まずは俺のことについて話させてほしい(前編)
突然だけど、まずは俺のことについて話させてほしい。
名前は吉川春一。
今日から私立千石学園高等学校に通う高校一年生だ。
趣味は読書……と言いたいところだけど、最近は”読書をしているフリ”のほうが得意になってしまった。
理由?
まあ、それも追々話す。
その前に、一人だけ紹介しておかなきゃいけない人物がいる。
俺の姉――吉川ひかり。
こいつを知らないと、俺の高校生活は語れない。
◇◇◇
「あいつが生徒会長の吉川さんの弟か……」
また、この話である。
高校に入学してまだ一週間。
なのに俺の自己紹介は、決まってこの一言から始まる。
中学三年間で嫌というほど思い知った。
完璧超人を姉に持つ弟という肩書きは、想像以上に生きづらい。
俺が通う千石学園は、全国から受験生が集まる文武両道の名門校だ。
勉強も部活動も全国トップクラス。
制服に憧れて受験する生徒までいるらしい。
そんな学校へ、姉は推薦ではなく一般入試で入学した。
理由を聞いたことがある。
「推薦では、自分の実力を証明できないでしょう?」
意味が分からない。
普通は少しでも楽な道を選ぶだろ。
俺なら迷わず推薦を選ぶ。
……まあ、推薦なんて来ないけど。
そして姉が叩き出した結果。
全教科満点。
「ゲームならチートキャラじゃねぇか。」
思わず心の中でツッコんだ。
それだけじゃ終わらない。
入学式では新入生代表。
定期テストは常に学年トップ。
運動神経も抜群。
文化祭では実行委員長。
体育祭では応援団長。
そして一年生にして生徒会長。
二年生や三年生の立候補者を押しのけて、だ。
どこの主人公だよ。
漫画でもそんな設定、盛りすぎって言われるぞ。
学校では『女王』なんて呼ばれているらしい。
教師からも信頼され、生徒からは憧れの的。
まさに千石学園の顔だ。
ちなみに家でも基本的には変わらない。
朝は誰より早く起きて朝食を作り、母さんの仕事を手伝い、妹の世話までこなす。
勉強も家事も運動もできる。
隙がない。
本当に隙がない。
だから俺は、本人には絶対聞こえないように、心の中だけでこう呼んでいる。
メスゴリラ。
別に見た目の話じゃない。
圧だ。
圧がゴリラなのだ。
怒らせたら最後。
大声なんて出さない。
物も投げない。
ただ静かに笑顔で、
「春一、少しお話があります」
と言われる。
その時点でゲームオーバーである。
説教が始まると反論なんてできない。
正論でじわじわ追い詰められ、最後には、
「……はい。」
としか言えなくなる。
あれは説教じゃない。
尋問だ。
だからメスゴリラ。
愛を込めて言わせてもらう。
……本人にバレたら命はないけど。
◇◇◇
そんな姉を持つ俺はというと、ごく普通。
本当に普通だ。
勉強はそこそこ。
運動もそこそこ。
顔も……まあ、普通。
特別目立つことは何一つない。
陽キャでもなければ陰キャでもない。
だから中学時代につけられたあだ名が、
『あ、いたの?系男子』
「ざけんな!」
「何だよ、その不名誉すぎる二つ名!」
誰が好き好んで空気になるんだ。
もっとこう……『縁の下の力持ち』とか、『影の実力者』とかあるだろ。
ネーミングセンス終わってる。
……まあ、そのあだ名が妙にしっくりきてしまう自分が一番悔しいんだけど。
教室を見渡す。
入学して一週間しか経っていないというのに、もうグループは完成していた。
後ろでは男子がゲームの話。
窓際では女子が恋バナ。
部活動の話で盛り上がる声も聞こえる。
(高校生って順応早すぎないか?)
まだ一週間だぞ?
俺なんか、隣の席の名前を覚えるだけで精一杯だったのに。
コミュ力って、どこで売ってるんだろう。
できれば学割で。
そんなことを考えながら、文庫本を開く。
もちろん、読むためじゃない。
読書は好きだ。
でも今は違う。
読んでいるフリだ。
本を開いていると、不思議と話しかけられにくくなる。
ぼっち高校生が編み出した、涙ぐましい自己防衛術である。
我ながら情けない。
「ねぇ、吉川くん」
突然、隣の席の女子が話しかけてきた。
危ない。
俺の防御結界が破られた。
「吉川くんってさ」
「生徒会長の吉川先輩の弟なんでしょ?」
(……ほら来た。)




