ep62:血をかけられた灯火
無意識だった。
本能が、思考よりも先にそれを導き出す。
意識すれば死ぬ。呼吸を挟めば死ぬ。動けば死ぬ。見れば死ぬ。感じれば死ぬ。
死ぬ。死ぬ。死ぬ。死。死。死死死。
早くしなければ生きれない、死んでしまう。
瞬きをする時間すらも今は惜しい。
ボク自身が何をしたのか、思考が追いついた時には、身体は既に行動を始めていた。
腹の穴。
半壊した臓腑の巣窟に──糸が舞う。
今まで犯してきた蛮行の数々が糧となり、ボクの思考を無視して、身体が生を求めて生存本能のままに奔走する。
1本や2本なんてものじゃない。
数万、数十万本ですら、比べるに値しない。
視覚に捉えることなど不可能な程に、髪の毛より細く、ミクロが屈服するほどに細い魔力の糸。
瞬きよりも早く、本能はそれを紡ぎあげる。
腹のど真ん中を貫いた光。
それに、生きとし生ける人間として必要な臓物と、脊椎の大部分が消し飛ばされていた。
編み込み、束ね、紡ぎ、繋ぎ、結合させる。
一度の瞬きにも満たない程に、僅かな時間の中で。
何万、何億……想像すらし難い幾重もの工程を、無茶苦茶でハチャメチャな宿主に代わって、生存本能が完遂させる。
脊椎と同時に吹き飛び断絶された神経は、鈍くも動く程に繋ぎ合わさり。
消し飛ばされた臓物は、持ちうる手段の中で補完したためか、めちゃくちゃな方向に血管同士が繋がれ、血液の循環だけを可能にし、生存可能時間が数秒から数十秒へと引き伸ばされる。
「まだ、足りない」
考えてもいなかった言葉が、気づけば、勝手に漏れ出ていた。
これは、ボクじゃない。
本能が勝手に紡いだ言葉。
生存本能は、焦りを加速させる。
勝手に動いてボクを振り回す身体に、妙な愉悦を覚えて笑おうとするが、口からは血液が零れ落ちるだけ。
「──あれだ」
勝手に動いた眼球が、何かを見つけたらしい。
これは無我の境地か、極限の集中か。
どちらにせよ、生存本能が引き起こした現象。
もはや暴走に近い何かで、身体が思考を超越する。
言葉を紡いだ時、体は既に動いていた。
霞む視界の中、エルフもどきが生み出した、ボクがこうなる原因となった透明な結晶だけが、今は鮮明に映る。
脳の神経伝達よりも早く、脳髄から直接魔力が練り上げられ、それは首、肩、腕、手のひら、指先へと伝い、思考も追いつかないうちに魔力の糸が結晶へと飛び付き、糸の束は渦を巻いて縛り付ける。
巻き取るように魔力を動かし、下半身が満足に動かない身体を、結晶を起点に、一切の無駄なく身体を移動させた。
一呼吸もままならない刹那の時間。
急速に引っ張られる身体の先頭、手のひらに結晶が触れる。
生存本能の導き出した意志がこちらにまで流れてきて、思いつきもしなかった可能性に、口端が酷く捻れた。
このままではどれだけ魔力を紡ごうが、満足に身体を動かせない。
つまり、死ぬ。
その思考に至った途端、生存本能がざわめいた。
本能は、立ち塞がる死を覆そうとボクの意志とは関係なく、手のひらから魔力を幾本も伸ばし、高速に駆動させる。
瞬間。
手のひらでは掴みきれない程大きな結晶は、音を立てる間もなく割れた。
中から、何らかの形に形成された結晶が宙を舞う。
うつ伏せで、前に伸びた右腕から、更に伸びる魔力の糸が、その結晶を貫いて、繋ぎ合わせた。
ここまでで、二呼吸。
吐き出る息からは、血の匂いがこびりついていた。
ソレが繋ぎ合わさった瞬間、穴の間を綿密に紡ぎあげていた、もはや魔力の皮膚とでも言えてしまいそうな中央部が解かれていき、体内が外気に触れ、激痛が奔る。
痛みなんてどうでもいい、それよりも生きたい。
そう言わんばかりに生存本能は勝手に動き、ソレを、体内に突っ込んだ。
本能に加工された結晶と、魔力の糸で繋がれた、"透明な脊椎"を。
「────ッ」
体内で魔力が蠢いて、その度に失神してしまいそうな程の激痛が奔る。
半端に崩れ、ひしゃげた体内を、魔力で整形される。
再び穴の開いた体内から、骨片や体液、何かもわからないし肉塊が排出され、半壊した背筋がゾクゾクして、恐怖が楽しさに負けた。
そして──
──脊椎が、貫かれる。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!」
痛い、痛い痛い痛い……ッ!
脳髄から、魔力の糸が脊椎の中を貫いてくる。
体内が焼ける。肌が凍りつくように寒い。脳髄で電撃が弾けている。上下左右どこが地面かも分からない。肉が捻じ切れる。
痛い、熱い寒い苦しい分からない分からない分からない。
思考が激痛で掻き消されようと……。
「──アハ♪ アハハハハハハハ!!!」
あァ痛い! 苦しい! 寒い熱い!
なんだこれは! 意味がわからないなァ!
意味が分からなくて、非現実的で……!
「あーァ! 死にそうだァ!! 痛くてたまらないよ! アハハハ!」
もはや生存本能に支配されていた身体が、ボクの思考に同調し、再びボクの身体へと染め上げられていくのを体感して、捻じ曲がる口元は収まらない。
そうして、突き通る。
貼られた膜に針が貫通する感覚。
下半身と上半身の脊椎が、水晶の脊椎を通して神経ごと完璧に接続される。
底なしの痛みは、とめどなくボクを刺激して、それも今はどうでもいい。
繋げた脊椎を通路に、魔力が全身へと染み込んで、その感覚が不愉快で心地よい。
今度はボク自身が本能を振り回すように、大きく空いた穴を埋めるよう魔力の皮膚を紡ぐ。
外見上は、完璧に元通り。
けれど、臓物は消し飛んだままで、どちらにせよこのままでは死んでしまうのだろうね。
心臓スレスレに貫かれた腹の穴。
俯けば、血溜まりで小池が出来ている。
臓物が消し飛んでバランスがおかしくなったからか、それとも、度を超えた貧血になっているからか。
視界に白と黒がフラッシュのように交差する。
力の入らない全身を、魔力で無理やりに動かしていく。
激痛が鳴り止まない。
塞いだはずの腹の穴から、血が垂れている。
無理に血管を繋ぎ合わせたせいか……いずれにせよ、穴は未だ空いたままで、魔力の皮膚も万全ではないらしい。
結局、あと数分の命──
「──ゴポォッ、ァ゛エ?」
口から、鼻から、血が吹き出ている……?
あぁ、れ?
寒気がせり上って、全身が寒い。
再び生存本能が暴れ出そうとするのを、直感した。
地面を染める血溜まりに、吹き出る血塊。
もって、あと数十秒だと。
治っていたように見えていただけだ、と。
本能が、ボクに教えてくれた。
首筋を撫でる、死の危険。
直感に従い、即座に懐へと手を伸ばし、煌めく干し肉と、周りの水晶ごと、噛み砕き呑み込んだ。
──胃のない身体で。
瞬きが、遅くなる。
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ep62:血をかけられた灯火




