まずは俺のことについて話させてほしい(後編)
「吉川くんってさ。」
「生徒会長の吉川先輩の弟なんでしょ?」
(……ほら来た。)
「まあ、そうだけど。」
「やっぱり!」
「すごいね!」
「いやぁ、すごいのは姉であって俺じゃないから。」
苦笑いを浮かべると、前の席の男子まで身を乗り出してきた。
ほらな。
姉の話になった途端、みんな食いつく。
「家でもあんな感じなの?」
「気になる!」
気づけば、周りに人だかりができていた。
(うわ……。)
(急に人数増えると頭こんがらがるって。)
ただでさえ人と話すのは得意じゃない。
こうして一気に注目されると、声を出すだけで緊張してしまう。
「いや、普通かな。」
「朝は寝癖つけたままボーっと朝ご飯食べてるし。」
「えっ、マジで?」
「……あ。」
しまった。
つい口が滑った。
(これ姉ちゃんに聞かれたら説教コースじゃねぇか。)
「妹さんとは仲いいの?」
「ああ、すげぇ可愛い妹さんがいるって聞いた!」
(妹の情報まで広まってるのかよ……。)
(噂って怖ぇ……。)
教室が少し和やかな空気になった、その時だった。
「ちなみにさ。」
「吉川くんも生徒会に入るの?」
その一言で、笑っていた俺の顔が固まる。
(……来た。)
高校生活で一番避けたかった話題。
生徒会。
姉が生徒会長をやっている以上、この質問からは逃げられない。
「いや、今のところ入る予定はないかな。」
できるだけ自然に答える。
――その瞬間だった。
教室が静まり返る。
「……。」
「え?」
「お、おい……。」
さっきまで賑やかだった教室が、水を打ったように静かになる。
視線は一斉に廊下へ。
(あぁ……。)
(この空気、嫌な予感しかしない。)
「失礼します。」
凛とした声が教室に響く。
艶のある黒髪。
背筋を伸ばし、堂々と歩く一人の女子生徒。
「生徒会長だ……。」
「吉川先輩。」
「本物だ。」
誰もが自然と道を空ける。
先生が来た時より静かになる教室って何なんだよ。
(ラスボス登場。)
(メスゴリラ来た。)
姉――吉川ひかりは、俺を見つけると穏やかに微笑んだ。
「春一。」
「はい。何でしょうか、姉さん。」
反射で返事をしてしまう。
(くそっ……。)
(家で鍛えられた習慣って怖い。)
「少し、お時間いいかしら。」
「断ったら?」
ひかりは笑顔のまま答える。
「今日の夕食の時間、覚えておきなさい。」
「……。」
(終わった。)
(家族会議だ。)
教室のあちこちから笑いが漏れる。
本人は至って真面目なのが一番怖い。
「春一。」
「あなたを生徒会へ勧誘しに来ました。」
「やっぱり。」
「お断りします。」
「即答ね。」
「まぁ、はい。」
「理由を聞いても?」
「たぶん、向いてないから。」
「向いているかどうかは関係ありません。」
ひかりは迷いなく言い切る。
「私は、あなたなら十分やっていけると思っています。」
一瞬だけ言葉に詰まる。
こういうところがずるい。
命令じゃない。
信じているから来てほしい。
そう言われると、少しだけ胸が痛む。
……それでも嫌なものは嫌だ。
「悪いけど、遠慮しとく。」
小さくため息をついたひかりは肩をすくめた。
「何か、他にやりたいことでもあるの?」
「まさか、あなたがクラス委員に立候補するわけでもないでしょうし。」
(……ん?)
その言葉に、頭の中で何かが繋がった。
(そうか。)
(クラス委員。)
(確か、生徒会との兼任はできないはず。)
(これだ。)
(これなら断る理由になる!)
考えるより先に、口が動いていた。
「あの。」
「俺、クラス委員になります。」
教室が静まり返る。
(……何言ってんだ俺ぇぇぇぇぇ!!)
立候補する予定なんて一ミリもない。
完全に、その場しのぎの嘘だった。
ひかりは数秒だけ俺を見つめる。
そして、ふっと笑った。
「そう。」
「それなら、生徒会への勧誘は諦めましょう。」
(助かった……。)
胸をなで下ろしかけた、その時だった。
「えっ!?」
教室の前方から、弾んだ声が響く。
振り向くと、一人の女子生徒が勢いよく立ち上がっていた。
肩まで伸びた黒髪。
真面目そうな制服の着こなし。
だけど、その表情は太陽みたいに明るい。
「本当に立候補してくれるの!?」
「……え?」
「よかったぁ……。」
彼女は胸に手を当て、大きく息を吐く。
「私、一人しか立候補してなくて、どうしようかと思ってたの!」
そのまま小走りで俺の前までやって来る。
「ありがとう!」
「一緒に頑張ろうね!」
距離が近い。
近い近い。
(……というか。)
(誰?)
「あっ!」
「ごめん!」
「自己紹介がまだだったね。」
彼女は照れくさそうに笑い、小さく頭を下げた。
「一年A組、学級委員の小早川景です。」
「これからよろしくね、春一くん!」
笑った顔が、思っていたよりずっと可愛かった。
その時の俺は、まだ知らない。
この”口から出た嘘”が。
俺の高校生活を。
そして、クラスの美少女との距離を。
思っていた以上に近づけることになるなんて。




