最悪の結末
人は、思い込みだけで人を疑ってはいけない。
そんなことくらい、俺だって分かっている。
だけど――。
あの制服事件から一日経っても、犯人は見つからなかった。
◇ ◇ ◇
「春一くん、おはよう!」
いつもと変わらない笑顔。
制服も新しいものに替わり、景は普段通りに振る舞っていた。
……少なくとも、そう見えた。
「昨日のこと、大丈夫なのか?」
「うん!」
「もう気にしてないよ。」
「……そうか。」
嘘だ。
気にしていない人間が、教室へ入る前にあんなに深呼吸をするはずがない。
笑顔も、どこかぎこちない。
無理をしている。
そう思った。
◇ ◇ ◇
昼休み。
中央委員の仕事を終え、教室へ戻る途中。
「春一くん。」
景が小さな声で呼び止めた。
「どうした?」
「私ね。」
少し俯いたまま続ける。
「また、みんなに迷惑かけちゃうのかなって。」
「何でそう思う。」
「だって……。」
景は苦笑する。
「中学生の時も、こんな感じだったから。」
その言葉に、春一の足が止まる。
「……。」
やっぱり。
あの日、隆が言っていたことは間違いじゃなかった。
景は今でも、あの頃の傷を抱えたままなんだ。
「小早川さん。」
「ん?」
「もう一人で抱え込むな。」
「え?」
「困ったら言え。」
「俺もいる。」
景は目を丸くする。
そして少しだけ照れたように笑った。
「……ありがとう。」
その笑顔は、少しだけ安心したように見えた。
その様子を。
教室の入口から、夏目こころが見ていた。
(また。)
(春一くんが笑ってる。)
胸が締め付けられる。
昨日までとは違う。
春一はもう、景を放っておけなくなっている。
その事実だけが、こころの心を少しずつ追い詰めていた。
◇ ◇ ◇
放課後。
教室には、いつものようにクラス委員だけが残っていた。
「それじゃあ、このプリントを各クラスへお願い。」
二年生の中央委員・東雲和馬が資料を配る。
「了解です。」
春一は景と手分けして歩き始めた。
その途中だった。
「あれ?」
景が立ち止まる。
「どうした?」
「私の……。」
景の机の上。
そこには、一枚の紙が置かれていた。
白いコピー用紙。
たった一行だけ、黒いマジックで書かれている。
『消えればいいのに』
空気が凍り付いた。
景の手が、小さく震える。
「……。」
春一は無言でその紙を取り上げた。
ぐしゃり、と握り潰す。
「春一くん……。」
「もういい。」
「でも……。」
「もう見るな。」
その声は、自分でも驚くほど低かった。
教室の空気が張り詰める。
近くにいたクラスメイトも異変に気付き始めていた。
「誰がこんなこと……。」
毛利が眉をひそめる。
秋平も表情を曇らせる。
宍戸ですら、何も言えなかった。
天野も黙って紙を見つめている。
「……やりすぎ。」
その一言だけを呟いた。
誰も犯人は分からない。
誰も動けない。
その中で。
春一だけが静かに口を開いた。
「見つける。」
「え?」
景が顔を上げる。
「犯人。」
「絶対に。」
短い言葉だった。
だけど、その目は本気だった。
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
誰もいない校舎。
夏目こころは、自販機の前で一人立ち尽くしていた。
制服のポケットには、黒い油性ペン。
さっきまで握っていたせいで、指先には薄くインクが付いている。
「……。」
手を見つめる。
震えていた。
「違う。」
「こんなことがしたかったんじゃない。」
本当は。
春一と笑って話したかっただけ。
景を傷付けたいわけじゃなかった。
そう思っていた。
なのに。
気が付けば、自分の感情は止められなくなっていた。
その時だった。
「夏目さん?」
背後から声がする。
こころは肩を震わせ、ゆっくりと振り返る。
「……え?」
そこに立っていたのは――。
小早川景だった。
目と目が合う。
景は不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
こころのポケットから、黒い油性ペンが音を立てて床へ落ちた。
静まり返った廊下に、その音だけが響く。
――最悪の結末は、もうすぐそこまで来ていた。




