中央委員選抜戦(後編)
放課後。
第一学年中央委員長選抜の説明会が始まった。
教室には一年生のクラス委員が十人。
その前に立つのは、二年生中央委員長――東雲和馬先輩だった。
「さて。」
「今年は珍しい。」
東雲先輩は出席名簿を見ながら苦笑する。
「中央委員に立候補した一年が二人もいる。」
教室に視線が集まる。
一人は小早川景。
そしてもう一人は、俺、吉川春一。
「俺が言うのもなんだけどな。」
「中央委員なんて普通は誰もやりたがらない。」
教室のあちこちから苦笑いが漏れる。
「仕事は多い。」
「責任も重い。」
「なのに目立つわけでもない。」
「正直、割に合わない役職だ。」
その通りだと思う。
俺も数日前までそう思っていた。
「今回は二人いる。」
「だから一年生五クラス、計十人のクラス委員による投票で決める。」
「言わば、小さな選挙だ。」
東雲先輩は腕を組みながら続ける。
「生徒会役員選挙みたいに演説会なんかはしない。」
「普段のお前たちを見て投票する。」
「だから変に気負わなくていい。」
「……まぁ。」
俺は思わず笑ってしまった。
「これも勝負ってことっすよね。」
東雲先輩は一瞬きょとんとしたあと、ふっと笑う。
「そういうことだ。」
説明会が終わり、みんなが帰り支度を始める。
「吉川。」
「はい?」
東雲先輩に呼び止められた。
「お前。」
「小早川に惚れてるな。」
「ぶっ!」
危うく飲みかけのペットボトルを吹きそうになる。
「な、なんで分かるんすか!」
「一目瞭然。」
東雲先輩は肩をすくめる。
「あそこまで分かりやすいやつも珍しい。」
「……そんなにっすか。」
「まぁ。」
「小早川は可愛いしな。」
「否定はしませんけど……。」
思わず苦笑いする。
東雲先輩は笑いながら俺の肩を軽く叩いた。
「中央委員になりたい理由なんて、人それぞれだ。」
「恋でも。」
「憧れでも。」
「負けたくないでもいい。」
「ただ。」
「なるからには一年をまとめる覚悟だけは持て。」
「……はい。」
「明後日の役員会で投票結果を発表する。」
「それまで楽しみにしてろ。」
◇ ◇ ◇
説明会が終わったあと、俺はすぐに教室へ戻らなかった。
廊下の窓際に立ち、さっきの話を頭の中で反芻する。
(投票は、クラス委員十人。)
(しかも、普段の印象で決まる。)
なら、やることは一つだ。
ただ「勝ちたい」と思っているだけじゃ足りない。
勝つための動き方を考える。
俺は昔から、そういうのだけは妙に得意だった。
勉強は姉のひかりに敵わない。
運動も、器用さも、何もかも平均以下。
でも、人の顔色や空気の変化だけは、なぜかよく分かる。
誰が本音で笑っていて。
誰が無理をして笑っていて。
誰が、何を欲しがっているのか。
それを見抜くのが、俺の唯一の武器だ。
(だったら。)
(この勝負、正面からだけじゃなくていい。)
俺はその日のうちに動き始めた。
まずは、十人のクラス委員の顔と名前を覚え直す。
次に、それぞれがどんなタイプかを観察する。
真面目で責任感が強い奴。
人前では強気だが、実は周りを気にする奴。
面倒ごとを嫌うが、筋は通したい奴。
そして、誰かが困っていたら放っておけない奴。
中央委員に求められるものは、きっと「目立つこと」じゃない。
「頼れること」だ。
だから俺は、派手なことはしない。
代わりに、ひとつひとつ拾っていく。
昼休み。
放課後。
移動教室の合間。
俺はそれとなく各クラスの委員に声を掛けた。
「中央委員って、どんな仕事が一番大変だと思う?」
「もし自分がやるなら、何が一番助かる?」
最初は怪訝そうな顔をされた。
けど、話してみるとみんな意外と本音を持っている。
連絡が遅いのは困る。
先生との橋渡し役が欲しい。
行事の調整をちゃんとしてほしい。
クラスごとの意見をちゃんと拾ってほしい。
要するに、みんなが欲しいのは「話を聞いて、動いてくれるやつ」だった。
俺はそれを、ひとつずつメモにまとめた。
そして二日目の放課後。
役員会議室へ向かう前に、十人分の要望を頭の中で整理し直す。
(よし。)
(これならいける。)
俺は、ただ景に勝ちたいわけじゃない。
中央委員として、ちゃんと一年をまとめられると証明したい。
そのために、俺は策を講じた。
◇ ◇ ◇
二日後。
放課後。
役員会議室。
十人のクラス委員が静かに席へ着いていた。
東雲先輩が立ち上がる。
「投票結果が出た。」
部屋の空気が張り詰める。
隣に座る景も、小さく息を飲んだ。
「第一学年中央委員長は――」
一拍。
東雲先輩は、手元の紙を見下ろしたまま続ける。
「吉川春一。」




