ep57:人外の理由
根暗直人は、内向的な人間だ。
人と話すのが得意ではなく、それ故に、それまでの人生で、友人ができたことなどなかった。
家族は、外交的で明るく、気立ての良い妹にばかり構い、友人もいない彼は、家にも、学校にも、居場所がなかった。
中学二年生の頃。
この頃から、根暗直人はいじめを受けていた。
内向的な性格ゆえ、先生や親、他の誰かに相談をすることもなく。
友達、ひいては知人すらもおらず、彼のために何かしてくれる人もいない。
いじめ……日々のストレスを解消する相手として、これ程までに都合のいい人間は、他にいなかったのだろう。
根暗直人は、内向的なだけで、普通の感性を持った人間だ。
中学を卒業するまでは、何とか耐えることができていた。
親にも、何度か小さな声で相談こそしていたものの、その頃にはもう遅く、根暗直人に関心を向けられることは、ほとんど無くなっていた。
彼は、自分を変えたかったのだろう。
あるいは、少しでも親の関心を引きたかったのか。
本来選ぼうとしていた通信制高校の選択肢を変え、公立高校への進学を選んだ。
たった半月、されど半月か。
根暗直人は、不登校になるまでに追い詰められていた。
親からの、無関心な視線。
それを見る度に、感じる度に、心臓が凍りつくような感覚に襲われ、まともに動けなかった。
学校内での、執拗ないじめ。
同級生に、先輩に、男女問わず。
本来、ここまでのいじめは、彼自身が何かしなければ、起こりうることなどなかった。
原因となったのは、夏休みのひと月前。
ネットの匿名掲示板から、学校の生徒でしか知りえないパスワードの流失事件。
それが、根暗直人に押し付けられた。
学校側は、出来るだけ学校の責任にはしたくなくて。
犯人からしたら、ちょうど押し付けやすいカカシがいて。
根暗直人は、事件の内容すらよく知らない状態での弁明を求められ、まともに喋ることの出来ない彼では、弁明をすることは叶わなかった。
既に地の底すれすれを漂っていた彼の信頼は、地の底に落ちる。
そうして、彼は見事、自宅警備員への仲間入りを果たした。
◇◆◇
内向的性格。
その矛先は、インターネットへと向けられていた。
インターネットの中では、根暗直人は、一人の人間として存在することが出来たから。
だが、それも崩れることになる。
情報技術の進歩した世界。
一人一人が、情報の発信を行える社会。
そう──
──情報の、流失。
事件の犯人として。
喋ることすら出来ない、気持ちの悪い陰キャとして。
家に引きこもった卑怯者として。
誰かが、晒しあげたのだ。
情報は、瞬く間に広がっていく。
次の瞬間にはもう、誰が最初に発信したのかも分からない。
もちろん、世の中の大多数は、そんなことに興味など抱かない。
けれど、それでも。
その広がった嘘が、学校から、社会に、世界へと痕跡を残していく度に、彼は思い詰める。
事件の犯人は、別にいるはずだ。
なのに、世の中がこの嘘で出来た事件を、本当であるのだと断定した気がして、彼は、絶望した。
彼の脳裏に、あの日の光景が、反芻する。
あの日、教室に入った瞬間から変わった、あの目線の色が、凍えるような空気が、身体に染み付いて離れない。
怒鳴る声が、嘲る声が、非難の声たちが。
喋ることすらも出来なかった、あの時の感覚が。
その絶望が、ずっと脳内を蔓延る。
暗い部屋の中。
画面に映る文字列だけが、光を放つ。
隔たれた壁の先に聞こえるのは、自分以外の、家族の笑い声。
彼は、絶望し続けた。
自身の無力感に、人の悪意に、苛まれながら。
──ダンジョンが現れる、その時まで。
◇◆◇
ダンジョンが現れて、魔物が進出して……。
彼の住んでいた街は、飛竜のような魔物たちに占拠され、瓦礫の街と化した。
隠れて、隠れて、とにかく隠れて。
ずっと暗い場所に逃げて。
そしていつの日か、彼の中で、音が鳴る。
彼には、確かにその音が聞こえた。
ポキリ、と。
終わりを告げる、そんな音が。
その日、やっと彼は陽の当たる場所へ、歩を進めて──
──グルル、と。
湿気混じりの唸り声をあげる、その魔物を前に、黒く濁った目を向けて。
一歩、一歩と。
口を開けていく、飛竜を前に。
(……もう、頑張った。疲れた)
目の中の闇が、濁りを増して。
呪詛のように、心の中には言葉が並ぶ。
そして。
(……もう、終わろう。終わったって、いいじゃないか)
目尻に、涙が溜まる。
手が、足が。
震えて止まらない。
そんな自分の体に、言い訳をするかのように。
(……終わらせよう)
姿勢が、前のめりになって、視界の端には、血まみれの牙が、映り込む。
(……やっと、終わる)
「終わりたく、なかった──」
口から出た言葉は、素直だった。
──瞬間。
「《双剣撃》」
根暗直人の元には、血の雨だけが降り注いで、痛みがくることはなかった。
「おいおい無事かぁ!? この俺が来てやったぞぉ!」
「……いや、だれ──」
「──《魔纏弾》」
「おい、相馬蓮。先に行きすぎるな。援護しきれん。それとそこのフード、少し下がっていろ」
「……だから、だ──」
「──貴方は少し危なっかしいんですよ。少しはチームワークを覚えてくださいよ、新人は特に……。あとそこの……フードさんは、少し下がっていてください」
「だから──いや、もういいや……」
金髪男から順に、銃持ちの大男、短剣を血に濡らした女性。
そして瞬く間に殺されていく飛竜たち。
掃討とも呼べるその光景に、根暗直人は──
「──はっ、ははっ。アホらしくなってきた」
ようやく、この壊れた世界で、吹っ切れた。
閉じ篭った殻を、無理やりぶっ壊される形で。
──知りもしない誰かに、勝手に救われてしまった。
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ep57:人外の理由




