだろうな、と思ったし、俺も、そうしようかな、と思った。でも、城野さんのことは忘れたくなかったんだ。それに、城野さんは雪見さんとは、会ってるみたいだから、やっぱり、俺だけ特別に避けられてるんだな、と思って。嫌われたままなのは、何ていうか……うん……」


 嫌ってるわけじゃない。確かに、嫌いだから会いたくない、と伝えてもらったけれど、嫌いなわけじゃなくて……。

 怒ってない。嫌いじゃない。

 そう言いながら、私はあのことを、一部分だけ根に持っている。


 互いに殺し合ったことによる憎しみじゃない。

 あの時のことは、仕方がなかった。

 私がしたことも、平之季君がしたことも、とても特殊な状況における、極限の選択だった。


 ただ……────最後に平之季君が王様になった時に、私にした命令。


『好きだ。付き合ってくれ』


 ────だなんて。


 恋愛に不慣れな女子の心を弄ぶなんて、禁じ手だと思う。

 危うく騙されるところで、本当に、ギリギリだった。

 あの時、私は好きになりかけていた相手から告白されて、嬉しさに有頂天になって、正常な思考を保てなかった。

 単なるゲーム進行における、王様の命令、だということに、気づけなかった。


 詐欺にあうっていうのは、ああいう心境なんだな、と学んだ。

 信じ込んで、周囲が見えなくなっていた。本当に、自分が恥ずかしい。平之季君を見ると、あの時の恥辱が思い出されて辛いのだ。


「好きじゃない相手に好きだとか言うのは、良くないと思う。要らぬ忠告だろうけど」

「俺は別にふざけて、あの時、城野さんに告白したわけじゃないよ」

「分かってるよ。ふざけたわけでも無くて、あれは方便で、純粋に、ゲームルールに則って、私を殺そうとしただけなんでしょう」


 そう言うと、平之季君は少しあっけにとられたように口を開いた。


「……────そんなわけないじゃん。単に城野さんを殺そうと思ったなら、わざわざ、あんな命令をする必要がないし」

「え? でも……」

「殺すためだけだったら、あんな曖昧な命令じゃなくて、もっと確実な、達成不可能な命令をするに決まってるだろ」


 私は途端に、そわそわと、気持ちが落ち着かなくなるのを感じた。


 あれから、もう、半年も経っている。

 恥ずかしい記憶を封印し、意識的に、その時のことは思い出さないようにしてきた。

 でも────……言われてみれば、平之季君の言うことは理にかなっている。


 平之季君が、あの時私を命令で殺そうと思ったなら、あんなにも回りくどい、変な、不確実な命令を用いる必要はなかった。


 え? じゃあ……。どういうこと?

 あの命令は、なんで?


「俺は、本当に城野さんが、好きだから、ちゃんと付き合って欲しい。あの時、了承してくれただろ?」


 ────確かに私は、『つきあってくれ』という命令に対して『かしこまりました』と、答えた。


「よく、意味が分からない……」

「つまり、俺は城野さんに勝ちを譲るなら、代わりに交際の承諾をもぎとっておこう、っていう風に、小狡いことを考えたわけだけど。気に障ったなら謝るよ」

「私に勝ちを……譲る? なんで?」

「あの時、言っただろ。死を前にした極限状態で、その人の本性が見えるんだな、って思った。城野さんは、俺の目にはめちゃくちゃいい女に見えた」

「全部、嘘じゃなかったの?」

「嘘じゃないよ。断れないように告白するなんて、不誠実だと思って嫌われたのかな、と思ったけど」


 怖い。

 そんなはずない。信じちゃ、だめだ。理性が、警告を発している。

 しかし、私の考えがまとまらないうちに、平之季君が言った。


「あの時、すごく嬉しかった。俺は、あの時、死ぬ間際でも、本当に死ぬかもしれないと覚悟してたけど、全然苦にならなかった。城野さん、あの日、俺は、貴女に惹かれて、恋に落ちました。本当に、貴女が好きです」


 一瞬、音が消えた。世界が止まったように思えた。


 たどたどしい告白の言葉は、あまりに真摯で、私は泣きそうになった。


 だけど…………、今度こそ、易々とだまされるつもりはない。


 深呼吸をして、平之季君のその発言の意図を、冷静な頭で十分に検分する。


 …………しかし、いくら頭を捻っても、彼の意図は読み取れなかった。


 もしかして、断ったら、処刑される?

 いつの間にか、私はあのデスゲームの続きに戻っているのだろうか? 頭が混乱してきた。


「お断りします」


 これで、私はあの日の王様の命令を、未来である現時点において違反したことになる。

 しばらく、待った。

 幸い、私の心臓は、変わらず動き続けているようだった。

 いや、平常よりはだいぶ心拍数が高い。


「たぶん、吊り橋効果ってやつだと思うよ。私は、平之季君が言うような、美徳は何も持ってないもの。可愛くも無いし……年上だし……」


 本当に、あのゲームは終わったんだなぁ、という実感がわいてくる。

 足元の地面が、急にしっかりとした基盤のような存在に感じられた。

 どうやら、あの夢以来、私は無意識のうちに、自分の世界が夢の続きになってしまったような不安を引き摺っていたらしかった。


「可愛いし、年上は好みだから、付き合って」


 ────そこ、食い下がってくるところ?


「だ……っ、だめだって……」

「もしかして、今付き合ってる人が居る?」

「いない」


 これには即答した。付き合ってる人なんて、いない。私みたいな、女子を好きになる人なんて、いるとは思えない。


「じゃあ、好きな人が居るとか?」

「いない」

「じゃあ、友達からでいいので。まず、連絡先を教えてください」

「も~」


 私は頬を押さえて、ベンチから立ち上がる。これ以上、ここにはいられない。


「もう、話は、おしまいっ。じゃあね」


 平之季君の胸のあたりを押した。

 鼓動がある。体温を持った生きている人だ。

 生きてる。やっぱり、これだけでハッピーエンドなのかもしれない。

 私は、平之季君が生きていて、嬉しい。この気持ちは、認めざるを得ない。


「待って……城野さん。めちゃくちゃ、顔が赤いけど、大丈夫?」

「大丈夫じゃない」


 恥ずかしい。

 恥ずかしくて、向ける顔がない。


 私は走って逃げた。

 でも、すぐに追いつかれて、手を握られた。それから、抱きしめられた。


 以上が、代理で参加した合コンでデスゲームに巻き込まれた私の、人生で初めて彼氏ができた話の顛末だ。


【完】

最後までお読みいただき、ありがとうございましたm(__)m

感想、評価等いただけましたら励みにさせていただきます。また別の作品でもお会いできたら幸いです。

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