【22】どっちかが生き残ったら
しかし、上手くいくことばかりではない。
平之季君が、タッチパッドを持ったまま、こちらに渡してくれない。
「……貸して」
「駄目」
「このやろう」
普段使わない言葉が口に出た。こんなつまらない妨害を受けるなんて、腹立たしかった。
「試してみるだけだよ」
「自分だけくじを引いて、他の人がひかなかったままタイムアウトしたら、どうなるか、って?」
くじを引かなかった人間は、ペナルティになるだろうか。
私と雪見ちゃんの2人とも、イエローカードになる? それとも、妨害行為を働いた平之季君の方にペナルティにが課される? 分からない。
だから、試しているのだ。
「もう! 返してってば!」
私と雪見ちゃんは、申し合わせたように、いっせいに平之季君に襲い掛かった。
とは言っても、暴力はNGなので、子どものようにじゃれかかる感じになった。
平之季君は高身長を生かして、タッチパッドを高く上に掲げている。
私と雪見ちゃんは、それを奪い返そうと、ジャンプしたり、腕を引っ張ったりする。
まるで、棒倒しみたいだ。服を引っ張り、体を押し、ひざを裏からカックンとさせようと試みる。
「うわ、やばっ、初のモテ期じゃん」
平之季君は、笑っているようだった。
私たちは、緩やかに力で押し返され、それでも果敢に飛びついた。暴力にならない範囲の、タックルで、とうとう平之季君を押し倒した。平之季君はバランスを崩し、床に尻もちをついた。
いくらこちらが非力な女子でも、二人がかりなら、分はある。
しかし、床の上でも駄々っ子みたいに暴れられると、手が出せない。
「うっ……つっ……」
わざとじゃなかったのだろうけど、平之季君の肘が、私の顔に当たった。
痛くて、思わず全身が逃げた。
「あっ、ごめん!」
唇を切ったみたいだ。口の中に鉄の味がする。
その隙を見て、すかさず雪見ちゃんが、タッチパッドを掴んだ。
でも、平之季君も手を離さなかったので、二人で引っ張りあいになった。
私は、雪見ちゃんに加勢しようかと一瞬迷い、そのまま、手を伸ばして無防備になっていた画面に直接触れた。
「あっ……」
表示されたのは『王様』の2語だった。
「えっ……」
びっくりしたのか、二人ともタッチパッドから同時に手を離した。
画面が下になって落ちた、裏返しのタッチパッドからピエロの声が聞こえてきた。
『王様だ~れだっ!?』
「私!」
別に返事をする必要はないのだけど、思わず声を出してしまった。
『では、王様は、誰に、何を命令するかお答えくださ~い』
「雪見ちゃんに命令で、このゲームの黒幕について知っている秘密を一つ言う!」
おかしな妨害を受けないうちに早口ではっきりと命令した。
「待って……」
一瞬、雪見ちゃんは茫然とした。
「え? 秘密を言う? それ、どういうこと?」
それから数秒後、顔を歪ませて言った。
「────なに、それ。ひどい……」
雪見ちゃんが、改めて、私を睨む。
「なんで、そんな酷いこと言うんですか? 城野さんって、人の心がないんじゃないですか?」
結構キツイことを言ってくる。『人の心が無い』は胸に刺さった。それは、私のコンプレックスをわずかに刺激した。
「でも……ここで怖くなって、名指しができないなら、私はこれまで、挙手もしてない」
反論のつもりだ。しかし、私の言わんとすることは雪見ちゃんには届かなかったようだった。
「もう……」
それだけ呟くと、雪見ちゃんは私達の方から顔を背けた。スマホを取り出して何か文字を打ち始めた。
とても手慣れた操作の手つきで、長文を作っているようだった。
一瞬、本当に雪見ちゃんが影の運営と繋がっていて、SOSの連絡でも送っているんじゃないかと想像してしまった。
でも、そんなわけない。
私は、口出しはせずにおいた。
雪見ちゃんは、60秒のカウントダウンが始まっても、まだ熱心に文字を打っていた。
ぎりぎりまでスマホを触って、それを私たちの方に差し出した。
「もし、どっちかが、生き残ったら、これ、私の家族に渡して……お願い……」
そこまで言って、雪見ちゃんは倒れた。
受け取ったピンク色のカバーがかかったスマホには、まだ、雪見ちゃんの体温が残っている感じがした。
「遺書かな」
「うん……たぶん」
ロックがかかっているので、中身は分からない。
でも、たぶん私への恨み言が書いてあるわけじゃなくて、家族への感謝の言葉とかが綴られているんじゃないかな、と思った。
雪見ちゃんは、良い子で、鼻につくところがあった。だけど、やっぱり、総じて良い子だった。
明るくて、気丈で、頑張り屋で、面倒見の良い、普通の女の子だったと思う。
平之季君が、雪見ちゃんの手首から脈を探した。
そんなことしなくても、どう見ても、今までと同じだ。皆、間違いなく死んでいる。
人形のように、荷物のように、私達以外の皆はこの個室に安置されたまま動かない。
『只今の違反については、イエローカードでーす。命令に関係なく、他者へ暴力をふるっちゃ、ダメだよ~』
少しのタイムラグがあって、ピエロからの宣告が来た。
「えっ……待って……今の、どっちにイエローカードが出たの?」
私? 平之季君?
平之季君の肘鉄が原因だとは思うけれど、本当だろうか。
「城野さんの体当たりも結構強かったからねぇ」
「いやいや、平之季君の方だよね?」
攪乱されてはたまらない。
私は平之季君の方にイエローカードが出たのだと信じることにした。切れた唇が内側に腫れている。
大した傷じゃないけれど、出血を伴うという点が暴力の決め手になったのかもしれないな、と思った。




