博多に行こう1
囃子が真夜中をボクシーで走る。途中の田園、しかし、その田園はもはや闇に包まれている。この夜のおぞましさときたら、大したもんだ。
山が空と区別され、真っ暗な巨大な生き物のように鎮座する。夜の木々は吹雪の中を蠢いてゆく。その蠢きは山岳信仰時代の崇拝の観を備えている。
その中を、黒く染まる鉄箱が時速80キロで走りゆく。何かを置いてゆくようなそのスピードは、実に資本主義経済網を象徴するスピードであった。
「急に博多に行くことになるなんて、しかし想像をしてなかったね。」
「またまた、そのために免許取ったんでしょ?」
「さよけ。」
曲がりくねる街頭並木、高速さにおいて表現される光は、実に線である。この線が視覚に映じられるとき、確かな未来派としての前衛生命を感じざる負えない。
そういう時、やはり笑っているのは建物の影にいる山々なのだ。この山岳どもは、実に彼等鉄箱の人々を見下している。この人々が、全く臆病で、さらにその臆病をひた隠しにしていふことを、
この山岳どもはわかっているのだ。そしてそれこそ、実に現代人の恐怖であり、現代人の山岳信仰なのである。
高速道路の只中の、真夜中の自然どもほど、現に映じる現実において、恐ろしいものはこれ以上にないのでは?
「ナゲットちょうだい。」
「もうバーベキューソースないよ。」
「いいわよ。私マスタードあれば。」
開く食べ口、ナゲットを一口。少しの沈黙。そして開く、しゃべり口。
「夜の風景って、なんだか怖いですよね。」
「あーっ、わかる。こんなとこで遭難したらどうしよとか、考えちゃうよね。」
「何がこえーんだよ。ただ暗いだけだろ?」
「なによ、熊とか居たら怖いでしょ。」
「クマなんかいねーよ。」
「じゃあイノシシでいいわよ。」
「お前なら、イノシシなんかその眼光で追っ払えるさ。」
雪の降り積もり、霜の艶やく冷ややかな夜に、高速に蠢く現代をこれまた、極めて高速で走りゆく若者達は、
荘厳な崖の如き、まったく法華経の仏の如くの様相の山々を、浮世を妖艶なる形を持って明からしめる、その月の豊満な光どもは、まっことありえぬ不安を現実に到達させる。
もはや自然から脱した、彼等は文明の隠れ蓑にて平安を得る。この平安こそ、実に人間の求めていたものであった。ネオンの光の津々浦々なる行き先は、人の集まる居場所となりゆく。
蛾が街灯に集まるように。
…博多はごった返しの冷々とした感覚が、その身体を掠める。街は活気付いて、商店の凱旋道が、我ら人々達との合わせ鏡的な世界観を形成する。現代の伊勢参りはこんなところだろう。一体何をするために人々は闊歩闊歩しつつエッセエッセといそいそしとるのか。
黄色に赤、青に緑、あらゆる色彩の眩い光が雪の景色が、ほんのりとした点描絵画の思想を持ち込み、山岳に変わりそびえたつビルが、今度は光輝く明るき巨大なる蠢きが襲い掛かる。しかし、この巨人を現代人は信仰し、受け入れておる。
その受け入れ用はおぞましく、生きてゆくために、巨人の口に自ずから入り込んでゆくという悲劇が、全く、現実として展開されてゆく。まるで生き延びるために日々一人を犠牲にしたという、あの、サイクロプスの奴隷どもにそっくりだ。
彼らは現代人であるにもかかわらず、あの奴隷と同じ響きを持っている。何故なら現代人は、それが単なる延命に過ぎぬことを悟らぬから。華厳の山よりも遥か高きビル群が、我々をいつも信仰に奴隷させる。
最近新しく異世界転移モノを書いたのでよければぜひ。
朽ち果てた異世界で、失われた記憶を探して
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