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堕ちた天才

 原野が赤黒く染まっていた。

 そこかしこにモンスターの死体が転がっているからだ。

 俺はそのモンスターの死体を、血まみれになりながら集めていた。

 この数の死体だ。

 燃やさないと蛆がわき、土地が死ぬ。伝染病の原因にもなる。

 俺はそのためだけに、連れてこられたのだ。



 担いで下ろし、汗をぬぐう。

 その時。



「キシャアアアアアアアアアアア!!」



 後ろから漆黒のモンスターが襲ってくる。

 どうやらまだ生き残りがいたようだ。



 それに対し俺はただ怯えた。

 昔の俺ならこの程度のモンスター、秒殺だっただろう。

 しかし今の俺ではどうすることもできない。

 


 今の俺は、魔術が使えなくなってしまったからだ。



 ズバ!!



 その時。

 大きな光の弾のようなものが現れ、モンスターを一刀両断に切り裂いた。



 振り返ると、そこには黄金の粒子に包まれたアインがいた。



「よおクロ。俺に感謝しろよ? 俺が出なきゃお前今、死んでいたぜ」


「光の剣か……」



 この世界には、魔術の他に能力スキルと呼ばれる力がある。

 十五年かけて望んだものが、特殊能力として顕現する。

 アインの光の剣は『モンスターに対して全ての能力が二倍になる』というものだった



「光の剣か……。じゃねえだろ。アインさん。ありがとうございます。このような腰抜けを救っていただいて。だろ? ほらどうしたクロ? 助けてもらったのに、礼の一つと満足に言えないのか? お前は」


  

 このカス野郎が……。



「助けていただきありがとうございます、親愛にして、敬虔なる最強のお兄様」


「ふ」



 アインが俺の肩をつかむ。

 そして。



「どういたしまして」



 膝蹴りを、俺の水月ミゾにぶち込んできた。

 魔力さえ込めた一撃だ。

 俺は胃液を吐き出し、腹を抱えて悶絶した。



「ゲホッ! ゲホゲホゲホッ!」


「バカが。いつまで自分が天才だと思っていやがる。今や魔術も満足に使えない落ちこぼれが」


「ちょっとやめなさいよ」



 そんな時。

 アインの後ろから声がかかった。



 アインの婚約者であるリリーシャ様だ。

 侯爵家の孫娘であり、男爵家の長男であるアインとの婚約が確定している。

 


「かわいそうでしょ? あなたの弟なんじゃないの?」


「かわいがってるだけですよ、リリーシャ様。じゃなきゃ、いちいち助けたりしませんって」


「とにかくもうやめなさい。こんな――弱い子供を、イジメるのは」

 


 多分リリーシャ様に悪気はゼロだろう。

 何なら善意しかないはずだ。

 しかしその言葉の刃は、深々と俺の胸に突き刺さった。



「わかったら、帰るわよ。供をしなさい。アイン、プルーニャ、ブライアン、ネルガル、ソードス!」


「「「「は!」」」」


「かしこまりました」

  

 

 アインと、リリーシャ様の後ろの護衛三人。そしてメイドの女が言った。

 スタスタと、リリーシャ様が戻っていく。

 その時。

 護衛の一人が振り返ったと思うと、ニヤリと笑ってツバを吐きかけてくる。

 それはピチャリと俺の頬にかかった。



「おい何をしている! ネルガル」


「ああすまんすまん。せっかくの機会だから、ついな」


「くだらんことをするな。行くぞ」



 ゴシゴシと、俺は頬にかかったツバをふいた。

 もはや慣れっこである。

 こんなことは。

 そんな時。



 ドカ!!



 背中を蹴られる。

 俺の身体が、死体の中に飛び込んだ。

 ただでさえ血まみれだった俺の身体が、鮮血で真っ赤に染まる。



「楽しみにしておくぜ、クロ。数日後の、バーバラ侯の前でする御膳試合を。あーはっはっは!」


「ちょっと何するのよアイン! 大丈夫? クロ」



 言ったのはカトリ姉さんである。

 盗賊に捕まり、俺の胸の中でワンワンと泣いていたカトリ姉さんはもういない。

 あれから十年経っているのだ。

 カトリ姉さんもしっかり大人になっている。

 とはいえまだ十四歳ではあるが。



「クロ。ケガとかはない? あれならあたしが再生リザレクションをかけてあげるけど――」


「ないけど、あの野郎ー!」


「クロ」



 また呼びかけられて、振り返る。

 そこにいたのは、ベレト兄だった。



「ベレト兄」


「情けない。あんな奴らに言われっぱなしか?」


「なーこと言ったって、今の俺は魔力が――」


「クロ」



 ピシャリと俺の言葉を遮り、ベレト兄が言った。

 


「お前は強く、何より賢い」



 ベレト兄は、死体を担ぎ上げていた。

 本来それは、落ちこぼれである、俺の仕事なのに。

 モンスターとの戦でも返り血一つ浴びていない手を、真っ赤に染めながら。



「例え魔力を失ってもそれは変わらない。忘れるな。お前は天才であり、いずれは俺の片腕になる男だ。次の御前試合。俺も楽しみにしている。もちろん――」



 ドサリと死体を置いた。

 ベレト兄が振り返る。

 頬を汚い馬賊の血で染めながら。



「お前の勝利をな」


「はいはい。頑張って期待に応えますよ」


「もちろん! あたしも応援してるわよ! クロ!」



 カトリ姉が抱きついてくる。

 俺はそれに苦しみつつ、それでも笑って口にした。



「はいはい」



 口にした言葉以上に、頬を緩めながら。



 ◇◇◇◇御前試合当日◇◇◇◇



 西ベルンツィア士官学校。

 その一部区画に、訓練用として設けられた常設闘技場がある。

 本来は、模擬戦や集団戦術の演習に使われる場所だが、年に一度だけ、その用途が変わる。



 御前試合。



 士官学校に通うものが、己か力を示す場所だ。

 闘技場は楕円形。

 審判は主審一人と副審四人。

 主審、副審の役割は、実は審判ではなく出場者にもしものことがないようにである。言っても俺らは貴族のボンボンだからな。

 故に主審、副審は全て、出場者の家の部下ものから選ばれており、そのうちの一人に、ローディス家の剣術指南役、キルバルトが選ばれていた。



「出場者! 前へ!」



 審判に言われ、俺とアインが前に出る。

 使う剣は『刃止め』と呼ばれる刃に特殊な道具をつけた剣である。

 刃が鉄の金具で覆われているため切れはしないが、それは鉄の棒の一撃と大差ない。当たりどころが悪ければ普通に致命傷である。

 しかし魔術には再生リザレクションという、目、鼻、口、耳、脳以外なら、心臓さえ完全修復する呪文がある。

 故によほどのことがない限り貴族は死ぬことがない。

 ちなみに、魔術は貴族の血に宿るものであるため、基本的に庶民は魔術を使えない。



「これより、御前試合を執り行う! 魔術使用、原則禁止! 降参は認めない! 試合の終了は――侯の御意向次第とする!」


 

 闘技場が揺れんばかりに沸いた。

 そんな中、アインが刃止めをつけた剣を向けてくる。



「全員が見ている前で、ヘタれたカエルみたいにしてやるよ、クロ。いたぶってなー。ククク……」


「御託はいいからとっととこいよ、アイン。この大会では、筋力強化以外の魔術が使えない。つまり立場は五分。魔術が使えなけゃ、てめえは昔のまま。臆病者のザコだってことを教えてやるよ」



 剣を下段に構えて、俺は言った。



 今の俺は確かに魔術が使えない。

 しかしだからこそ、体術だけに傾倒してきた。

 俺の体術レベルは、士官学校でも随一である。

 今の状況ならば、このクソったれのアインとも、五分に戦える。



 俺の挑発を受けて、アインがカッと目を見開く。



「予定変更! ――ぶち殺してやるよ!! クロ!!」

 


 アインが殺意マシマシの刺突を俺に向けてくる。

 俺はそれを下段から剣を振り上げて、迎え撃った。

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