第一章 3話 そうだね
「これからもっと寒くなるわね。」
「仕方ないさ。冬だぜ。」
「仕方なくないわよ。寒いのは嫌よ。」
「猫の方がまだ融通きくぜ。寒さに文句なんか言わないからね。猫は寒けりゃ、コタツに入るだけだ。」
「ねーこはコタツで丸くなる。」
紅葉の葉の滴る頃合い、落ち葉の葉の香りの舞い込むその日々毎に、やはり人間はいそいそと生きるものだ。
ストーブが暖かい。囃子の食らうチョコレートだって、少し溶けていた。未だクッキーの味を知らぬ囃子は、一個10円ほどの業務用で十分幸せそうだ。
「そういえば、フランスのデモは大丈夫かしら。」
「さぁ、でもフランスだからな。5月革命の国だ。」
「五月革命は失敗したわ。」
「でも、フランスの五月革命は民衆に残ったぜ。革命してた青年は、今でも生きてる。」
「フランスの今のデモに、五月革命の風があるとは思えないわ。」
そう言ってるとカチャリとドアが開いた。貞蔵の登場だ。えんやこらと椅子に座って、暖をとる。
「いやいや、外は寒いね。コート越しでも風が来るよ。」
「遅いじゃない。何かあった?」
「んにゃ、うん、別に。」
貞蔵はわざとらしくお菓子をいそいそ食べだした。佐奈井はくすくす笑いながらポケットに隠してたあのアール・ヌーヴォーのお菓子を食べる。
「おや、そんなお菓子あったかい?」
「まさか、偶然ポケットにあったのよ。ねー。」
夏可は笑いながら「ねー。」と合わせた。2人の男には、女の秘密など真冬の雨ほどの不可思議さであった。
「おい、そういえばこの前黒川の温泉に行ったぜ。これオミヤね。」
そう言ってどっさりと買ってきた名物お菓子、観光お菓子を買ってきた。クッキー、煎餅、チョコ、中には溶けかけのアイスまであった。
「嘘でしょ、お土産にアイス買う奴なんているの?」
「いいだろ、別に、保冷剤やらなんやらで持ってきたんだよ。」
「黒川ってどこだっけ?」
「熊本ですよ。小国です。」
「熊本の小国?阿蘇の方じゃないの。」
「そうさ。だからアイスもうまいんだぜ。ほんとはソフトクリーム買おうと思ったんだけどな。流石に無理だったんだな。うん。」
お菓子で溢れたテーブルにさらにお菓子を乗せてゆく。乗せられた菓子どもは、実に乱雑な生活味を形作っていった。増えた菓子に、比例して、伸びる手の数が増えてゆく。
「すごいんぜ。黒川温泉。手形さえ買えばいろいろ温泉に入れるし、なにより景色が壮大だな。
けちな現代日本の自然だとは思えんほど荘厳としてるよ。あそこで華厳経なんかを読むのはさぞ気持ちいいだろうな。
川の音が流れ流れ、露天風呂の湯治を堪能する。これぞ実に実存芸術だせ。」
貞蔵はいかにも自慢げにそう語る。佐奈井は「はいはい」と、鬱陶しがにしていた。夏可はその話を聞いて、前に旅行で行った湯布院を思い出した。
湯布院は閑散とした、実に穏やかな場所だよ、と、そう両親から聞いて向かった。しかし、実際には観光客でごった返し、右に広告、左に広告の嵐であった。
しかし、そういう中にも、やはり優れた部分があって、木造の建築達の静かで豊かな線表現は、愛おしいほどの奥ゆかしさで、周りに出で立つ。
その建築達が、生きた、人間達の活気をもってして蠢いてゆく、徒然なるままに、ただゆられて行き、人間の歴史を、流れゆく。
そういう状況の中で、夜中の湯治はあまりに豊かな風情である。この風情にどっぷり浸かり、そして暗闇の中、灯りだけを頼りに竹藪を見つめる。
見つめる竹藪は、どこか不安そうで、じっとこちらを暗闇に置いて質問を投じる。ざわめく木々が、灯りの外で音を奏でる。奏でる音は十二音階よりも恐ろしい。
そんなところにいる、少女は、きっと英雄に違いない。こんな恐ろしい場所で、少女はただ温かみと心地よさだけを見ていられるのだから。
けれど、自然は返答を待つ。少女の返答を、どれだけ待ったとしても、彼等は待ち続けるだろう。彼等には「1000年は一瞬のことのよう」だから。
「おい、囃子、お前アイス食え。10もあるからな。」
「なんで10個も買うんだ?」
「買いすぎたんだよ。仕方ないだろ?旅行先じゃ楽しくてたくさん買っちゃうんだよ。」
「私バニラちょうだい。」
「あ、私ストロベリー。」
「囃子、お前は?」
「なんでも。」
「じゃあブルーハワイ味を進呈しよう。」
囃子はなんともいえぬ表情で、もぐもぐ黙ってそれを喰らった。表情から見ると、存外不味くはなかったようだ。
「でも、みんなで旅行行くってのも悪くないわね。」
「お、いいねぇ、わかる奴だな。」
「行くってもどこだよ。」
「私温泉がいい。」
「おいらも。」
「私も温泉がいいかな。」
「なんだぁ、みんな若くして。ディズニーランドでもいいんだぜ?」
「ディズニーなんて金どっから出すのよ。それなら九州で済ませたいわ。」
「ハウステンボス?」
「あ、私ハウステンボス好きです。」
「うーん。阿蘇ファームランドだってあるぜ。あと鹿島高原パークとか。」
「全部しょぼいじゃない。それに小学校の修学旅行で行ったことあるし。」
「…えい、拉致あかん。どっか出かけようぜ。」
「え、今から?」
「そうさ。煮詰まった頭にはそれが一番さ。」
貞蔵はそう言いながらコートを着だした。
「ちょっと、アイスどうすんのさ。」
「冷凍庫にでも入れとけ。」
「そんなもんないってのに。」
「じゃあ、外に放っておけ、どうせ外は雪だからな。」
そう言って4人はゾロゾロ外へと出ていった。寒い冬、淋しい冬。孤独な青年、少女達をコンクリートとネオンが貫く。広告は色彩と線によって、視覚を奪い、
音において全く彼等の聴覚を狂わせる。もはや自然に慄く人間は存在しない。我々現代人は、我々現代人に恐れ慄く。




