夢幻
「入ります。母上」
部屋をノックして、母の部屋に入った。
「クロード。今日のことなんだけどね」
「は、はい」
あちゃー。
まずかったかな。
俺としては、むしろアインを助けたつもりだったんだけど。
「あー別に責めたいつもりじゃないの。当たり前なんだけど」
「は、はい」
「飛脚法をどうして使えるのかも、聞かないわ。あんたは『産まれた時』から賢かったもの。文字通りの意味で」
「ははは……」
「ただ覚えておいてほしいの」
「何をですか?」
「あんたのことだから、自分だけいい想いすればいいや、なんて思ってるかもだけどー」
「ぎくっ!」
実の子供にそんなこと言うかねってまあ、図星なんだけどもさ。
「これは私の経験談なんだけどね。結局のところ大きい力は、周りのために『も』使った方、が幸せになれる。独占しても、周りから人が離れていくだけ」
「……」
「三男だからって、アインを立てる必要はない。力を隠す必要もない。もちろん自分を一番に考えて生きなさい。大切なことだわ。でもね。その力に溺れず、自分とそして、周りも助けて生きなさい。その生き方こそが、神の御業でもある、魔力を授かった、貴族の生き方でも――」
ドンドンドン。
扉が叩かれた。
母上と俺は目を向けた。
ガチャリと扉が開く。
ハゲ頭の親衛隊長、ナイツが、ひざまずいた。
「報告します! 衛兵より伝達!! 南より盗賊が、急襲してきているとのことです!!」
ガタンと、母上が椅子から立ち上がる。
「あの人がいない時を狙われたか。キルバルトは」
「今、探しておるようなのですが、どこにもおらぬようです。それと、アイン様が――」
「アインが! どういうことで――」
ガラガラ。
母上とナイツが話している間に、俺は窓を開いた。
冷たい風が、部屋の中に入り込んでくる。
「クロード……?」
「早速、周りのために力を使う時がきましたよ、母上」
「クロっ!!」
呼び止められるのはわかっていた。
だから俺はその前に、飛脚法で南に飛んだ。
◇◇◇◇ここから三人称◇◇◇◇◇
「おいおいなんだこの小僧」
「いっちょまえに剣を構えてるぜ」
盗賊らが言った。
剣を構えていたのは、幼少のアインだった。
アインは今も、ここで修業していたのだった。
ローディス家の立派な跡継ぎになるために。
離れで修業していたのは、誰にも見られたくなかったからだ。
また長兄なのにと、バカにされるのが嫌だった。
「うるさい!! さっさとかかってこい!!」
「さっさとかかってこいだってよ。笑っちまうぜ」
「こないならこっちからいくぞ!!」
アインが剣を振るうと、盗賊の持っていた剣が砕けた。
「なにィ!!」
「き、気をつけろお前ら!! こいつ……貴族だ!!」
魔力は貴族の血に宿る。
そして魔力は筋力をも強化する。
子供といえども、貴族であれば侮れない。
それがこの世界の理。
だが――
「おい捕まえろ!! このガキを捕らえて血をすすれば、俺達も魔術師になれるんだ!! もう貴族の悪魔の御業に、怯える必要もなくなるぞ!!」
魔力は貴族の血に宿る。
故に庶民は魔術が使えない。
これが貴族と庶民との、絶対のヒエラルキーを生んでいた。
しかし。
庶民が魔術師になる方法が、ないわけではない。
そのうちの一つが、貴族の血を飲むことだ。一滴ではダメだ。大量に。
適合すれば、庶民もまた、悪魔の御業。
魔術が、使えるようになる。
「黙れ!! 俺はお前らなんかに捕まらない!!」
「もみくちゃにしろ!! 貴族といってもガキだ!! 全員でかかれば、捕まえられるぞ! えらい収穫だ! 今日はこれで帰ってもいい!!」
ザン!!
アインの横薙ぎの一撃。
相手の腹を裂く。
血が噴き出す。
頭からそれを被った。
男は事切れている。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「おいおいどうした。まさか血が怖いのか? それとも臓物が? 笑わせるな! お前ら貴族が、俺達にどれだけのことをしたと思っていやがる――!!」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――」
「兄さん!!」
アインが振り返る。
そこには、飛脚法で飛んできたクロードが立っていた。
◇◇◇◇ここから一人称◇◇◇◇
「まーた貴族のガキか? ありがてえ。こいつも拘束しろ。これで俺達《炎狼盗賊団》にも、何人か魔術師が作れるぞ!」
「まーた中二的なネーミングだなー。まあそれはさておき」
ドン!!
俺は地面に手を当てた。
魔力を噴き出す。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
「うわ!! なんだなんだ!! 地面が、揺れて――」
「知らなかったか? じゃあレクチャーしてやるか。魔術を放つ手段その一。精霊魔術は、魔力で精霊の個我を狂わせて放つ。故に、常にそこにある大地と風は、高魔力に対し、呪を唱えなくとも、狂う」
「うわ……ああああ……。御業だ! 悪魔の御業がくるぞー!!」
「おい落ち着け野郎ども! 所詮ガキだ!! ただ地面が揺れているだけじゃねえか!! 落ち着け!!」
「その二。魔力によって狂わせた精霊に、呪文にて指向性を与える。こんな感じでな。――大地よ我が声を聞けそして応えよ。母なりしその姿。今こそ捨て去り、千の牙となりて敵を穿ち引き下げ。大地千牙!!」
大地から無数の錐が突き上げる。
悲鳴が連鎖した。
血が飛び。
臓物がそこら中に吹っ飛んだ。
「ふう」
パンパンと、俺は手を叩いた。
目の前には赤く染まった大地の錐がそそり立っている。
「何やってんだよ兄さん。こんなところで。危ないじゃないか」
俺は尋ねた。
しかし、兄であるアインはガタガタと、生まれたての子鹿のように震えていた。
「うーん。やり過ぎたかなー」
パチパチパチ。
手を叩く音がして振り返る。
そこには切れ長の目をした男。
ローディス家の剣術指南役。
キルバルトが立っていた。
母上が探していたが、こんなところにいたのか。
「素晴らしい手腕ですな。さすがは坊ちゃん」
「いやいや。こんなもん。別に大したことじゃないよ」
「しかし恐ろしいものですな」
「いやいや。キルバルトだって魔術は使えるだろ? 母上のところの、騎士男爵だったわけだし」
「そういうことではありません。ここまで人を殺して、平然としていられるその精神性がです。これは、子供や大人以前の問題ですよ」
「あー」
臓物は、見慣れている。
ま、牛とか豚のだが。
元零細の肉屋の店員だからな。
何なら屠殺場まで行かされたこともあるし。
零細の肉屋というのは、大多数が思っている以上に、バグっている場所だ。
だがそんな理由で人殺しが平気だ、なんて言ったら、肉屋全員がサイコパス、ということになる。
多分。
俺がこの世界で人を殺しても、何とも思わない理由は――
「ま、夢幻みたいなものだからだろ」
異世界転生なんてさ。
ワクワクしつつ、本当は冷めて見てる。
どうせこれ。
俺の夢だろって。
だから例えばそう。
俺なんて前世、彼女いない歴年齢で、童貞だからさ。
キスさえしたこともないわけよ。
だからきっと、そういう場面になったら、目が覚めるんだろうなって思ってる。
起きると元の肉屋で。
地獄みたいに働かされて。
だから人を殺しても何も思わない。
だってこれは――
俺の夢の中で、行われていることだからと。
RPGみたいなものさ。
「夢幻?」
「独り言だよ。気にしないでくれ」
「そうですか」
キルバルトが歩いてくる。
そして。
「坊ちゃんは、一人で帰れますね?」
俺の肩に手を置き、キルバルトが言った。
振り返る。
キルバルトがアインを抱きかかえていた。
「私は坊ちゃんと一緒に戻ります。それでは」
キルバルトがスタスタと帰路につく。
「やれやれ」
なんて、俺は意味もなく、つぶやいていた。
次の日。
「ふわあ……」
手を持ち上げ、あくびをする。
今日も異世界だ。
目が覚めたが『覚めては』いない。
俺は天才クロード=ローディスであり、今の俺は何でもできるのだ。
ははは。
ふと、鏡を見る。
あることに気がついた。
「あれ……?」
前髪がおかしいわけではない。
肌の艶が悪いわけでもない。
ただ気がついた。
全身を見回す。
「魔力が……消えている?」
そう。
十年前。
俺は確かに――天才だった。




