天野天は彼女を知っている(後編)
「……なぁ、毛利くん。」
俺が声を掛けると、毛利元基はゆっくりこちらを向いた。
「ん?」
たったそれだけ。
それだけなのに様になる。
(うわぁ……。)
(この人、近くで見るとマジでイケメンだな。)
バスケ部のエース。
成績優秀。
しかもクラスの中心人物。
神様って、本当に平等じゃないらしい。
「天野さんって、小早川さんと前から知り合いだったりする?」
毛利は少しだけ考えるように首を傾げた。
「んー。」
「あるような、ないような……って感じかな。」
「天も詳しく話さねぇし。」
「そうなんだ。」
やっぱり何かある。
さっきの空気。
あれは初対面同士じゃなかった。
「吉川。」
低い声が飛んできた。
宍戸だった。
「……あんまり天野のこと悪く言うなよ。」
じろり、と睨まれる。
(こわっ。)
思わず一歩引きそうになる。
「まぁまぁ。」
秋平が苦笑しながら間に入った。
「悪いな、吉川くん。」
「コイツさ。」
「天にベタ惚れなんだ。」
「秋平!」
「余計なこと言うなって!」
宍戸が勢いよく秋平の頭を叩く。
「いってぇ!」
「暴力反対!」
「誰のせいだ!」
二人のやり取りに、毛利が肩を揺らして笑う。
(……。)
(仲良いな。)
(なんだこのグループ。)
(青春してんなぁ。)
それにしても。
毛利も。
秋平も。
宍戸も。
普通にイケメンだ。
(芸能事務所かここ。)
(俺、なんで普通に会話してんだ?)
(そもそも人と話すの苦手なんだけど!?)
陽キャの空気に飲まれそうになっていると、
毛利がふっと笑った。
「吉川。」
「小早川さん、追いかけなくていいの?」
「え?」
「顔真っ赤にして教室出て行ったぞ。」
「放っておいたら。」
「王子様失格じゃね?」
「……。」
その一言で。
俺の頭の中にさっきの光景が蘇る。
小早川さんの手。
恥ずかしそうに笑う顔。
真っ赤になった横顔。
「あ。」
「やっべ。」
「すまん!」
「色々ありがとう!」
「失礼します!」
勢いよく頭を下げ、俺は教室を飛び出した。
「……。」
その背中を見送りながら、秋平が苦笑する。
「何回謝るんだろ、あの子。」
「律儀なんじゃね?」
毛利は小さく笑った。
◇ ◇ ◇
廊下を走りながら、俺はさっきの出来事を思い返していた。
(何やってんだ、俺。)
無意識に手を差し出して。
無意識に手を握って。
あんなに慌てて。
(……いや。)
違う。
あの時。
景が転んだかもしれないと思った瞬間。
体が勝手に動いた。
それだけだった。
でも。
それだけじゃ、ない。
一目惚れなんて。
そんなもの、漫画やドラマの中だけだと思っていた。
顔が可愛いから好きになる?
そんな単純な話じゃないと思っていた。
だけど。
笑った顔も。
少しズレた距離感も。
誰かに怒られても自分を責めてしまうところも。
全部ひっくるめて。
俺は。
小早川景という女の子が、気になって仕方がない。
いや――。
もう認めるしかない。
人に興味なんてほとんど持たなかった俺が。
吉川春一が。
初めて、自分から知りたいと思った相手。
それが。
小早川景だった。




