中央委員選抜戦(前編)
昼休み。
校舎の屋上。
本来なら立ち入り禁止の場所だ。
先生に見つかったら反省文どころじゃ済まない。
……まぁ、その時はその時だ。
「こんなところにいたの、小早川さん。」
フェンスにもたれ掛かりながら声を掛ける。
景はゆっくりと振り返った。
「あっ……春一くん。」
少し驚いたように目を丸くする。
「……。」
「……。」
沈黙。
気まずい。
さっき、思いっきり手なんか握っちゃった相手と二人きりである。
(何か喋れ俺。)
(気まずい。気まずいわ、この空気。)
先に口を開いたのは俺だった。
「……いきなりだけどさ。」
「中央委員の話してもいい?」
「え?」
景は不思議そうに首を傾げる。
「俺。」
「中央委員、立候補する。」
一瞬、風だけが二人の間を通り抜けた。
「……え?」
「春一くんが?」
「うん。」
「なんで……?」
当然の反応だ。
さっきまで「委員会って何するの?」なんて言っていた男が、いきなり中央委員に立候補すると言い出したんだから。
俺は頭を掻きながら笑う。
「まぁ、理由はいろいろあるんだけど。」
「一番は。」
「小早川さんと勝負してみたい。」
「……勝負?」
景はきょとんとした顔をする。
「うん。」
「勝負。」
俺は近くの給水タンクの土台へ軽く腰を掛ける。
少しだけ景を見下ろす形になった。
「小早川さんってさ。」
「中央委員になりたい理由があるんだろ?」
「……。」
景は何も答えない。
「それって。」
「ただ『学校のため』とかじゃないよね。」
景の肩が、小さく震えた。
「……どうして?」
「そう思ったの?」
俺は少しだけ考えてから答える。
「違ってたらごめん。」
「俺の勝手な想像だから。」
景は静かに頷く。
「でもさ。」
「小早川さんって、人と話すのが苦手って言ってたよね。」
「……うん。」
「なのに。」
「誰よりも人に嫌われることを怖がってる。」
「それに、人との距離は近いのに、自分のことはほとんど話さない。」
「全部がちぐはぐなんだ。」
景は驚いたように目を見開いた。
そんな顔をするとは思わなかった。
「だから思った。」
「昔、何かあったのかなって。」
「……っ!」
景の表情が固まる。
その反応だけで十分だった。
(やっぱり。)
(何かある。)
でも。
それ以上は踏み込まない。
「ごめん。」
「言いたくないなら、それでいい。」
「誰だって話したくないことくらいあるし。」
そう言って笑うと、景はしばらく俯いたままだった。
やがて、小さく息を吐く。
「……春一くんって。」
「不思議な人だね。」
「そう?」
「うん。」
「こんなに見透かされたの、初めて。」
少し困ったように笑う景。
その笑顔は、いつもの明るい笑顔とは少し違っていた。
どこか寂しそうで。
どこか安心したようにも見えた。
俺は昔から、人を見る癖があった。
勉強じゃ姉には敵わない。
運動でも敵わない。
人望だってない。
だからせめて、人の表情だけはよく見るようになった。
誰が本当に笑っていて。
誰が無理をして笑っていて。
誰が助けを求めているのか。
気付こうとしてきた。
それが、俺に唯一ある取り柄なのかもしれない。
「だからさ。」
俺は景を真っ直ぐ見る。
「中央委員。」
「本気で勝負しよう。」
「俺は負けるつもりないから。」
景は少しだけ目を丸くしたあと、
ふっと笑った。
「……うん。」
「私も。」
「負けないよ。」
その笑顔を見て思う。
きっと、この勝負は中央委員を決めるためだけじゃない。
彼女のことを、もっと知るための勝負なんだ。




